特急「サザン」の運用を担う10000系のなんば方先頭車。通常はこの車両に一般車両を連結するため編成の先頭になることはない(記者撮影)

南海電気鉄道は現存する大手私鉄で最も古い鉄道会社として知られる。大阪ミナミの中心地であるなんば駅と関西空港、和歌山市、高野山方面を結ぶ。大黒柱の南海本線はなんば―和歌山市間64.2km。特急「サザン」はその全線を走り抜ける代表選手だ。

関空利用者には空港線に直通する特急「ラピート」が知られ、高野山に向かう特急「こうや」も外国人観光客の利用が目立つ。これらの特急券が必要な列車とは違い、サザンは沿線の「通勤通学の足」としての性格が強い。日中は1時間あたり2往復しており、和歌山市駅発は毎時00分・30分と、わかりやすいダイヤになっている。

一部座席指定の「特急」

サザンは8両編成での運行だが、同じ編成でも前と後ろで「顔」が異なる。和歌山市方の4両は指定席で、なんば方の4両は自由席の一般車両。指定席車両はベテラン車両の「10000系」と比較的新しい「12000系」の2つのタイプがある。10000系はなんば方に「7100系」4両を連結。12000系は「9000系」「8000系」「8300系」のいずれかとペアを組む。

自由席はほかの通勤車両と同様に乗車券のみで利用ができる。一方、指定席車両の座席指定券は全区間大人520円。当然だが、どちらに乗っても停車駅や所要時間は同じだ。近年、関西の鉄道会社で採用が拡大する「一部座席指定列車」の先駆け的な存在と言える。ただしサザンの場合“一部”といっても1編成の半分の両数を占める点がユニークだ。


座席指定車両10000系の車内。進行方向を向いたクロスシートが並ぶ(記者撮影)

下りのサザンの場合、途中停車駅は新今宮、天下茶屋、堺、岸和田、泉佐野、尾崎、みさき公園、和歌山大学前(ふじと台)。みさき公園駅近くは海を望む区間で、同駅からは2.6kmの単線、多奈川線が分かれる。

2012年に開業した和歌山大学前の周辺にはニュータウンの「ふじと台」やイオンモール和歌山がある。近年建て替えられた駅ビルが新たな街のシンボルとなった和歌山市駅は2023年に開業120年を迎えた。加太線(加太さかな線)の「めでたいでんしゃ」も発着する。


和歌山港線を走る12000系「サザンプレミアム」。後ろに自由席の一般車両を連結(記者撮影)

サザンの一部列車は和歌山市から和歌山港線に直通し、四国の徳島と結ぶ鉄道連絡船、南海フェリーに接続する。和歌山港線は家々の軒先を縫うように走る区間もある2.8kmの単線だ。とくに1998年に明石海峡大橋が開通するまでは本州と四国を結ぶ重要な交通手段の1つだった。

10000系は1985年にデビュー

10000系のサザンは1985年11月1日、特急「四国号」の後継として登場した。「南海線に座席指定特急『サザン』8両新造投入」と題した9月30日付けの同社広報資料によると、サザンの愛称は「開けゆく『みなみ』の方向性と、21世紀に向かう将来性をネーミングした」。当時の座席指定料金は400円。「新特急の運転は、座席確保、上級車両への旅客のニーズに応えて、快適な輸送サービスを提供する」といい、着席需要の取り込みを意識していたことがわかる。

1986年、鉄道友の会の「ローレル賞」に選ばれた。同会は「貫通式扉を設けた前面デザインは大きな曲面ガラスの採用によってひときわ斬新な印象」、「室内装備も豪華で特急列車の条件を満たしてくれています」と評価。「民鉄としては初の、国鉄のグリーン車的扱いをしていることも特徴の一つ」と選定理由を挙げた。

南海電鉄の車両としては初めての受賞。東海道・山陽新幹線の「100系新幹線電車」と並んでローレル賞に選出されており、当時の好評ぶりがうかがえる。同年の最優秀「ブルーリボン賞」は伊豆急行の「2100系電車(リゾート21)」だった。

10000系は当初2両固定編成が4本製造された。自由席4両と連結、または4両・6両の全車両座席指定特急として運用。選抜された運転士・車掌だけが乗務に就くことができたという。1989年にかけて2両編成6本を増備した。

さらに1992年、改造・新造により中間車(2・3号車)を組み入れ4両編成7本とした。このため新造車両を入れた編成は、車内設備や側面の窓の形状などが和歌山市方の1号車、なんば方の4号車と異なる。その当時の車両紹介資料には「利用客が多く、満席の列車も多いため、今回中間車両を増備新造し、座席数の増強を行うことにした」とある。

「サザンプレミアム」の愛称が付いた12000系は2011年9月1日に運用を開始した。ステンレス製の車両で4両編成が2本在籍する。ノートパソコンが使える背面テーブルや、導入当時は前例があまりなかった全席電源コンセントを備える。車内設備としては防犯カメラ、堺市に本社を置くシャープの「プラズマクラスター」の装置なども取り付けた。

開発にあたっては女性社員を対象にアンケートを実施、「授乳スペースや子どもがぐずったときの対応スペース」「車外や隣席からのプライバシー保護」といった要望がそれぞれ多目的室と座席ヘッドレストの採用につながったという。

なんば―和泉中央間を走る泉北高速鉄道の座席指定列車「泉北ライナー」の12000系とは共通設計。泉北ライナーの12000系は金色に輝く車体が特徴で、期間限定でサザンの運用に充てられたことがある。

各社が狙う着席需要

関西の鉄道会社では一般車両に有料座席車両を連結する例が増えている。京阪電気鉄道は2017年に特急車両の8000系で「プレミアムカー」のサービスをスタート。2021年には快速急行の運用も担う3000系に拡大した。さらに2025年秋には3000系プレミアムカーを1編成あたり2両へと増強する方針だ。JR西日本は新快速に「Aシート」を導入。阪急電鉄にも2024年から京都線で座席指定サービスを始める計画がある。

サザンはこれらの先駆けとなってきた存在だけに10000系の老朽化は否めない。主電動機や制御器といった機器は四国号などに用いられた旧1000系から流用しており、相棒の7100系は1973年までに製造された大ベテランの車両だ。

南海電鉄運輸車両部課長補佐の久保薗隆祥さんは「取り替える部品がなくなってくるなかで更新していく必要がある。12000系と同じコンセプトにするのか、違う形式の特急車両にするのかを含め、さらに魅力的な車両になるような開発を検討したい」と話す。各社がプレミアム感を競う現在の感覚からすると、車内設備には時代遅れな印象があるかもしれないが、レトロな乗り心地をじっくり体験するならいまのうちと言えそうだ。


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(橋村 季真 : 東洋経済 記者)