オートモビルカウンシル2023で日本初披露となり、同時に国内販売をスタートした英国BAC製MONO R(筆者撮影)

世界中のスポーツカー好きが憧れるクルマのひとつがフォーミュラーカーだ。世界最高峰のF1マシンをはじめ、最新のテクノロジーが投入され、純粋に走ることに特化したレーシングマシンを、一度は操ってみたいと願う人も多いだろう。そして、そんな「好き者」の夢を叶えてくれるのが、イギリスのスポーツカーメーカー「BAC(ブリッグス・オートモーティブ・カンパニー)」が製造する「MONO R(モノアール)」というモデルだ。

フォーミュラーカーを彷彿とさせるシングルシーターの流麗なフォルムは、かなりエキセントリック。車両重量はわずか555kgと超軽量で、2.5L・直列4気筒エンジンは343馬力ものパワーを発揮する。さすがにF1マシンほどの驚異的なハイパフォーマンスはないものの、その性能はフォーミュラレースの登竜門といわれるF3マシンに近いといえる。しかも、公道走行も可能。フェラーリやポルシェなど、有名メーカーが販売する一般的なスポーツカーでは味わえない官能的な乗り味を、サーキットだけでなく、街やワンディングなど身近な道でも体感できるという。

そんなMONO Rが日本でローンチされ、カーイベントの「オートモビルカウンシル2023(2023年4月14〜16日・幕張メッセ)」で国内初披露された。日本にはわずか2台のみが輸入され、価格はなんと5800万円を超える仕様もあるというから、まさにすべてがプレミアムだ。会場でBAC創業者のニール・ブリッグス(Neill Briggs)氏のインタビューも含めて取材したので、その特徴や魅力などを紹介しよう。

BACとMONOの略歴

BACは、2011年に創業した比較的若いスポーツカーメーカーだ。拠点は、イギリス・イングランド北西部にあるリバプール。ビートルズの故郷として有名な都市だ。創業したのは、今回来日したニール氏と、兄であるイアン(Ian)氏のブリッグス兄弟。「最新のレーシング・テクノロジーを実装しながら、可能な限り本物で純粋なドライビング体験を提供できるクルマ」を作ることを目標にBACを設立し、シングルシーターのスポーツカー「MONO(モノ)」をリリースした。

発売後、北米や中東、アジア諸国など、世界中のスポーツカー愛好家などの注目を集めたMONOは、富裕層を中心に40以上の国や地域で販売された。生粋のレーシングカーと同様に、生産はほぼ手作りに近いこともあり、2023年4月現在の販売台数は約220台。創業者のブリッグス氏によれば、「中でも日本は世界で3番目に大きなマーケット」であることもあり、今回、最新モデルであるMONO Rを、わずか2台ではあるがリリースしたのだという。

MONO Rの特徴


MONO Rのリアビュー(筆者撮影)

MONO Rのボディサイズは、全長4007mm×全幅1836mm×全高1085mmと非常にコンパクトだ。ホイールベースは2565mmで、最低地上高はフロント100mm/リア110mmで、空力を考慮した流麗なフォルムは、まさにフォーミュラーカーを彷彿させる。

イギリスの有名エンジンチューナーで、長年のパートナーであるマウンチューン(Mountune)社が開発を手掛けたフォード製の2.5L・直列4気筒エンジンは、前述のとおり、最高出力343馬力を発揮。従来型のMONOも同様のエンジンを搭載するが、最高出力は305馬力。また、最高回転数も7800rpmから8800rpmにアップすることで、よりパフォーマンスを向上している。ちなみに、このエンジンは、リッターあたり137馬力ものパワーを発揮するといい、自然吸気エンジンを搭載した公道市販車の世界新記録を樹立したという。

MONO Rの大きな注目点は、これも先述した車両重量555kgという超軽量な車体だ。それを実現するために、すべてのボディパネルに、グラフェンという炭素素材を使用する。グラフェンとは、軽量で薄く、高強度であることから、近年注目されている新素材だ。ただし、かなり高価であることから、クルマのボディなどへの使用例はほぼなく、BACによれば「量産車としては世界初」だという。

また、バックミラーステーなど44の部品については、3Dプリンターで製造していることも特徴だ。MONO Rは、少量生産であるだけでなく、1台1台をオーナーの体格や好みなどに応じてカスタマイズする。そのため、一部のパーツについては仕様変更をする場合も多いという。そのため、パーツの原型となる金型からパーツを製作する従来の方式では、細かいオーダーなどに対応しづらい。時間がかかるし、一点もののパーツを作るにはコストもかかるからだ。そこで、そうしたパーツなどは、3Dプリンターで製作することで、製造のスピードと費用を低減。結果的に、販売時の本体価格も抑えることができるという。


MONO Rのサスペンションまわり(筆者撮影)

足まわりでは、前後サスペンションに、スポーツカーなどに採用例が多く、コーナリング中の安定性などが高いツインウイッシュボーン(ダブルウイッシュボーン)式を採用。スプリングの硬さや減衰力を細かく変更できるフルアジャスタブルタイプとすることで、さまざまな走行シーンやドライバーに対応する。


MONO Rのホイール(筆者撮影)

また、前後17インチのホイールは、F1などのレーシングマシンへの採用実績も豊富なOZレーシング製を採用。ピレリ製のタイヤは、フロント205/45-R17、リア255/40-R17とかなりのワイドなサイズで、コーナーなどでの高いグリップ力を想起させる。


MONO Rのシングルシート(筆者撮影)

シングルシーターのため、運転席は非常にシンプルだ。シートやステアリングなど、室内の各部にもカーボン製を装備することで、車体の軽量化に貢献する。また、中央部にディスプレイも備えたステアリングは、BACのオリジナルだ。トラクションコントロールなど、さまざまな制御スイッチが並ぶステアリングを見るだけでも、フォーミュラーカーのコクピットを彷彿とさせ、かなり気分が高揚する。

日本仕様の価格や販売網


ベスポーク オートモーティブが扱うビジュアルカーボンを使った仕様(筆者撮影)

今回日本に投入される2台は、東京に拠点を持つ「ベスポーク オートモーティブ」と、福岡の「永三MOTORS」が販売ディーラーとなり、それぞれ1台ずつ販売することになっている。

今回展示された2台のうち、ボディパネルにカーボン地が透けて見えるビジュアルカーボンを使った仕様は、ベスポーク オートモーティブが担当。価格(税込み)は5806万6800円だ。


永三MOTORSが取り扱うホワイトとブラックのモデル(筆者撮影)

また、ホワイトとブラックのモデルは、ベーシックな仕様にホイールやステアリングなどをカスタマイズしたもので、永三MOTORSが担当。価格(税込み)は4798万6400円で、ビジュアルカーボン仕様ほどではないが、こちらもなかなかプレミアムなプライスとなっている。


BAC社のブリッグス氏(筆者撮影)

ちなみに、顧客の主なターゲット層をブリッグス氏に聞いてみた。それによれば、まず、「マクラーレンやフェラーリ、ポルシェなど、一般的なスーパースポーツカーでは飽き足りなくなってしまったスポーツカー愛好家」だという。また、MONO Rは、少数生産のため、2023年4月現在の世界販売台数は40台程度。かなりレアなモデルであることから、「英国製スポーツカーを好むコレクターなども顧客になるだろう」と予想する。

たしかに、イギリスはモータースポーツの歴史も長く、市販スポーツカーも数々の名車を生み出してきた国だ。昔からの愛好家が憧れることもたしかだろう。さらに、生産台数が少ないレアなモデルであることで、購入後に価格が上がることも予想される。そのため、ブリッグス氏は「投資目的として購入する層もいるだろう」という。いずれにしろ、家やマンションも買える価格だけに、基本的には、富裕層が顧客となることだけは間違いないだろう。

今後の展開


後ろから見たMONO R(筆者撮影)

このように、BACのMONO Rは、究極のスポーツカーを所有できるのなら、「いくらお金を出してもかまわない」といった、かなり究極のマインドを持つ愛好家向けだ。しかも、ファンは日本をはじめ世界中にいるという。あくまで私見だが、近年のカーボンニュートラル実現に向けたクルマの電動化といった流れも、MONO Rが世界的に注目されることに関連しているかもしれない。多くの愛好家が、「ガソリンエンジンを搭載したスポーツカーが(電動化などにより)消滅する可能性がある。乗るなら今しかない」といった意識を持つためだ。

なお、BACでは、今後、カーボンニュートラルに向けた対応として、「MONOのFCV(燃料電池車)版を開発中」だという。水素を燃料とし、電動モーターで走るスポーツカーだ。ブリッグス氏は、「(バッテリーと電動モーターで100%走る)BEVよりも、航続距離などがより長くなるFCVのほうがスポーツカーには向いている」という。


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ただし、FCVは、バッテリーやモーターだけでなく、大容量の水素タンクも搭載する必要があり、車両重量はかなり重くなってしまう。単純にパワートレインなどを変更するだけでは、555kgという超軽量なMONO Rの魅力はスポイルされてしまうだろう。そのため、BACでは、現在、「さらなる車体の軽量化などを検討している」という。

販売台数などを考えると、かなりレアな存在ではあるが、本物のフォーミュラーカーさながらの走りが堪能できることで、世界中の愛好家に注目されているBAC製スポーツカー。新進気鋭のメーカーが、これから自社のマシンにどんな進化を与えるのか、今後の動向も気になるところだ。

(平塚 直樹 : ライター&エディター)