「りくりゅう」所属、木下グループの選手支援力
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スターズ・オン・アイス2023では、「りくりゅう」ペアはもちろん、海外勢のペアやアイスダンスのカップルに対しても大きな歓声が上がり、多くの人がスタンディングオベーションをしていた。「りくりゅう」ペアのような強い選手が出てくれば、その種目に対する見方が変わることもある。日本のフィギュアスケートファンのカップル競技への関心は着実に高まっている。「スターズ・オン・アイス ジャパンツアー2023」2023年4月6日 横浜公演初日(撮影:梅谷秀司)
五輪や世界選手権などのメダリスト、フィギュアスケート界のスターたちが日本に集う「スターズ・オン・アイス ジャパンツアー」。「『羽生結弦』出演ショーが地域振興に絶大効果」に続き、この世界最高峰のアイスショーの裏側で、支援する企業がどのような努力を行ってきたかを探った。フォトギャラリー後編では、4月6日の横浜公演初日の様子も紹介する。
「木下グループ」と聞いて、多くの人はどんな会社をイメージするだろうか。傘下にある木下工務店だろうか。「PCR検査センターを空港や繁華街に展開した会社」だろうか。実はフィギュアスケートファンにとって同社の名は、「フィギュア支援に熱心な会社」として聞き慣れたものだ。
2023年のフィギュアスケート世界選手権で優勝した三浦璃来さん・木原龍一さんの「りくりゅう」ペアは、木下グループに所属している。実力と人気を兼ね備えた国内外のトップスケーターが数多く出演する「スターズ・オン・アイス ジャパンツアー2023」は、全公演のタイトルに「木下グループプレゼンツ」の文言が付いた。
木下グループは「総合生活企業」として、建築不動産、医療福祉、エンタメなど多角的に事業を展開している。スポーツ分野では、個別の選手支援のほかに「木下卓球アカデミー」や「木下スケートアカデミー」を持つ。
始まりはジャパンオープン協賛
木下グループがフィギュアスケート支援に取り組み始めたのは2006年からだ。
「詳しい経緯は社内でもわからないのですが、スタートは『ジャパンオープン』への協賛です。この大会に2006年から当社が特別協賛する形で支援を開始しました」(発言は以下、木下グループ広報)
2006年といえば、トリノ五輪で荒川静香さんが日本人として初めてフィギュアスケートで金メダリストになった年だ。木下グループのジャパンオープン協賛が決まったのは五輪より前だったが、当時は男子女子ともシングルに優れた選手が多く、フィギュアスケートへの関心が高まっていた。
ジャパンオープン2006年大会には日本チームとして、郄橋大輔さん、本田武史さん、浅田真央さん、安藤美姫さんが出場。団体戦形式の珍しさもあり、入場券は前売り開始当日のうちに完売した。
今でこそ人気の大会やアイスショーのチケットは事前に何段階もの抽選が行われるが、当時は入場券が発売開始日に売り切れることは想定外だったようだ。チケット完売を受けて救済措置的に、急きょ、アイスショー的な催しの「ジャパンオープン2006ガラ」を大会同日に開催することが決まった。現在の「カーニバル・オン・アイス」だ。
島田高志郎さん(21)。2022-2023年シーズンの全日本選手権では、自己最高の成績で総合2位となった。「スターズ・オン・アイス ジャパンツアー2023」2023年4月6日 横浜公演初日(撮影:梅谷秀司)
木下グループが個別選手の支援を開始したのは2009年。アイスダンスのキャシー・リードさんとクリス・リードさん姉弟の支援が最初だった。
その後、2010年にペアの高橋成美さんとマーヴィン・トランさん、2013年からは高橋さんと木原龍一さんを支援した。
高橋・木原ペアの解消以降は、高橋さんと木原さんをそれぞれ並行して支援した。その後、高橋さんは2018年に現役を引退。木原さんは2015年に須崎海羽さん、2019年に三浦璃来さんと組み、今に至る。
男子シングルの島田高志郎さんも木下グループに所属している。国際大会の表彰台にも乗る、注目の選手だ。今年のスターズ・オン・アイスに出演し、フレッシュな演技を披露した。
島田麻央さん(14)。3回転アクセルを含む6種類の3回転ジャンプ、4回転トウループを跳ぶことができる。同時にジャンプ以外の要素、スピンやステップの質も高く評価されている。「スターズ・オン・アイス ジャパンツアー2023」2023年4月6日 横浜公演初日(撮影:梅谷秀司)
この6月には、女子シングルの島田麻央さんが木下グループ傘下の会社とマネジメント契約を結んだと発表された。
木下アカデミーに所属し、今年3月の世界ジュニア選手権で日本勢最年少での優勝を果たした期待の選手だ。今年のスターズ・オン・アイスに出場し、カラフルな衣装と軽快な演技で会場を沸かせた。
支援対象の選手は移り変わりつつも、木下グループが支援の中心としてきたのは、カップル競技だった。
フィギュアスケート人気が高まる中とはいえ、世間で注目されてきたのは主に男子シングルと女子シングル。なぜその状況で、しかも2009年から15年目となる今日に至るまで、カップル競技に集中的な支援を行ってきたのか。
「支援を始めた理由自体が、カップル競技の強化だったからです。当時、日本スケート連盟からカップル競技を支援してほしいとの要請を受けました。2014年のソチ五輪から団体戦が採用されると決まったものの、日本ではカップル競技2種目が厳しい状況で強化が必要でした」
カップル競技の支援が結実
団体戦では、男子シングル、女子シングル、ペア、アイスダンスの4種目それぞれの順位に応じてポイントが与えられる。結果は合計点によって決まるため、メダルを獲得するには勝てる選手が全種目に必要だ。
当時シングルには郄橋大輔さん、荒川静香さん、安藤美姫さんら優れた選手が多かった。そうしたメジャーな選手にはスポンサーがつきやすく、連盟も強化費を出せた。しかし、カップル競技支援に手が回るほど恵まれた状況ではなく、木下グループに支援依頼の声がかかった。
男子シングル、女子シングルが高得点を得る一方で、カップル競技は団体戦の足を引っ張る、とシビアに見られることもあった。そんな発展途上のカップル競技の支援を始めて14年、図抜けた成果が上がる。
明るい笑顔と、お互いへの信頼が感じられる氷上でのコミュニケーションが印象的な「りくりゅう」ペア。会場で販売された公式パンフレット掲載の写真やコメントにも、2人の仲の良さがにじみ出ていた。「スターズ・オン・アイス ジャパンツアー2023」2023年4月6日 横浜公演初日(撮影:梅谷秀司)
木下グループ所属の「りくりゅう」ペアが、2022-23年シーズンに「年間グランドスラム」を達成したのだ。国際スケート連盟の主要3大会である「グランプリファイナル」「4大陸選手権」「世界選手権」を1シーズンで制するのは、日本勢で初となった。
支援にどの程度の予算を割いているかは気になるところ。だが、「契約内容は個々の選手で異なり具体的にお答えするのは難しい」とのこと。ただ、「アイスショーの協賛、主催も含め、支援は営利目的ではありません。当社の業績がよい時もそうでない時も支援を継続してきました」という。
「スターズ・オン・アイス ジャパンツアー」には、2011年に「木下工務店」として特別協賛したのが最初だった。木下グループは2011〜2018年の8回にわたって「特別協賛」。2019年には札幌と金沢での公演を、2021年と2022年には八戸公演を「主催」、2023年のスターズ・オン・アイスは全公演に「主催」として参加した。
スターズ・オン・アイスの開催に当たっては、主催者や協賛者での会議が毎年、大小いくつも行われるという。世界のトップスケーターらが集まるアイスショーの出演者はどのように決まっているのか。
「もちろん、各主催企業に『こういう方に出てほしい』という希望はあると思いますが、スケーターの皆さんのスケジュールや体調もありますし、つねに思いどおりに進むわけではありません。企画担当でスポーツマネジメントを専門とするIMGが、調整役を担っています」
なお、選手支援やアイスショーの主催などによるフィギュアスケート支援は現在、同社広報室メンバーのうち数人が、時期ごとの繁忙度に応じて担当しているという。
バナータオル販売でも応援
木下グループは2022年12月から、社内の発案で「りくりゅうペア応援バナータオル」を販売している。
古くからフィギュアスケートの会場では、スケーターの名前やメッセージが大きく描かれた布や紙(「バナー」と呼ばれる)を演技後のリンクに向けて掲げ、応援の気持ちを示す行為が盛んだ。コロナ禍の影響で声出し応援のできなかった時期は、拍手とバナーがさらに重要なものとなった。
見どころの多いペア演技だが、リフトやスロージャンプなどの技はやはり目を引く。「スターズ・オン・アイス ジャパンツアー2023」2023年4月6日 横浜公演初日(撮影:梅谷秀司)
「目に見える形での応援ということで、ずっと公式応援タオルを作りたいと考えていました。手作りバナーや専門業者の特注品はハードルが高いので、公式グッズとして買いやすい値段で販売しようと。りくりゅうカラーのブルーのタオルでファンの統一感も出ます」
世界選手権では、客席に青いタオルがずらりと掲げられ、りくりゅうペアの2人もそれを喜んだという。タオル購入者が希望すると自身の名前が掲載される特設ページを木下グループのウェブサイトに設けた。
タオルは税込3300円で販売している。その売り上げは全額2人の活動支援金に充てられる。ファンが購入代金として支払った全額がそのまま2人に届く。
つまり販売した数だけ木下グループが費用を負担する仕組みだ。さらに同社は2023年4月、年間グランドスラムを達成した2人に1400万円ずつの報奨金を贈っている。
ファンやメディアからの注目度も高く、まさに「りくりゅうフィーバー」だが、そこに至るまでには木下グループによる長年の地道な支援があった。フィギュアスケートには個人で賄うには重い費用がつきものだ。練習場所の確保や国際大会への出場費用、コーチやトレーナーへの支払いなど、何かとお金がかかる。支援企業が果たす役割は大きい。
(山本 舞衣 : 『週刊東洋経済』編集者)