インドでは長距離列車が入線すると多くの人が列車に群がる(筆者撮影)

インド東部で長距離列車が脱線、そこへ別の列車が衝突し、280人を超える死者が出るという、近年まれな鉄道大事故が6月2日に起きた。信号の誤作動が原因らしいが、詳しい経緯は今後調査が進むにつれて明らかになるであろう。

それにしても死者が280人以上というのは通勤列車ならともかく、長距離列車の事故としてはかなり多く感じるだろう。いったい列車にどれだけの乗客がいたのかと思ってしまう。日本なら車長の長い新幹線車両の、トイレのない普通車が満席だったとしても定員100人なので、280人以上というのは3両分全員が死亡した計算になる。

多くの長距離列車は1泊2日か2泊3日で運行

インドの人口は14億人以上で、近年、中国を抜いて世界一となった。日本の約11倍の人が住んでいる。面積は日本の9倍なので、単純比較であるが日本より人口密度が高い。


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インド国鉄は14億人の大衆的な移動手段として全土に稠密なネットワークを持ち、たくさんの長距離列車を走らせている。多くの列車が目的地まで1泊2日か2泊3日の行程である。

長距離列車本数も多く、日本でいえば東京―博多間に寝台専用特急が走り、そのほかに庶民的な列車が品川―博多間、大宮―熊本間、新宿―長崎間、横浜―佐世保間に運行しているようなイメージであろうか。それらの列車に、静岡―岡山間で利用する客や岐阜―広島間で利用する客など、多様なニーズがある。主要駅では乗降が多く、どの駅も人であふれている。

近年、電車特急も運転を開始したが、ほとんどの長距離列車は、機関車が客車20両以上を牽引する。10両前後の短編成の長距離列車は「ダブルデッカー・エクスプレス」と呼ぶ2階建て列車くらいである。20両の内訳は、全車エアコン付き寝台の「ラージダニー・エクスプレス」(首都デリーと主要都市を結ぶ)と全車エアコン付きの昼行座席車「シャダブディ・エクスプレス」を除くと、10両くらいのエアコン付き寝台車と、10両くらいのエアコンなしの車両で組成されている列車が多数となる。これに食事を作るキッチン車(食堂車ではない)、荷物車、電源車などを含めると、23両編成程になる。

これを、今回の事故を起こした列車もそうであるが、ドイツ技術による現地生産のWAP-7という機関車が牽引する(W=広軌、A=交流電気機関車、P=旅客用)。最高運転速度は時速130kmで、筆者の感覚でも、ほぼそのくらいの速度で運転していて、在来線であるがかなり速い。

幹線はほぼ複線電化され、大都市圏では複々線で近郊列車は別の線路を走る。線路もPC枕木のしっかりしたものである。

人口が多く貧富の差が大きい

長距離列車はおおむね20両以上の長編成であるが、それでもどの列車も満席である。寝台車や1等車は座席指定であるが、2等自由席は客席までたどり着けない乗客がデッキにあふれている。なかにはドアにかろうじてぶら下がっている客もおり、極めて危険な状況である。

しかし、増発できないほどに列車密度は過密になっている。インドへ行くと「人口が多いというのはこういうことか」と思い知らされてしまうが、とにかく人が多いのである。空いている列車など皆無である。

加えて、インドは人口が多いだけでなく、貧富の差が激しいことも忘れてはならない。同じ区間を走る列車でも、全車エアコン付きの優等列車はかなり優雅な旅ができる。最上級のクラスは4人個室の寝台車で、本格的なテーブルで瀬戸物の皿を使って食事が出され、召し使いのようなサービス係が、一人ひとりのお皿に食事をとり分けてくれる。これは一部の豪華な観光列車の話ではない。毎日運行の定期列車の話だ。つまり、長距離列車はクラスによって天と地ほどの差がある。かたや個室寝台で優雅な食事、2等自由席はドアに人が群がっているのだ。

運賃は1000kmほどの距離なら最上級クラスは日本円で1万円以上だが、2等自由席だと1000円以下である。ちなみに空路の運賃は、近年はLCC(格安航空)が発達しているとはいえ1万円くらいはする。貧しい人にとって1万円はおいそれと出せる金額ではない。

貧富の差があるといっても多数派を占めるのは貧しい人たちである。個室寝台では1車両に40人以下、2等自由席は1車両に200人以上が詰め込まれているような状況だ。

エアコンなしの車両は窓に必ず鉄格子がある。「何のため」とも思われるが、これがないと、窓から列車に乗る客が出てくるのだ。非常口として鉄格子のない窓が1両に2カ所くらいあるが、実際にそこから乗ろうとする人を見たことがある。人を多く乗せること優先の車両なので、ドア幅は狭く、一様に荷物も多いので乗車・下車はスムーズにいかない。我先にと人が群がる。

しかし、この鉄格子があると、非常時に窓から脱出できない。この鉄格子が事故時の救出活動の妨げになったことは容易に想像できる。インドでは冷房車以外は通勤車両も含めてすべて窓には鉄格子や金網があり、いざというとき車外に出られない。かといって現状のような大混雑が続く限り鉄格子は廃止できないであろう。今回は脱線だけであるが、もし出火したらと考えるとぞっとする。

安全への意識改革も必要

インドではこんなこともあった。大都市近郊の長距離列車の停車しない駅のホームで列車を撮影していたときのことだ。列車が通過する際は駅員がホームで緑と赤の旗を持って通過を監視する。すると彼は私に、次は「○○エクスプレス」などと教えてくれた。

ところが、傍らには線路の真ん中で遊ぶ子供たちがいるものの、駅員は注意をしない。列車はつねに警笛を鳴らしながら速度を緩めずに、おそらく最高速度で通過する。見ていてハラハラしてしまう。駅には跨線橋があるものの、階段を登るのが面倒なのか、大人たちも平気で線路を横断する。

列車は年々高速化しているし、列車頻度も高くなっているので、あわてて別の線路に避難しても、反対方向の列車が来てしまうこともあるだろう。

インドでは近年、主要都市で地下鉄が急ピッチで建設されていて、多くでホームドアが採用されている。おそらく将来建設される高速鉄道も、在来線とは別物で、万全な安全対策を行った施設になるのであろう。そんななかで、在来線はなかなか簡単に変われるものではないと思うが、安全への意識が変わっていくことを願いたいものである。

(谷川 一巳 : 交通ライター)