大手損保4社による価格カルテルをめぐって、「市場の番人」がついに動き出した(記者撮影)

大手損害保険4社による、私鉄大手・東急グループとの取引をめぐって、公正取引委員会が調査に乗り出していることが分かった。損保業界における取引慣行の闇に対して、「市場の番人」によるメスがついに入ることになるのか。

その取引とは、複数の損保が共同で1つの保険契約を引き受ける「共同保険」だ。東京海上日動火災保険、損害保険ジャパン、三井住友海上火災保険、あいおいニッセイ同和損害保険の大手4社が、価格カルテルを結んだために、本来なら安く抑えられたはずの保険料を、東急側が不当に高く支払わなければならなかったという疑惑だ。

「現時点で本件以外は認識せず」と東京海上

損保の経営を監督する金融庁はこれら4社に対して、保険業法に基づく報告徴求命令をすでに出している。それを受けて6月20日に東京海上日動が、同23日にはほか3社が、カルテル行為について認め、再発防止に努めるという旨の文書を公表した。

「現時点では本件以外での同種の事案は認識しておりません」――。カルテルを実質的に主導していたことを認めた東京海上日動は、公表文書にそう記した。あくまで一社員が引き起こした特異な事例として整理し、早期の幕引きを図りたいという思惑が色濃くにじむ。


東京海上日動は6月20日、保険料の「調整行為」との表現を用いて、カルテル行為を主導していたことを認めた(記者撮影)

そもそも今回の事案は、2022年12月に東急側が大手4社による火災保険(企業財産包括保険)の保険料カルテルに疑いを持ち、東京海上の営業部門に問いただしたことがきっかけで発覚している。

東京海上日動は、東急の社外監査役に、自社の元社長を歴代にわたって送り込んできた。現在も東京海上日動の隅修三・元社長が、東急の社外監査役に就いている。それだけに衝撃は大きかった。

カルテル発覚後には、東京海上日動の広瀬伸一社長が東急側に頭を下げる事態にまで発展しており、入札を2度にわたってやり直す羽目にもなった。最終的に東急側は、当初より大幅に安い火災保険料で契約を更改している。

公取委によると、入札をやり直したことによって、カルテル行為など独占禁止法の「違反行為にかかる売り上げがないのであれば、課徴金がかからないことが想定できる」(公取委の小林渉事務総長)という。

東京海上日動が公表文書の中で「不当な保険料で引き受けに至ることはなかった」と何度も記しているのは、課徴金処分に至らない状態へ自浄作用を働かせることができたとアピールしたかったからだろう。

そうして東京海上日動など4社は事態の鎮静化を図ろうとした。

だが、公取委は厳しい姿勢を変えず、調査に乗り出すことになった。なぜか。

それは課徴金処分の対象となり得るカルテル行為がほかにも存在している疑いがあるからだ。

損保ジャパンが幹事の取り引きに疑い

その取引とは、東急グループ向けの賠償責任保険だ。自社の施設や工事などで事故が発生した場合にその損害賠償費用を補償する仕組みの保険で、幹事会社は損保ジャパンが務めている。

公取委など複数の関係者によると、その取引においても保険料の提示水準を4社で調整したような形跡があるにもかかわらず、東急側は疑念を持たず、契約に至ってしまっているという。

そうであれば、独禁法の違反行為による売り上げとして課徴金処分の対象となる。

さらに言えば、幹事会社が変わっても同様に価格カルテルが結ばれているのであれば、もはや個社の一社員が引き起こした特異な事例として片付けるのは無理がある。企業向けの共同保険分野で、違反行為が広くまん延している可能性があるのだ。

損保業界に広がる底知れぬ闇にどこまで迫れるか。公取委、金融庁ともに緊張感が足元で一気に高まっている。

(中村 正毅 : 東洋経済 記者)