ベルーナドーム(写真:時事)

好天に恵まれた5月27日(土)の12時すぎ。埼玉西武ライオンズの本拠地・ベルーナドームには、開門直後であるにもかかわらず、入場待ちの長い列はなかった。

この日のチケットはCOACHとのコラボユニホーム付きとあって、開催1カ月前に約3万1500枚のチケットは完売している。プロ野球の試合では多くの場合、試合開始時間の2時間前に入場ゲートが開く。

チケットが完売しているゲームともなれば、かつては最も混雑する開門直後には、最寄りの西武狭山線・西武球場前駅の改札口付近まで入場を待つ人の長蛇の列が延びていた。

が、この日はその開門直後の時間帯ですら、電車を降りて一番混んだ列の最後尾に並んだ人が、わずか5分でチケットのチェック、ユニホームの受け取りを経てゲートを通過できていた。

入場ゲートでの手荷物検査を廃止

状況を一変させたものは何か。手荷物検査のセルフ化である。ベルーナドームでは昨シーズンから入場ゲートでの手荷物検査を廃止している。びん、缶類を持ち込もうとしていないか確認するボードを掲げたスタッフが、ゲート通過時に入場者に声をかけるだけだ。

手荷物検査にかかる時間は、人によっても、持ち込む荷物の量によっても異なるが、最速で1人あたり5〜6秒。今シーズンも当初は検温・消毒を実施、これに6秒程度かかっていたが、コロナが5類に移行した5月8日以降はこれも廃止したため、合計12秒ほど短縮されている計算になる。

入場ゲートの構造もスムーズな入場に一役買っている印象だ。入場ゲートの位置や数は球場によって大きく異なる。4万人以上を収容できる東京ドームは、プロ野球のゲーム開催時は全部で11カ所のゲートを設けている。ゲートごとにレーン数は異なり、1階の主要ゲートではおおむね4〜5レーンずつだ。

一方ベルーナドームの入場ゲートは現在1カ所、レーン数は最大で28だ。2021年3月に3年にわたる大改修を終え、入場ゲートの位置と数を現在の形に変えた。


改修前は1塁側、3塁側それぞれに1カ所ずつゲートを設け、レーン数は15ずつ、合計30レーン。スタンド外周部分は周回できない構造になっていた。

待機列は途中警備員の指示で1列の人数を随時変えながら進み、ゲート手前で大きく曲線を描いていたので、自分の周囲に並んでいる人の要領の良し悪しでゲートを通過できるまでの待ち時間が変わってしまうストレスがあった。

しかし改修後は入場ゲートを1カ所にしたことで、列は途中で1列の人数を変えることも、曲線を描くこともなくそのまま入場ゲートまで直進する形になった。このため、周囲の人の要領の良し悪しに左右されなくなった。

レーンの最大数は改修前よりも2つ減ったが、実際に並んでみるとストレスは大幅に軽減された感がある。

ちなみに、なぜかドームに向かって右端のレーンに並ぶ人が多く、左方向のレーンに並ぶ人は少ない。慣れている人は電車を降りて改札を出ると、まっすぐ左端のレーンを目指す。

一番空いている左端のレーンだとほぼ待たずに通過でき、約10分おきに狭山線が西武球場前駅に到着するが、次の電車が到着する頃には、一番混雑している右端のレーンでもほぼ待機列はなくなっていた。

高精細のカメラと通報アプリでリスク軽減

入場時の手荷物チェックは、人との接触を極力回避することが求められたコロナ下でどこの球場もかなり簡便化されたが、コロナ収束とともに従前のスタイルに回帰しつつある。そんな中でなぜ検査廃止なのか。

「入場で並び、ファンクラブのポイント付与で並び、グッズショップで並び、フードやドリンクの購入で並び、球場に来ると長時間並んでばかり。そんなストレスを少しでも軽減したいと考え、出た結論がセルフチェックだった」(井上純一事業部長)という。

昨年1年間試験導入した結果、来場者アンケートでは、7割の人が継続を希望する結果になったため、今シーズンも継続を決めた。

そもそも100%の精度でチェックするのは不可能で、例えびん、缶類を持っていたとしてもグラウンドに投げ込む、落として割るといったことがなければ不都合はない。

それでも入場口のチェックを緩めた分、場内の監視は強化した。改修時に高精細のカメラ数十台を新設するとともに、通報アプリを導入した。

違反行為、迷惑行為を行っている観客が自分の座席近くに居ても、誰しも報復は怖いから警備員を呼んで注意をしてもらうハードルは高い。そこで、通報者自身の座席位置と迷惑行為の内容を入力・通報する機能をアプリに追加した。

これによって迷惑行為を行っている観客自身に通報の事実を知られることがなくなり、迷惑行為を行っている観客の位置を警備室が確認、高精細のカメラで迷惑行為の証拠を押さえたうえで警備員が対応に向かう形になった。

昨シーズンは1試合あたり平均27件の通報が寄せられたが、その大半がマスクをしていない、大声で応援している、といったコロナルールに対する違反行為だったので、今シーズンは激減しているという。

コロナ下で過去最高に迫る純益を実現

入場口に必要な警備員の人数を大幅に減らし、場内を巡回する警備員の配置も効率化でき、結果、昨シーズンは年間の警備費用約3000万円の削減に成功した。

ライオンズの昨シーズンの1試合あたり平均観客動員数は12球団中最下位だったが、「収益力を上げるために招待客数を減らした結果であり、想定内」(井上事業部長)という。


プロ野球の公表観客動員数は、実際に当日来場した人数ではなく、有料発券枚数と無料発券分の着券数の合計値というのが現在のルールである。年間指定席は来ても来なくても来場者数にカウントされるし、前売りで購入しながら当日行けなかった人の分もカウントされる。無料発券、つまり招待客数を増やせば来場者数は底上げが可能になるが、それは球団の収益力低下につながる。

結果、昨シーズンの実績を反映した2023年3月期決算で、15億1000万円の当期純利益を計上した。決算期を3月に変更した2006年3月期以降で、過去最高は2007年3月期の30億円。


ただ、これは松坂大輔投手のボストン・レッドソックスへの移籍金60億円による底上げがあっての数値。これを除外すると過去最高はリーグ優勝を果たした2018年シーズンの実績を反映した2019年3月期の15億9900万円。2023年3月期はコロナ影響で観客動員数が2018年シーズン比で3割以上少ない中で、2018年シーズンに迫る利益計上に成功した。

手荷物のセルフチェック化には他球団も関心を寄せているらしく、「数球団が見学に来ている」(井上事業部長)という。

他球場でも手荷物検査の内容が変化

他球場でもコロナ前に比べると手荷物検査が簡便になっている印象はある。最も厳しかった東京ドームでは、コロナ前は「どんな小さな手荷物にも必ず手を入れる」オペレーションを導入していた。

5年ほど前、スマホとサイフぐらいしか入らない小さなバックで、中身を取り出して逆さに振ってみせてもなお、手を入れさせてくれと言われた経験が筆者にはある。手が入る大きさのバックではなかったので、このスタッフは指先を入れるフリをして通してくれた。

東京ドームの場内警備・案内業務はシミズオクト社が請け負っているが、同じシミズオクト社でも他球場ではここまでのことはしない。つまりは「どんな小さな荷物にも必ず手を入れる」は、東京ドームのルールだったということになる。

その東京ドーム、コロナ下では手入れを止めていたが、昨シーズンは復活、従前のオペレーションに戻っていた。ただ、今シーズンは昨シーズンよりは緩和されている印象で、かつてのように「どんな小さな荷物にも必ず手を入れる」オペレーションではなくなっており、明らかに入場待ちの時間は短くなった。

退場時の混雑緩和にフィールド内を開放

だが、ゲーム終了後の退場時の混雑は入場時以上に大きなストレスだ。ベルーナドームでは毎試合フィールド内を開放、西武球場前駅に向かう人を分散する形で混雑緩和を図っている。

他球団にこのマネができるかといえばかなり難しい。天然芝の球場では不可能だし、そもそも自前の球場でないなら所有者の許可が必要だ。自前でも、フィールド上を多くの人が歩けばその分人工芝の痛みは激しくなる。人工芝の痛みはプレーに影響するだけに、選手の理解を得る必要があるうえ、選手の理解以前に構造上難しい場合もある。

ZOZOマリンスタジアムもフィールド開放は行っているが、スタンドからフィールドに直接下りられるベルーナドームとは異なり、いったんスタンドの外へ出て外野から入る形になり、ここでも並んで待つストレスがかかる。

2004年にパ・リーグ球団から始まった球団改革で、座席の快適さやトイレの改修など、観戦環境の改善は大幅に進んだが、何をするにも長時間並ぶストレスの解消はまだ始まったばかり。各球団の創意工夫に期待したい。

(伊藤 歩 : 金融ジャーナリスト)