2020年10月からさんいん中央テレビにて水曜深夜に放送されている、かまいたちの冠番組「かまいたちの掟」(画像:山陰中央テレビジョン放送)

島根県唯一のローカル局、さんいん中央テレビを知らなくても、同局が制作する『かまいたちの掟』というバラエティ番組なら知っている人は多いかもしれない。タイトル通りお笑いコンビ・かまいたちが出演する番組で、TVerで最新回が全国で見られる。2020年にスタートし、2021年のTVerでの再生数がローカル番組でトップとなり、その年のTVerアワードを受賞している。コンビの一人、山内健司が松江市出身なこともあり、田舎町になじんだ彼らの素の面白さが楽しい。

配信で全国に見られる番組を

さんいん中央テレビ・コンテンツプロデュース部の川中優氏に話を聞くと、会社に思い切ってプレゼンし通った企画だったという。

「編成や営業など各部署の若い世代の仲間で相談し、自分としては配信の可能性を極めたくて立てた企画です」

山陰で視聴率15%を狙うのではなく、配信で全国の人々の1%でも見られる番組を作りたい、というのが川中氏の意図だった。視聴率より配信を狙うのは今なら有りだが、2020年には常識外れだったはずだ。ただ、さんいん中央テレビは2016年に36歳の社長が就任していた。

「今の社長に変わったところで、どんどん新しいことをやっていこうとの空気にガラっと変わりました。下から出てきた企画はやらせるようにとの方針です」(川中氏)

この社長なら通してくれるとプレゼンした企画が通り、TVerで本当に全国的な人気番組になったのだ。

番組の知名度を獲得したことで、波及効果がさまざまに起こった。

「配信収入でいくと大きいのはLeminoさんや大阪チャンネル、FODプレミアムなどサブスクですね」(川中氏)

さらにグッズも展開し、今年の4月にはついにイベントも実施した。

「人口6000人ぐらいの町でやったんですけど、ホールイベントは1200人ぐらいの定員に対し4倍ぐらいの応募がありました」(川中氏)


4月に島根・三刀屋文化体育館アスパルで開催されたイベント「かまいたちの掟 感謝祭 2023」(画像:山陰中央テレビジョン放送)

小さな町に全国からファンが集まり、グッズもたくさん売れた。TVer→サブスク→グッズ→イベントというビジネスモデルがそこには見える。北海道テレビ発で全国人気になった『水曜どうでしょう』と構造が似ているが、当時は他のローカル局での番組販売が人気を広げた。『かまいたちの掟』も番組販売はやっているが、TVerが人気拡大のスピードを加速したのだ。ローカル番組が全国人気を獲得する新しいモデルができたと言えそうだ。

中国への越境ECにも取り組む

さんいん中央テレビは新規事業の分野でも斬新なことをやっている。ANAが出資する株式会社ACDに参画し、中国への越境ECに取り組んでいるのだ。

同局で報道部長を務めていた岡本敦氏は現在、ACDに執行役員として出向し毎日ライブ配信の現場にいる。

中国のSNS、WeChatに『青山246放送部』というチャンネルを作り、毎日4時間、日本のあちこちから配信しているのだ。ポイントは、中国人スタッフとともに配信を行い、彼らの意見を積極的に取り込むこと。岡本氏によると、「放送部」としたのも彼らの意見だった。

「中国には部活動がなく勉強ばっかりで『部活』に憧れがあるそうで、放送局より放送部のほうが日本っぽく感じるというので、『青山246放送部』にしました」(岡本氏)

ライバーと呼ばれる中国人の配信者が男性1名と女性2名いて、お客さんとコミュニケーションしながら配信する。スタッフも日本人4人、中国人7人で中国人のほうが多い。

いま5万人のファンがいて、自治体などから依頼があればそこから配信したり、もう1つ別に作った『日本好物推薦』というライブコマースのチャンネルに送り込んで相乗効果的に物販をするそうだ。

また、bilibiliというYouTubeのような動画共有サービス上に『漫応援』というチャンネルを持ち、そこではこれまでウルトラマンを演じた俳優たちの動画を置いている。1本あたり50万回程度再生され、登録者数は15万人を超えた。

『ウルトラマンオーブ』で悪役ジャグラスジャグラーを演じた青柳尊哉氏は特に人気で、個人チャンネルをACDが運営。島根の老舗酒造とコラボした日本酒も販売し大いに売れているという。青柳氏を動画サイトのイベント、ビリビリワールドに連れて行く特別イベントも準備中だ。

「このマーケットの先駆者としての“キー局”になれるような仕事をやりたいねと言っています。いつまでもローカルが下にいる構図ではいけない。川上に立って、仕掛けていかなければ」(岡本氏)

ローカル局の人が「キー局になる」と例えとしてでも言うのを初めて聞いた。川上に立とうという精神も、若き社長と共有していることらしい。ぜひ社長にも取材したいと思い、さんいん中央テレビの社長、第25代田部(たなべ)長右衛門氏と、東京の青山のマンションでお会いした。東京と島根に、月に半分ずつ居るそうだ。現在43歳と若いが、貫禄十分で社長の肩書に違和感はない。


山陰中央テレビジョン放送代表取締役社長の第25代田部長右衛門氏。1979年生まれの43歳(筆者撮影)

田部家はたたら製鉄を1460年に始めた。そこから数えて25代目が現在の田部長右衛門氏。田部家を継いだ者は代々長右衛門を名乗る習わしだ。製鉄は大正時代に終わってしまい、田部氏の祖父、23代長右衛門氏は多角化を図り島根の新聞社を買収。父親の24代長右衛門氏が当時島根県になかったテレビ局を1970年に開局した。

1999年に先代が急逝。別の人間がテレビ局を継ぎ、田部氏は2002年にフジテレビに入社。報道記者として鍛錬を積む。2010年に島根に戻り、当初は取締役だったが、2016年に満を持して社長に就任した。

人を大事にする経営理念を打ち出した

跡継ぎの殿様として迎えられそれまでの役員陣がははーとひれ伏す姿を想像するが、まったくそうではなかったそうだ。

「私が帰ってきた頃のさんいん中央テレビは、柔軟性がなくなっていました。制度面でも問題あると思えるものが残っていた」(田部氏)

そこで人を大事にする経営理念を打ち出し、社員も大切にと次々に改革を行った。

「まず、給与改革。手当類を思い切って拡充していきました。子供手当は、3人いると月5万円、4人産まれたら月8万円」(田部氏)

全体的に給料を上げ、コロナになっても下げなかった。

「そんなに上げたら赤字になりますと言う者もいました。赤字にしてはいけないけれども、社員と社員の家族にきちっとお給料を払ってることを、後ろめたく思う必要はない。だったらそれ以上稼げばいいじゃないかと」(田部氏)

川中氏の話にあった通り、下から上がってきた企画は必ずやらせることにした。

「300万円かかる企画が通ったら、本人だって頑張るから200万ぐらいは稼いでくる。たった100万でやる気やモチベーションが担保されるなら、やらせたほうがいいという考え方です」(田部氏)

社長に就任した当初は古参の役員たちに反対されることも多かった。田部社長のある提案に役員たちが猛反対し、怒号が飛び交う大喧嘩になったこともある。

「途中からこの人たちの言うことは一切聞かないと決めました。自分のやりたいようにやる。最終的に責任を取るのは私。だからもし何かあれば責任を取って辞めるだけです」(田部氏)。田部家を背負い、テレビ局を背負い、島根を背負っている。第25代田部長右衛門氏はそれらを背負うことから逃げない。最後に責任は取る。だから、やりたいようにやる。

社長になる前から新規事業に次々取り組んだ。

「今私がやってるさまざまな企画の中には赤字の事業もあります。それを、勝つまでやる。 勝つまでやれば負けない。全戦全勝の秘訣は、勝つまでやることです」(田部氏)

メディアではなく、地域創造カンパニー

そうは言っても、いま放送業界全体が悲鳴を上げている中で、今後どうするのか。その質問への回答にひっくり返った。

「うちは今、グループ全体で売り上げが200億ぐらいですから、実は放送外収入は、完璧なんです」

200億円? 一瞬何を言っているかわからなかった。県域ローカル局の売り上げはせいぜい50億円程度が普通だ。田部社長が言うには放送収入は35億円。それを大きく超える放送外収入があるということだ。

実際TSKグループのホームページにはソフトウェア販売やシステムインテグレーション、ビルメンテナンス、そして農業まで多種多様な企業が並んでいる。

「もはやメディア事業ではなく、地域創造カンパニーだと社員に言っています」という田部氏は、さらに教育事業にも広げていくビジョンを語る。

でもテレビ局はやめないとも田部氏はいう。

「地方はテレビの優位性がまだ残っていてあと20年はそれを保つと思います。その間に、地域ビジネスを確立しないと危ない」

地域創造のために、まだまだテレビ局には役割があるという考えだ。さらに、田部家には500年続いたたたら製鉄をやめざるをえなかった悔しさが受け継がれているようだ。だから、父が始めたテレビ局を自分の代で終わらせたくないのだと思う。

田部氏にインタビューしていると、戦国武将と話している錯覚を覚えた。つねに最前線で新しい戦い方を考えながら、民のためを思い領土を広げる。世の中を本当に変えるのは、こういう人物なのだろうと思った。テレビ業界だけでなく、行き詰まる日本のビジネス界のみなさんすべてに、彼の考え方を知ってもらいたいと思う。

(境 治 : メディアコンサルタント)