前回に続き、前原誠司氏に、ジャーナリストでノンフィクション作家の塩田潮氏が話を聞いた

ロシアのウクライナ侵攻や中国の軍拡など、紛争リスクが高まるなかで、安全保障に対する国民の意識が高まっている。「専守防衛、非核3原則、積極的平和主義」を貫いてきたわが国の防衛・安全保障は今後どうあるべきか。

前回に続き、外務大臣や国土交通大臣を歴任し、現在、国民民主党安全保障調査会長を務める前原誠司氏に、ジャーナリストでノンフィクション作家の塩田潮氏が話を聞いた。(このインタビューは2023年6月1日に行いました)

塩田潮(以下、塩田):防衛力強化に伴う財源の問題が焦点になっています。

前原誠司(以下、前原):政府が今年の通常国会に提出した防衛力強化財源確保法案はひどい内容ですね。安定財源とは言えない。しかもちぐはぐです。5年間で43兆円ですが、法律に書かれているのは、言ってみれば防衛力強化の一部だけです。その対象を占めるのは令和5(2023)年度の外国為替資金特別会計で、剰余金の繰り入れを約束をしたのがメインです。

政府はまともな負担論から逃げている

後の増税とか歳出改革とか、決算剰余金の活用は法律に書いていない。つまり閣議決定でしかない。この点だけを書いた法律について、なぜ議論するのか、明確な理由がない。鈴木俊一財務相の答弁は最後はやむにやまれず、「政治的な判断」と言って逃げるしかないわけです。一部だけの説明にした一番大きい理由は、恐らく増税を決めたくないからでしょう。法案で、財源に増税を含めたら、今、増税の中身を決めなければならない。

でも、閣議決定の中には、東日本大震災対策の復興財源を転用するという一項がある。だけど、それは閣議決定にとどめています。剰余金についても、令和10年(2028年)度以降は 0.7兆円というものがある。過去10年間の決算剰余金が年平均で 1.4兆円、その半分は国債整理基金に入れ、残りの半分は剰余金として使えるから、0.7兆円です。

ただし、過去3年はコロナ対策で巨額の予備費を積んでいて、令和2年(2020年)度に約4兆5000億円の剰余金が出た。これが年平均の数字を押し上げ、1.4兆円という計算になっていて、この4兆5000億円を外したら、毎年0.7兆円なんて出てこない。それを基に、水増しで10年間の財源にしている。

外為特会の剰余金についても、「令和10年度以降も外為特会の剰余金を使うんですね」と尋ねたら、「使いません」と言う。「それでは、財源は何」と聞いたら、「決めていません」と。めちゃくちゃな財源論です。

子ども子育て対策の予算倍増も含めて、まともな負担論から逃げているとしか言いようがない。人材がいなかったら、防衛もないわけですから、一番大事なのは人です。なのに、防衛力予算にしても、人材育成のための子ども子育て予算にしても、財源論から逃げまくっている。それが今の政府だと思いますね。

塩田:岸田政権はなぜ逃げるのですか。逃げた後、何をやろうとしているのでしょうか。


前原誠司(まえはらせいじ) 1962年京都市生まれ。京都大学法学部卒業。1993年衆議院総選挙に初当選。民主党代表、国土交通大臣、外務大臣、国家戦略担当大臣などを歴任。現在、国民民主党代表代行、党安全保障調査会長を務める

前原:理由は恐らく衆議院総選挙。その前は逃げておきたい。選挙の後にやるのでしょう。ですが、選挙は常に来ますから、結果、今までの繰り返しのように、また借金が増えるという構図になるのでは、と心配しています。

増税については「消費税は触らない」と言っています。「その代わりに、社会保障費の負担増」と言っていましたが、批判が出たら、「それもやらない」と言い出した。財源を何で手当てするのか、非常に不明確ですね。

塩田:もしかすると、財政規律優先といわれている財務省が、最終的に消費税増税の実現を、という方針を示していて、それが壁となり、結論が出ていないということでは。

前原:財務省はこの話には手を出していません。これは政治マターです。政治案件だとわかっているので、今は何の動きもありません。財務省は「自分の案を持ってこい」と言われたら出しますよ。間違いなく消費増税を言ってくると思いますが、それは見えない。

岸田首相の「改憲論」は本気ではない

塩田:岸田政権は1年9カ月になります。首相のリーダーシップをどう見ていますか。

前原:2021年9月の自民党総裁選挙から見てきて、ご本人が一番やりたいのは「新しい資本主義」だった、と私は感じました。就任前、「新しい資本主義」とは、行き過ぎた株主資本主義を見直すということで、その流れは所得倍増だったんですが、今、それもない。

自民党の人たちは今、自分たちがリーダーシップを持って何かをやるというよりも、各省から上がってきた積年の宿題をやっている感じです。防衛力強化はいいですけど、言ってみれば、これも、もともとやりたいとは一つも言っていなかったことですね。

塩田:岸田首相は政権獲得となる2021年の総裁選で「憲法改正を在任中に実現します」と言って、それは今も取り下げていません。現在の安全保障環境の問題と岸田首相の改憲論はどう結びついていると見ていますか。

前原:私は正直言って、結びついていないと思いますよ。憲法改正を言っているのは知っていますが、魂がこもっていないと思いますね。改憲はすごく政治的なハードルが高い。しかも政権は自公連立が軸です。連立を解消してでも、維新や国民民主に呼びかけて改憲をやるということができるかどうか。そこまでの腹はないと思いますね。

改憲を言っているのは、自民党の党是でもあるし、自民党の支持者、つまりは安倍さんが言っていた括弧付きの岩盤支持者をつなぎ止めるためのメッセージだと思いますね。

塩田:憲法問題を考えるとき、日本の安全保障との関係で改正を要するとお考えの点は。

前原:私はとにかく憲法改正の1丁目1番地は第9条だと思っています。憲法が施行されたのは1947年5月3日、自衛隊ができたのは1954年7月1日で、7年のブランクがある。つまりは第9条の第1項、第2項を読むと、自衛隊をまったく想定していません。

自衛隊を前提とした憲法にすべき

憲法は「陸海空その他の戦力はこれを保持しない」と書いてあるから、自衛隊は軍隊ではないとか、戦力ではないとか、すべて詭弁で来ているわけです。その意味で、自衛隊を日本の正式な組織として認めるのが大事なことで、第2項に書くのか、あるいは新しく第3項として加えるかは別にして、自衛隊を前提とした憲法にすべきだと私は思います。

国の基本法である憲法の安全保障の部分が、7年間のブランクの中で、勝手に 180度、解釈変更されているわけです。やはり読んで字のごとくにする。立憲国家としては絶対にそうあるべきだし、やるべきだと私は思います。

ほかには、安倍さんも努力された集団的自衛権の点で、出来の悪い自衛権発動3要件の見直しだったけど、自衛権は国家の自然権です。その中には当然ながら集団的自衛権も含まれる。政策的判断で、たとえば安全保障基本法なんかを作って、集団的自衛権について、ここまでしかやらないとか、ここまではやれるという書き方をすることはあっていいと思いますけど、やはり一番のネックは憲法第9条だと私は思いますね。

塩田:自民党案の「改憲4項目」を見ますと、もちろん自衛隊明記はありますが、現実には緊急事態条項新設の議論が先行している印象です。

前原:憲法改正をどこからやっていくか。国民に最も理解が得られるところはここではないかという最大公約数が緊急事態条項だと思うんです。緊急事態が発生したときの国会議員の任期延長の問題が取り上げられていますが、現憲法には「緊急」という言葉は参議院の緊急集会しか使われていない。

これは憲法制定時にGHQ(連合国軍総司令部)の指導の下で、日本はずっと平和で行きますよという宣言なんです。ですが、今、日本の周りを見ても、そうはいかない。私は改憲の本丸は第9条と前文だと思いますけど、一番、国民の理解が得やすくて、一度、とにかく憲法が不磨の大典ではないことを国民に理解してもらうためには、まず緊急事態条項で、ということは理解しています。

塩田:以前、インタビューで、前原さんは「一緒の党にならなくてもいいから、政党同士の緩やかな連携を」という話をされましたが、日本の安全保障や防衛政策を方向づけていくような一つの緩やかな固まりをどうやって作っていけばいいのか。安全保障問題が導火線となって政界再編とか政党再結集といった新しい動きが生まれる可能性はありますか。

自民党が割れて本当の政界再編へ

前原:可能性はあると思うんですね。国会の憲法審査会では、維新、国民民主、衆議院会派・有志の会が連携をしながらやっています。立憲民主党にも憲法改正が必要だと思っている人たちもいる。改憲の議論が具体的に進めば、ひょっとすると、連立の組み替えのような議論が自民党の中で起きるかもしれない。

自民党が割れて初めて本当の政界再編が起きるのでは。そのためには中道・保守の改革勢力がもっと大きくならなければならない。その中核になるのは、今は維新ですよ。どう連携を強めていくかが、憲法改正を近づける意味においても、政治的なインパクトは非常に大きいと私は思いますね。

塩田:国民民主党は今後、足並みの乱れとか、空中分解とか、その心配ありませんか。

前原:政策面ではないですよ。だけど、自民党と組みたいと言う人もいるし、私のように野党が結集すべきだというところもある。空中分解はしないと思いますけど、野党共闘路線で行くのか、あるいは自民にすり寄ってでも連立に入るということを考えるのか、路線はやはり明確にしなければいけない時期に来ていると思いますね。

塩田:一方で、立憲民主党と維新が昨秋の臨時国会から国会共闘に踏み出し、その後、結局、空中分解に終わりそうな情勢ですが、この動きはどう見ていますか。

前原:私は薩長同盟すべきだということで、あれを進めていたんです。まあ、選挙が近いと意識すると、どうしてもお互いがこぶしを上げなければいけない。総選挙はいつあるかわかりませんが、年内にあるでしょう。その後がポイントだと思いますね。

(塩田 潮 : ノンフィクション作家、ジャーナリスト)