現役大学生の中岡和樹(仮名・20歳)さんは、第一種奨学金を毎月5万4000円、第二種奨学金を毎月2万円借りて、都内の私立大学に通う大学生。中流家庭出身の普通の子が語る、リアルな不安とは?(写真:mits/PIXTA)

これまでの奨学金に関する報道は、極端に悲劇的な事例が取り上げられがちだった。

たしかに返済を苦にして破産に至る人もいるが、お金という意味で言えば、「授業料の値上がり」「親側におしよせる、可処分所得の減少」「上がらない給料」など、ほかにもさまざまな要素が絡まっており、制度の是非を単体で論ずるのはなかなか難しい。また、「借りない」ことがつねに最適解とは言えず、奨学金によって人生を好転させた人も少なからず存在している。

そこで、本連載では「奨学金を借りたことで、価値観や生き方に起きた変化」という観点で、幅広い当事者に取材。さまざまなライフストーリーを通じ、高校生たちが今後の人生の参考にできるような、リアルな事例を積み重ねていく。

「親の稼ぎだけでは、学費のすべてを賄うことは難しそうだったので、少しでも足しになればと思い、奨学金を借りました」

そう語るのは自身を「中流家庭」出身と評する、現役大学生の中岡和樹(仮名・20歳)さん。都内の私立大学に通っており、取材時はまだ大学1年生だった。

「中流家庭」と自負、奨学金は学費の足しに

この連載では想像を絶するような貧困や、家族との不仲がきっかけで奨学金を借りた人たちが、これまで多く登場してきたが、学生の2人に1人が奨学金を借りる時代である。中岡さんのように「足しになれば」という理由から借りる者も当然ながらいる。

「僕は3人きょうだいの次男坊。両親は共に大卒なので、子どもの頃から『自分も大学に進学するんだろうな』とは思っており、小学校の頃から塾にも通っていました。そういうところでお金を使ってもらっていたので、大学に進学させるためのお金が足りなくなったのでしょう。

でも、貧乏なのかというと、そうでもなく両親は大学のお金を工面できなかっただけだと思っています。だから、僕は奨学金を借りながらも、自分のことを『中流家庭』だと自負しているんです。世の中にうちと比べ物にならないぐらい、貧しい家庭というのはたくさんあって、下を見てもキリがないですからね」

そう語る中岡さんの父親はサラリーマン歴30年、母親は個人請負で在宅ワークの共働きで、郊外の一軒家に家族5人で住んでいる。確かに、マンガやアニメに出てくるような「中流家庭」のイメージだ。

とはいえ、ローン返済と子ども3人の子育ては同じ時期である。どちらかが、支払いを待ってくれるわけでもない。

「4歳年上で現在社会人の兄も学生時代、第一種奨学金(無利子)を借りており、妹はまだ高校生ですが、これから大学進学するとなれば、奨学金は必須です。一軒家に住んでいると、お金に余裕があるように聞こえますが、これも母がどうしても持ち家が欲しかったため、20年前に10年ローンで購入したそうです」

その結果、奨学金を借りるわけだが、一方で「小学生の頃から塾に通っていた」という発言を中岡さんはしている。そこは、中学受験を目指すための進学塾だった。

昨今はやりの「タワマン文学」ではないが、彼も小学生のときに「受験ブーム」に直面することになったという。

「クラスの仲のいい友達のほとんどが中学受験をすることになり、僕も勉強は苦手ではなかったので、『自分も私立校に行きたいな』と思うようになったんです。そのことを親に相談したところ『やってみようか』と快諾してくれて、お金に関して何も言われることはありませんでした。

そこから、進学塾に通わせてもらっていたのですが、いくら勉強しても志望校の偏差値には全然届きませんでした。このまま続けていても、どうにもならないことは目に見えており、とうとう塾のほうから『合格は無理だと思う』と言われてしまったんです。それまでは、ずっと本気で勉強していましたが、その一言で緊張の糸が切れましたね。そこから、三者面談を通じて普通に公立に進むことにしました」

友達とは離れ離れになったことで、それなりに大きな挫折を経験したようにも思えるが、彼は「義務教育は国が保障してくれていたから」ということで、とくに悲壮感を感じることはなかったという。

第一種奨学金の受給を目指し勉強

勉強は好きだが、すぐに成績には結び付かない……。そんな中岡さんに高校入学後、転機が訪れる。

「大学進学を見越して高校に入学したのですが、その際に親から『高校の成績がよければ、大学では無利子で奨学金を借りられるんだよ』と言われました。要は第一種奨学金は実家が金銭的に困っているか、成績優秀でないと借りられないので、ハッパをかけられたのでしょう。でも、大学に入るために、確かに奨学金は必須だったので、そこから卒業するまでは毎日成績をアップさせることに必死でした」

評定平均3.5をキープするために勉強に打ち込んだ結果、無事に第1志望の大学の経営学部に進学することができた。

そして、大学進学を機に第一種奨学金を毎月5万4000円、第二種奨学金(有利子)を毎月2万円借り、このまま受給していけば、4年間で350万円となる。また、これらとは別に昨年末、大学から給付型奨学金が年額20万円支給されている。

「入学から数カ月後に大学のメールフォームに、給付型奨学金のお知らせが届いたんです。支給額は文系で20万円、理系は25万円でした。『応募しない手はないな』と思い、今の金銭状況と親の年収を申請書に記して審査を待っていたところ、年末に通りました。

実家暮らしなので、正直今の貸与額でも生活はできますが、申請するだけタダですしね。それに、ほかの給付型奨学金は貧困家庭や成績優秀者向けで審査が厳しいのですが、大学の給付型奨学金は『履修登録完了していれば出願できる』というぐらい、応募基準は低かったので、通る見込みが十分あったんです」

まるで、棚からぼたもちのように、返済不要の奨学金を受給することができた中岡さん。応募基準は低かったというが、その分、申請理由をうまい具合に書けたのではないか?

「そんなこともないですね。『通ったら儲けもの』くらいの気持ちだったので、今の僕の金銭事情を説明する文章も凝ったことは書けませんでした。

もしかしたら、申請者が少なかったのかもしれません。というのも、支給後に周りの友達に『大学から20万円もらったよ』と伝えたところ、『そんなのあったの?』と聞かれたほどです。みんな大学のメールフォームなんてつぶさには見ないんですよ。それに僕も通る確率が低くなるのも嫌だったので、あまり友達と情報交換をしていませんでした」

せっかく、20万円という大学生にとっての大金が入ったのだから、欲しい物があれば購入すればよいところだが、中岡さんは冷静だ。

「奨学金を種銭にして株や投資を始める大学生もいるとは聞きますが、僕はそんなことできないですね。僕にとっては奨学金が全財産であり、学費は現状、すべて奨学金で賄っているため、これがないと大学生活を過ごせません。高校時代の努力も水の泡になってしまいます。

だから、借りている第一種と第二種はもちろん、今回もらった給付型も併せて、奨学金はすべて自分で管理して、親には頼らずに卒業したいと思っています」

家庭で身についた高い金融リテラシー

ところで、ほかのクラスメイトが見逃していた給付型奨学金の案内に気づくなど、結構抜け目のない中岡さん。もともと、周囲の学生よりも金融リテラシーが高かったと自負する。

「経営学を専攻するきっかけになったのは、昔から実家が日本経済新聞を取っていたからです。幼い頃はテレビ欄やスポーツ欄しか読んでいませんでしたが、成長するに連れて1面などの記事も読むようになりました。当然、内容が難しいので調べながらか、両親に聞きながらではないとわかりませんでしたが、これが自分の礎になったと考えています。

それに、父と兄は株、母は一般NISAというように、家族みんなが『お金を動かすこと』をやっていたので、そんな家族の姿を見て、僕も金融リテラシーが身についたと思うんです。割と幼い頃から『お金の管理はしっかりするように』という気持ちが芽生えていましたね、このような経験があったため、金融教育というのは学校で教わるものではなく、テレビや新聞、そして家族からしか学ぶことはできないと思います」

両親からの助けは見込めず、学費のほとんどを奨学金で支払う必要のある中岡さんは、持ち前の金融リテラシーのおかげで、将来の資金繰りまで考えることができている模様。しかし、そこまで考えられている学生は多くはいないだろう。

「高校では進学希望者を対象に奨学金の説明会が行われていましたが、そこで初めて『大学進学の値段』を知る同級生たちがたくさんいました。それまでは、みんなも僕と同じように自分は『中流家庭』と思っていたはずです。

それが、奨学金の説明会で大学に在籍するための金額だけではなく、両親の稼ぎを知る人が多く、これから生きていくために必要なお金に戸惑っていました。だからこそ、お金に関しては早めに現実と向き合えたほうがいいので、高校生の間に家族と話し合う機会を設けるといいと思いますね」

余裕のない学生ほど、奨学金の情報に届きにくい

払うことになる学費の高さに直面しつつも、勉強に励む中岡さん。ようやくコロナも落ち着いたため、2つのサークルに所属しながら、キャンパスライフを楽しんでいる。

奨学金のおかげで大学に通えていることは確かだが、それはそれとして現行の制度やあり方に納得がいかない部分は多々ある。

「やっぱり、何をするにもシステムが複雑すぎますよね。申請に関しては親の収入状況を明記する必要があったり、自分だけでは完結できないことも多いですし。

そもそも、奨学金の各種申請はインターネットから通じて行うものと、紙で郵送するものの2種類ありますが、期限が迫っているときは、どちらの申請手順を取るべきなのかわからなくなり、混乱してしまいます。結局、ネットで申し込んだところで、別途紙で提出しなくてはならないときもありますけどね」

お金の管理には人一倍気を使っている中岡さんですら、わからなくなるのであれば、アルバイトや勉強に明け暮れて余裕のない学生たちが、見落としてしまいがちになるのも無理もない。

「お金を借りるのだから、それぐらいの労力は割くべきだ」という反論もあるだろうし、それは真っ当でもある。ただ、お金に困っている学生ほど目先のバイトに時間を使い、情報を調べる時間的・精神的リソースが限られ、結果的にバイトをする必要のない、余裕のある学生ほど奨学金の情報にリーチしやすい……そんな現実もまた、存在しているのだ。

社会人になってからの覚悟と怒りの矛先

そして、今はまだ大学2年生ではあるが、来るべき卒業後の返済についても、すでに覚悟は決めている。

「しっかり正社員として就職して、人並みにお金を稼いで、20年間で返す……。今からでも、月々いくら返済していくのかはシミュレーションできるため、そのことを踏まえて就職先は考えたいです。

そして、結婚するときは奨学金に理解がある人がいいですね。やはり、大学進学のためには必要だったとはいえ、『借金がある男と娘を結婚させたくない』と思う親も多いでしょう。こうした世間の認識については、僕も納得しているため、社会人になってからは『奨学金=借金』を抱えて生きています」

金融リテラシーの賜物というべきか、あまりにも現実的思考というべきか……。まるで、夢がない。


当然ながら、そのことをいちばん理解しているのは中岡さん本人である。その怒りの矛先は、今の不景気を生み出した大人たちに向けられている。

「僕が生まれるずっと前から、この国は経済成長していません。給料は上がることなく、逆に可処分所得は減っています。そのくせに、政府は増税を声高に叫び、それでいて学費は下がらない……。もどかしいというわけではないですが、『どうして、こうなっちゃったんだろう』とは思ってしまいます」

これまで本連載で見てきたように、奨学金を借りてきた人たちは、社会に出てから何かしら苦労は経験しながらもなんとか返済してきた。人生を好転させてきた人も多く、その点では奨学金制度は、一定の評価を得るべきだろう。

だが、自身を「中流家庭」出身と評する現役の学生が、これからの返済に不安を抱えながら学生生活を送っているのも、また現実なのだ。

奨学金制度はどのように改善していくべきか。縮小していく日本経済のなかで、なんとかもがこうとしている若者たちのためにも、さらなる議論が求められる。


画像をクリックすると本連載の記事一覧にジャンプします

(千駄木 雄大 : 編集者/ライター)