軍事政権との戦いに参加するマンダレー人民防衛軍の隊員(撮影:David Mmr/Getty Images)

激化する国軍による市民の弾圧、超大型サイクロン・モカによる深刻な被害と被災者の孤立……。5月末に来日したミャンマーの人権活動家キンオーンマー氏(プログレッシブ・ボイス会長)に、ミャンマー現地の実情と日本の責務についてインタビューした。

――ミャンマーでは2021年に軍事クーデターを起こした国軍による市民に対する弾圧が激しさを増す一方、5月の大型サイクロン・モカの襲来で深刻な被害が出ているといいます。現地の状況はどうでしょうか。

サイクロン・モカは少数民族が多く住むミャンマー西部を直撃した。国連や国際NGO(非政府組織)が被災地に援助物資を届けようとしたが、ミャンマー国軍がそれを阻み、援助を必要とする人に行き渡らない状況が続いている。

とりわけ厳しい状況にあるのがイスラム教徒のロヒンギャの人々だ。彼らは国軍によって国内避難民用のキャンプに収容され、自由に外に出ることもできない。サイクロン襲来の警報も伝えられず、逃げ場を失い、多数の死傷者が出ている。

――どうすれば援助を必要とする人たちに届けることができるのでしょうか。

国連や東南アジア諸国連合(ASEAN)、日本を含めた国際社会に対しては、ミャンマーの軍事政権や国軍には絶対に援助物資を送らないでほしいと訴えたい。2020年11月の総選挙で当選した議員らが結成した民主派勢力の「国民統一政府」(NUG)に相談すれば、被災者への届け方を教えてもらうことができる。ミャンマー国民の多くが支持するNUGと連携して被災者支援に取り組んでほしい。

タイに逃れた避難民の過酷な状況

――国軍による空爆や村の焼き討ちにより、多くの人々がタイなどの隣国に逃れています。そうした人々の現状は。

国境地帯の状況は過酷だ。たくさんの人たちが国境を越えてタイに逃れている。タイ北部の町メーソットでは、もともとミャンマーからの避難民が多くいたところに、新たに5万人が流入した。それとは別に、タイ側にある9つの難民キャンプでは現在、約10万人が生活している。キャンプにいる人たちはミャンマーに帰ることも、他国に行くこともできず困窮している。キャンプ内にあった学校や診療所は現在、運営されておらず、食料の配付も1カ月に10ドル未満に減少している。

タイ国軍はミャンマー国軍と親密な関係にあるため、新たに入ってきた民主化活動家にとってタイも非常に危険な場所だ。身分証明書を持っていなければいつでも逮捕されてしまう。国連難民高等弁務官事務所も手出しできない状態だ。


――国軍と民主派勢力の戦いが激しさを増す中、軍事政権は総選挙を実施すべく準備を進めているといいます。

有権者名簿の作成や投票所に配置される係員の訓練などの準備を進めている。ただ、ミャンマーの市民は選挙に強く反対しており、かなりの抵抗に遭っている。


Khin Ohmar/プログレッシブ・ボイス会長。人権活動家。1988年の民主化運動に参加。その後、国外に逃れ、ミャンマー人女性などの人権擁護活動や民主化を目指す各団体の調整活動などに従事。2016年にプログレッシブ・ボイスを設立(撮影:筆者)

軍事政権は政党登録に関する新しい法律を制定したが、クーデター前に政権を担っていたアウンサンスーチー氏率いる「国民民主連盟」(NLD)や「シャン民族民主連盟」(SNLD)は政党登録を抹消された。代わりに国軍がコントロールする政党がいくつも結成された。仏教徒の極右ナショナリストの政党や、麻薬王が作った政党、実態のない少数民族の政党などを国軍は自分たちのコントロール下に置いて総選挙を有利に進めようとしている。

バングラデシュの難民キャンプにいるロヒンギャの人たちについても、ミャンマーに帰還させるパイロットプロジェクトを軍事政権は開始している。そこに参加すれば市民権を与えるとか、法的地位を保証する身分証明用のカードを発給するとしているが、そのカードは投票で使えるだけで他にはほとんど意味がない。

笹川陽平氏の動きに疑念

――総選挙に正当性があるとは思えませんが。

文民統制下の2020年に実施された総選挙に関与した公務員やボランティアとも話をしたが、彼らの誰一人として、このたび軍事政権が行おうとしている総選挙を支持する者はいなかった。しかし、国軍の兵士が自宅に来て銃を突きつけ、投票を強制した場合、住民がそれに逆らうことは難しい。また、国軍は住民を困窮させたあげくに、コメなどの食料支援と引き替えに票を得ようとするかもしれない。

――「ミャンマー国民和解担当日本政府代表」の肩書きを持つ日本財団会長の笹川陽平氏は今年2月にミャンマーを訪問した後、タイの首都バンコクで記者会見に臨み、「民主化の第一歩は選挙。何が何でもやらないといけない」と力説したと報じられています。

笹川氏に対しては4月にミャンマーの406の市民社会団体が書簡を送り、「『選挙』を支持する発言が日本政府の特使としてのものだったのか」について問い合わせた。特使の任務の詳細や、特使としての活動の予算や報酬、特使が日本政府のどの部署に対して報告義務を負うのかについても明らかにするように求めた。しかし笹川氏から回答は得られなかった。日本政府も笹川氏の活動との関係について明言を避けている。


――日本政府はどのような姿勢を取るべきだと思いますか。

日本政府は軍事クーデターへの非難声明を出す一方で、軍事政権への政府開発援助(ODA)を継続している。軍事クーデター前年の総選挙で勝利した民主派と軍事政権のどちらを支持しているのかもはっきりしない。ミャンマーの国民はこうした日本の曖昧な姿勢に困惑している。日本政府にはミャンマー民主化のために道義的・倫理的役割を発揮するように求めたい。

日本は国連安全保障理事会の非常任理事国でもある。2022年12月に採択された安保理決議を踏まえ、ジェノサイド、戦争犯罪、そして人道に対する罪について国軍の責任を追及する具体的な措置を取るべきだ。

また、次のようなことができるはずだ。すなわち、(1)国軍関係者や国軍系企業をターゲットにした経済制裁の実施、(2)NUGとの対話、(3)軍事政権が強行しようとしている総選挙を支持しないと表明すること、(4)ミャンマー国軍の支配下で実施されているすべてのODAを直ちに打ち切ること、(5)在日ミャンマー人の保護、などだ。

今般の入管法改正により強制送還が増える事態ともなれば、在日ミャンマー人は生命の危機に直結する。国外に居住していたというだけで逮捕・投獄されたミャンマー人を私は知っている。在日ミャンマー人の中には民主化支援の活動をしている人も多く、帰国すれば必ず尋問を受けることになる。

弱体化する国軍、日本はNUGと対話を

――日本政府は民主派勢力が結成したNUGとどのように関係を持つべきでしょうか。

日本がNUGとの公式の連絡手段を持っていないのは戦略的な誤りだ。(欧米諸国のみならず)中国やインドネシア、マレーシア、韓国もNUGと連絡を取っている。日本がミャンマーにきちんと関与するためには、NUGときちんと対話すべき。日本政府は軍事政権を長引かせたいのか、あるいは文民統制に戻ってほしいと思っているのか、はっきりしてほしい。

――民主派勢力の抵抗に遭い、国軍も弱体化しているとも指摘されています。

10年前、国軍は40万人を擁していると言われていた。しかし(西側の)軍事アナリストの推計では、クーデター前に実際の人数は30万人もいないと指摘されていた。クーデター後はさらに2万〜3万人減っていると見られる。新たな兵士の募集もできていない。軍隊から離脱すると家族にも危害が及びかねないが、2万人以上の兵士がこれまでに国軍から脱走している。

民主派勢力や少数民族武装組織との戦いが長引く中、国軍は広大な国土に薄く広く展開せざるをえず、あらゆる場所で市民の抵抗に遭っている。国軍の兵士は疲れ果て、追い込まれている。国軍は国土の20%以下しか支配下に置いていない。民主派勢力に勝機はある。

(岡田 広行 : 東洋経済 解説部コラムニスト)