新卒社員の早期離職を改善する手立てはあるのでしょうか(写真: keyphoto / PIXTA)

「今年も、採用した新卒社員が1年も持たずに辞めてしまった」。全国のさまざまな企業で見られている光景で、多くの経営者や人事が頭を抱えています。新卒社員の3割が3年以内に離職する、この問題を改善する手立てはあるのでしょうか。

東京大学のキャリアデザインの授業で教壇に立っていたコンコードエグゼクティブグループCEOの渡辺秀和氏は「採用企業や若手社員に問題があるのではない。就職活動のプロセスに大きな問題がある」と指摘します。

新卒社員が短期間で退職してしまう理由はどこにあるのでしょうか。そしてどのように解決策を講じるとよいのでしょうか。

厚生労働省発表の『学歴別就職後3年以内離職率の推移』によると、大卒の若手社会人の早期離職はバブル崩壊以後、30%超で推移しています。(リーマンショックの次年度である2009年を除く)「最近の若者は辛抱が足りない」とも思いがちですが、実は25年以上も続いている現象です。

人気企業も例外ではない、新卒社員の早期離職問題

新卒入社の早期退職は、就職人気ランキングで上位を占めるような超一流企業も決して例外ではありません。

私たちの会社も、総合商社やメガバンク、大手生損保、外資コンサルに勤める20代前半の方々から、多数のご相談を頂いています。

本人が意図したキャリアプランであれば別として、不本意な早期退職が多いことは、企業にも、個人にも残念なことです。企業は、採用や育成にかけた多大なコストを回収できないうえに、社内の雰囲気にも悪影響が出ます。

個人にとっても、新卒の特権を失うデメリットの影響は少なくありません。新卒の就職活動は、最も幅広い選択肢を持つ貴重な機会です。また短期間での離職は、「我慢強くないのではないか」と転職活動時にネガティブに見られがちです。

昨今の企業は、従業員のエンゲージメント向上に力を入れており、新卒社員の受け入れについてもかつてないほど手厚い体制を整えています。

一方、若手社員もキャリアリテラシーが向上しており、早期離職のデメリットをよく理解しています。

それにもかかわらず、このような決断をする方が一定数いるのは、なぜなのでしょうか。若手社会人の皆さんからの相談を伺っていると、以下の2つのケースが多くみられます。

なぜ志向に合わない仕事を選んでしまうのか

1つは、「自分の志向と合わない仕事に就いてしまった」というケースです。誤解のないようにお伝えすると、就職活動をいい加減にしたということではありません。

現代の就職活動は、SNSやYouTube、口コミサイトなどの普及によって多くの情報を入手できます。以前よりも、熱心に取り組んでいる学生が大半と言ってよいでしょう。情報感度の高い学生は、2年生から面接対策や筆記試験の準備をするほどです。

では、いったい何が問題なのでしょう。本来、就職活動は、(1)自分がやりたいことを掴む、(2)それを実現できそうな企業群を見つける、(3)準備をしてから選考に臨む、という手順になります。

しかし、実態はそのようになっていません。就活が近づいてくると大学の先輩たちから、「このあたりの企業を受けるとよい」というアドバイスを受けるようになります。そのアドバイスの多くは、年収が高い、ブランドがあるといった観点が中心となっています。

本人がやりたいことを実現できるか否かといった観点とは異なります。残念ながら、日本の教育環境においては、キャリアデザインについて学ぶ機会がほとんどありません。社会経験の浅い先輩からのアドバイスが、年収やブランドを軸としてしまうのも致し方ないことです。

このように行われる就職活動では、まずは自分がやりたいことを掴むという、肝心なファーストステップが抜けています。これでは、人気企業へ入社はできたけれど、自分の望んでいた仕事とは異なっていたという事態が生じてもおかしくはありません。

実際に、内閣府が発表した「就労等に関する若者の意識」調査でも、初職の離職理由は「仕事が自分に合わなかったため」と答えた割合が43.3%と、最も高くなっています。

なお、日系大企業でよく見られる“総合職”として入社する場合、必ずしも希望の仕事に就くことが出来ないということがあります。自分がやりたいことを掴んだ後は、どの業界に入るかという視点だけでなく、どのような職種で入社し、どのようなキャリアとなるのかといったことをよく理解して選択することも大切です。

もう1つは、「上司やクライアントとの関係がつらくなった」というケースです。志望する企業へ入社したものの、仕事で思うように成果があがらない。その結果、上司や顧客から叱られることが増えて、職場へ行くのがつらくなったという話は珍しくありません。

前述の内閣府の調査結果でも、「人間関係がよくなかったため」と答えた割合が23.7%で、2番目に高い離職理由となっています。

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このような現象が起こってしまう原因の1つには、学生時代に「社会に出る準備が十分にできていないこと」が挙げられます。大学卒業までに学んできたことと、社会で求められるスキルや知識とのギャップの大きさに悩む若手社会人は多いでしょう。特に最近の学生は、大学で真面目に勉強をしている人が多く、その悩みはより深いものとなります。

もちろん、採用企業も新卒社員に対して、過度に高い成果を求めているわけではありません。まずは、簡単な資料作成や議事録取りなどの基礎的なビジネススキルや、教えられた業務を実践し、報連相するといった他者と協働するスタンスを身につけていれば、周囲から認められることが大半でしょう。

しかし、そのような基本ができていないと、教える上司や先輩社員にもストレスが溜まります。報告や相談がないと十分なサポートができません。顧客からのクレームや大きなトラブルにつながることもあります。

このような他者と協働する力は、学生時代までに主に培ってきた、授業を聞いて勉強し、1人でアウトプットする力とは異なります。会社に入ったあとでスムーズに立ち上がるためには、学校での勉強とは別に、社会に出るための準備をしておく必要があるのです。

学生時代にしておくべきことは

それでは、「自分の志向と合う企業を見つけられていない」、「社会に出る準備ができていない」という2つの問題を解消するためには、学生時代にどのようなことをしておくとよいのでしょうか。

自分の志向と合う仕事を見つけるためには、まずは自分がどのようなことを好きなのかを知る必要があります。同様に、自分の嫌いなことを知っておくことも大切です。

嫌いなことやとても苦手なことを、数十年も続く職業にするのは苦痛ですし、短期離職の要因にもなります。しかし、自分の「好き・嫌い」を知ることは、容易ではありません。実際、好きなことや避けるべきことを認識できている人は、社会人でも多くはないでしょう。

「好き・嫌い」を把握するためには、自分の価値観と向き合うプロセスが必要となります。

具体的には、日々感じたことを日記につける、授業や友人、書籍などから受けた刺激をもとに考えたことを記録するといった内省する時間です。自分が好きだと思うことの共通項を探ることで、新たに自分の好きなことを発見することもあるでしょう。

さらに、見つけた「好き」についての仮説検証も不可欠です。実際に取り組んでみると、思ったよりも楽しくない、あるいは、もっと別のことのほうがより楽しいと感じるといったこともあります。

自分の「好き・嫌い」を掴むまでは時間がかかる

このようなプロセスを経るため、自分の「好き・嫌い」を掴むまでには、時間がかかるのです。就職活動を行う大学3年時から、就きたい職業について急に考え始めるのでは間に合いません。

就職活動が始まってしまうとエントリーシートや面接の準備、OB・OG訪問をしたり、説明会に参加したりするだけでなく、多数の面接を受けることになります。落ち着いて自身と向き合うことは困難となるでしょう。そのため、「好き・嫌い」を探るのは、就職活動を行う前の1、2年時に開始する必要があります。

もちろん、この作業は資格試験の勉強のように、毎日何時間も取り組むといった類のものではありません。自分はどのようなことが好きなのかという“問い”を持って、日々の刺激や学びを糧にして、過ごせばよいのです。本来であれば、大学や学部の選択に影響があるため、高校の時点でキャリアと向き合うことがお勧めです。

それでは、社会に出る準備をするためには、どのようなことをするとよいのでしょうか。これについては、私は「長期インターン」に参加することをお勧めしています。長期インターンは、就職活動のプロセスで行われる、数日の選考プログラムの「インターン」とは異なります。

長期インターンは、通常は半年〜2年程度の期間、“実務”に従事します。仕事内容は、企業や業界によって異なりますが、若手社員と同様に、上長への報連相やベーシックな資料の作成、ビジネスライティングのスキルなど、社会に出た後で必須となる力を磨くチャンスに恵まれています。

例えば、日本語の文章を書くということであっても、大学までに学んできたことと、会社で求められることは異なります。ビジネスライティングでは、読者の心理や置かれている立場などを汲んだうえで、何らかの行動を促すことを目的に作成されることが大半です。

当然、論文とは書き方が違ってきます。新卒社員が議事録を作成すると、上司から赤入れをされて元の文章がひとつも残らないという笑い話は、いろいろな職場で聞かれます。

基礎的なビジネススキルや協業するスタンスを身につけてから入社すれば、短期間で成果が出やすくなります。顧客や周囲の先輩社員からも喜んでもらえて、仕事が楽しくなるでしょう。

そうなれば、努力するエネルギーが自然に湧き、ますます成果があがるという「良循環」に乗ることができます。私たちも数多くのビジネスリーダーのキャリア形成を支援してきましたが、社会で幸せに活躍するためには、この良循環に乗ることが大切だと考えています。長期インターンの経験は、社会人としてよいスタートを切るうえで、大いに役立つことでしょう。

長期インターンは学業の妨げになる?

一方で、長期インターンへ参加することは、学業の妨げになるのではないかと懸念する声もあります。

しかし、長期インターン生を受け入れてきた私たちの経験では、むしろその逆の効果があるのを感じています。長期インターンを経験すると、大学での学業や研究が、社会でどのように活かされているのかを知ることができます。それが学びのモチベーションになり、むしろ学業への好奇心が高くなるケースが多いのです。

長期インターンがきっかけとなり、単位取得のためだけの授業選びから、将来につながる本物の学びとなっていくケースを、数多く目の当たりにしてきました。実際、ビジネスの世界に関心があり、大学1年時にIT企業で長期インターンの経験をした学生が、データサイエンスに興味を持ち、大学院へ進学してアカデミアの道を志すといった事例もあります。

また、そもそも学業の時間を削らなくても、アルバイトやサークル活動、飲み会に使っている時間を長期インターンに当てればよいということも多いでしょう。高度なITスキルなどを持っていなくても、時給1000〜1500円程度の報酬を得られる長期インターンが大半です。ぜひ学生の皆さんには、将来を見据えて挑戦してほしいと思います。

「学生時代はバラ色、社会人は灰色だと思っていて、不安でした」。以前、東京大学でキャリアデザインの授業を行った際のアンケートに書いてあった言葉です。この学生だけではなく、異口同音に社会に出る不安が学生たちから寄せられたアンケートにはつづられていました。

日本を代表するような名門大学でも、自身の社会人人生に明るい希望を持っている学生の割合がけっして高くはない。大学での授業を通して、キャリア教育の重要性を確信すると同時に、学生が社会に出る準備をできる機会をもっと広く用意しなければいけないと感じています。

働くことの素晴らしさを次世代に伝えよう

現在、私たちは、先端的なAIスタートアップやベンチャーキャピタル、ESG投資ファンド、国際的な活動を行うNPOなどの皆様に協力頂き、長期インターン情報を提供しています。まだ活動規模は小さいですが、学生からの反応は非常に良く、国内だけでなく、海外の大学に在籍する日本人留学生からも問い合わせが寄せられています。

学生の間では、長期インターンの有用性が徐々に認知されてきました。しかし、長期インターンを提供している企業はまだ限られているのが現状です。確かに、受け入れる際には、育成のために時間とリソースを割かなければなりません。しかし、採用難の現代において、優秀な学生と接点を持つことは、企業にとってもそれに見合ったメリットがあるのではないでしょうか。

学生個人の未来のためだけでなく、日本社会のためにも大きな可能性を秘めた長期インターンが、もっと一般的になるよう願っています。

(渡辺 秀和 : コンコードエグゼクティブグループ CEO)