自分の性的指向を周りに明かさない(クローゼット)、LGBTQの当事者を取材しました(写真:chormail/PIXTA)

インクルーシブ(inclusive)とは、「全部ひっくるめる」という意。性別や年齢、障害の有無などが異なる、さまざまな人がありのままで参画できる新たな街づくりや、商品・サービスの開発が注目されています。

そんな「インクルーシブな社会」とはどんな社会でしょうか。医療ジャーナリストで介護福祉士の福原麻希さんが、さまざまな取り組みを行っている人や組織、企業を取材し、その糸口を探っていきます。【連載第15回】

全国で「結婚の自由をすべての人に訴訟」と呼ばれる集団訴訟が続いている。

「好きな人と法的に結婚できないのは、どうしてですか」と訴える裁判で、法律上の性別が同じ相手との 「婚姻(結婚と一般的には同義だが、法律婚のことを民法では婚姻と表記されている)」を認めないとする民法や戸籍法の諸規定は憲法違反ではないかを、日本で初めて問いかけている。

札幌、大阪、東京、名古屋に続き、6月8日、福岡地方裁判所でも判決が出た。判決は「違憲状態」だった。


6月8日、福岡地方裁判所は憲法24条2項(法的な婚姻制度の具体化は、個人の尊厳と本質的平等に立脚すべき)に対して、現状は「違憲状態」と言及した (写真:「結婚の自由をすべての人に」訴訟・九州弁護団提供)

経済的にも社会的にも影響

法律上の性別が同じカップルの婚姻が法的に認められていないことで、経済的にも社会的にも影響を被ることは少なくない。主に以下のような点で、困りごとが起きている。

(1)不動産を共同名義にできないことがある(パートナーが死亡すると財産を相続できず、紛争化することもある)
(2)保険などの各種契約の審査で不利になる、保険金の受取人に指定できない。
(3)パートナーが外国人の場合、在留資格を得ることができない
(4)子どもを産んでもパートナーが親権者になれない
(5)医療を受けるとき、パートナーは治療方針や手術に関して説明を受けたり、同意したりができないことがある
(6)銀行で住宅ローンを組むことができないことがある
(7)職場で家族手当、慶弔休暇、介護休暇などが受けられないことがある

本稿で「同性婚」と書かず、「法律上の性別が同じカップル」と記述するのは、原告団の中には同性愛カップルだけでなく、トランスジェンダー(transgender:出生時に割り当てられた性別と性自認が異なる人*1)の異性愛カップルもいるだからだ。その場合、戸籍上の性は同性同士になるため、婚姻が認められない。

こうした恋愛や性的な指向は精神疾患でも障害でもなく、また、本人の意思や努力で変えることもできない。

近年、全国でこのようなカップルのために自治体が「パートナーシップ制度」を制定・施行するところが増え、現在、少なくとも323になった(*2)。だが、それは社会的な認知を高めても、法的な効力がないため、前述の困りごとが解消されるとは限らない。

さらに、当事者は、恋愛や結婚に関するさまざまなできごとを語るとき、法的に認められないために社会から受容されず差別を受けたり、大きな不安を感じたりしながら生きている。原告のメンバーは「制度は人々の意識を変えていくと信じて」、裁判で闘っているという。


裁判前、原告団と弁護団、支援者が横断幕を掲げて街頭アピールをしている(写真:公益社団法人Marriage For All Japan - 結婚の自由をすべての人に 提供)

クローゼットを選んだケイさん

東京第二次訴訟原告団8人のうちの1人、会社員のケイさん(50代)から、「法律上同性同士の婚姻が認められていない(法律上で差別されていること)」「法律上同性同士のカップルには結婚という選択肢がない」ため、どれだけ人生で悩み苦しんできたかを話してもらった。

ケイさんは性自認(自分の性別の認識)が女性で、性的指向はパンセクシャル(pansexual:性的指向が性別にとらわれない人*1)」だ。裁判での意見陳述をもとに、独自インタビューした内容を加える。

ケイさんは自身のことを社会にカミングアウトしていない、いわゆる「クローゼット(in the closet)」の生き方を選んでいる。LGBTQ当事者および、「この人は信頼できる。差別や偏見がない」と思う人にしか、そのことを明かしていない。

どうして、クローゼットとして生きているのか、ケイさんはこう話す。


裁判所前でインタビューに答えるケイさん(写真:本人提供)

「2つのリスクがあると考えます。1つは、自分が知らないところで、勝手にその話が広まったらどうしようと思うこと。もう1つは、話したことでその相手との関係性が変わること。例えば、その人に差別や偏見がある場合、その人から距離を取られてしまうことを心配します」

カミングアウトされた人が本人の同意なく他人にそのことを話してしまうことを「アウティング(outing*1)」という。

アウティングはプライバシーの侵害につながり、生命に関わるほどの深刻な影響をもたらす可能性がある(*1)とされ、東京高等裁判所の判決でも「人格権ないしプライバシー権などを著しく侵害するものであって、許されない行為」と示された(*1)。

また、他人にセクシュアリティを明かしたときに、それを否定されることは、自身のアイデンティティに関わる。「自分の生き方や価値観(*3)」の喪失にもつながる。生きていくうえでの失望、絶望に近い気持ちになるため、周囲に打ち明けることが難しくなる。

ケイさんが語ったつらい経験

ケイさんは、家族にも自分のセクシュアリティについて、明確には話していない。ひどく、つらい経験があったからだ。

30代のはじめ、それまで5年以上付き合っていた元パートナーのAさんと家を購入して、同居する計画を親に話したことがあった。しかし、親は娘が結婚や出産の気持ちがないと知り、「孫の顔は見られないのか」と嘆いただけでなく、取り乱しながら「そんな人は信用できない」と強い口調でAさんの人格を否定した。

Aさんは、親がつらい状況になったとき 、サポートしてくれたことがあった。だからこそ、ケイさんはAさんに対する親の発言を申し訳なく思ったという。同時に、心の中では「うちの親なら同性愛への理解があるだろう」という淡い期待もあったので、強い拒否反応には言葉がないほどのショックを受けた。それ以来、親とは「その話に触れていない」と言う。

ケイさんにとってAさんは、趣味も経済的な感覚も価値観が一致する人で、一緒にいると、とても楽しかった。このため、同居を始めた当初は新婚生活が始まるようなイメージを抱いていたが、実際はまったく楽しいと感じられなかった。

やがて、うつ病と診断された。その理由は、「親に、娘が大切に思う人のことは否定しないでほしかった。Aさんが異性であれば早々と結婚を選び、家族も拒否しなかったはず」という気持ちと、「親に孫の顔を見せられない。親の期待を裏切った」という自責の苦しさからだった。

30代半ばになると、職場や親戚との雑談で「結婚しないの」「子どもが産めなくなるよ」と言われることが多くなった。同僚や友人との恋愛話では、Aさんの性別を変えて話すこともあったが、今度は「そんなに長く付き合っているなら、どうして結婚しないの」と聞かれてしまう。「付き合っている人はいない」と答えると、「いい人いるよ」と紹介や見合い話を持ってこられた。

そんな結婚や出産にまつわるプレッシャーから逃れたい、親にも安心してもらいたい。Aさんや自分に何かあったときに配偶者がいると社会的手続きの利便性が高いなどの理由から、ケイさんは「友情結婚」に踏み切った。

近年、インターネットで友情結婚を検索すると、「性的関係を持たない結婚」という新しい家族のカタチが出てくる。今は異性間との友情結婚もありうるようだが、もともと、ゲイやレズビアンが世間体から自分を守りながらパートナーとの共同生活を続けるために、異性と法律婚をすることから始まった。

結婚式の祝福に複雑な心境

ケイさんも2000年半ば、友情結婚のお見合いパーティに参加したり、コミュニティの掲示板を見たりしていた。そんなとき、長年、同じ悩みを抱えるゲイのカップルと出会い、数カ月後、その1人と友情結婚をすることになった。

ケイさんはうそを最小限にしたいという気持ちから、婚姻届の提出と周りへの事後報告という、いわゆる地味婚を希望した。だが、新郎は親族や会社にアピールしたいという強い希望があったため、折れる形で結婚式、披露宴、二次会と、一般的な結婚の儀式をすべて行った。

新郎は喜んでいたが、ケイさんは多くの人々からの祝福に、複雑な気持ちになったという。

結婚式の当日もケイさんと新郎はそれぞれのパートナーが住む家に戻り、“夫婦”で一緒に時間を過ごすことは、ほとんどなかった。

ケイさんはこう振り返る。

「婚姻届1枚で、生活の実態や気持ちの通い合いのない夫との関係は、法的にも社会的にも守られます。一方、長年一緒に暮らして『伴侶』としか表現のしようがないAさんとの関係は、祝福を受けないどころか、何の保障もないことを改めて突き付けられました」

結婚式の日も、それ以降も、家族や周囲に対する罪悪感にさいなまれた。うそにうそを上塗りした結婚は、1年ほどで破綻し離婚となった。

ケイさんは法廷で、こう意見陳述した。

「もし、異性と変わらない形で結婚できていたら、20年間、ずっと2人だけの閉じた世界にいることはなかった。家族や職場、友人に開かれた関係であったなら、喜びや悲しみを共有したり、愚痴を言ったり、相談したり、サポートを求めたりすることができたでしょう。私たちは、社会生活において、お互いの存在をないものとして振る舞い、マジョリティに合わせたうそをつき続けることで、ストレスが澱(おり)のように蓄積されていました」


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ケイさんは戸籍謄本が必要な手続きがあり、取り寄せたことがあった。その紙には元夫の氏名と結婚と離婚を届け出た年月日は記載されていたが、人生の20年以上、連れ添った元パートナーAさんの痕跡はどこにもなかった。

ケイさんは「人生の半分近くの時間を一緒にいたパートナーと築いてきた人生の歴史は、なかったことにされている。わかってはいても悲しく思いました」と言う。そして、「声を上げられないクローゼットは全国にたくさんいます。この記事を通じて、オープンにできないでいるのは、あなただけではないと伝えたい」と話している。

「結婚の自由をすべての人に」の集団訴訟は、2019年2月に北海道、東京(一次)、愛知、関西、同年9月に九州で提訴された。2021年3月に東京(二次)も続いた。

全国では分かれる司法判断

原告は総計35人(2021年に1人亡くなっている)にのぼる。パートナーと一緒に提訴している人もいれば、ケイさんのように1人で法廷に立ち、意見陳述した人もいる。今回の福岡地裁判決が5カ所目で、全国の裁判所ではで条文によって司法判断が分かれている(表参照)。


原告の訴えに対する条文ごとの裁判所による判断(図:筆者作成)

東京第二次原告団の判決は来春の見込み。原告団の目的は、違憲(状態)判決の勝訴でなく、国会の審議を促進させること、つまり、婚姻の平等を実現することにある。北海道、 関西、東京(一次)のぞれぞれの原告団は、東京高等裁判所で控訴審が進んでいる。愛知と九州の原告団も控訴することになった。

本訴訟内容は、公益社団法人「Marriage For All Japan - 結婚の自由をすべての人に」、認定特定非営利活動法人CALL4 共感が社会を変える「結婚の自由をすべての人に訴訟」で詳しく紹介されている。


裁判終了後、Marriage For All Japan - 結婚の自由をすべての人にが主催して、支援者のための報告会をしている。写真左から北條友里恵弁護士、原告の福田理恵さん、藤井美由紀さん、沢崎敦一弁護士(写真:筆者撮影)

⋆1 一般社団法人 性的指向および性自認等により困難を抱えている当事者等に対する法整備のための全国連合会(LGBT法連合会)「LGBTQ 報道ガイドライン-多様な性のあり方の視点から」(第2版)(https://lgbtetc.jp/wp/wp-content/uploads/2022/04/lgbtq-media-gudeline-2nd-edit-1.pdf)

⋆2 公益社団法人Marriage For All Japan - 結婚の自由をすべての人に「日本のパートナーシップ制度」2023年6月3日(https://www.marriageforall.jp/marriage-equality/japan/)

*3 日本大百科全書(ニッポニカ)(小学館)

(福原 麻希 : 医療ジャーナリスト)