(写真:freeangle / PIXTA)

政府から、経済財政運営の基本指針となる「骨太の方針(原案)」が発表されました。これまでデフレ脱却に向けて「2%の物価安定」が目標とされてきましたが、これに“賃金の上昇を伴う”という文言が付け加えられたことが注目されています。足元の物価高と言えば、原材料や燃料の価格上昇が大きな原因となっています。しかし、政府が目指すデフレ脱却には賃金が上昇することが必要となります。

労働者の所得が増えて購買力が高まれば消費が盛り上がります。企業にとっても商品やサービスの売り上げが増えて、景気の順調な拡大につながるからです。そこで今回は賃上げと、景気の鏡とも言われる株価との関係を紹介します。

「3.66%」は1993年以来の賃上げ率

日本労働組合総連合会(連合)が6月5日に発表した春季生活闘争(春闘)の第6回集計では2023年の賃上げ率は3.66%となりました。30年前の1993年(3.90%)以来の上昇です。春闘とは、労働組合が月給などについて企業側に要求して、交渉、そして決定することです。春闘で決まる賃上げ率でその年の賃金が決まってくるわけです。

一方、比較する株価の動きはどうでしょうか。6月13日の日経平均株価は3万3018円となりました。3万3000円を超えたのは、賃上げよりちょっと昔にさかのぼって33年ぶり水準です。賃上げも株価も長いデフレ期間を超えて、ようやく過去の水準まで回復してきており、両者の間には密接な関係があることが連想されます。

そこで実際に過去からの推移を見てみましょう。下図の棒グラフは毎年の賃上げ率の推移です。これに対して、日経平均株価は毎年の年末値となっています。2023年の賃上げ率は3.66%ですが、まだ年末になっていないため日経平均株価のグラフは2022年までの表示となっています。


賃上げ率も日経平均株価も、上図のなかにある3つの紫色の矢印に示されるように、ある程度は連動していることがわかります。2つのグラフは共に2002年までは低下してきました。その後は横ばい。そして2014年以降は賃上げ率が2%台を回復してきたとともに、株価も上昇しました。

このような賃上げ率と株価の連動の流れから2023年末の日経平均株価の想定は、歴史的な賃上げ率の上昇からさらなる株高が期待されるかもしれません。

とは言うものの、上図をより細かく見ると、2010年代半ば以降は賃上げ率と株価の動きは乖離しています。日経平均株価は将来のデフレ脱却への期待を織り込み上昇してきた一方で、賃上げ率は2%程度で抑えられてきました。

中小組合の賃上げ率と株価の関係

近年、人手不足が指摘されています。労働力が足りなければ会社側は給料を上げてでも人を雇いたいとも考えるため、賃上げが進みそうです。しかし、実際にはそこまでの賃上げが進んできませんでした。企業は非正規雇用を増やして人手不足を乗り切ったり、会社の業績が良くてもボーナスなどの一時金で社員に還元して基本の給与のベースは高くしなかったことなどが、わが国の賃上げ率が抑えられた理由になります。

ところで連合では組合員が300人未満を“中小組合”と定めて、その中小組合を対象とした賃上げ率も公表しています。実は、この中小組合の賃上げ率を使うと、より株価との関係が見られるようになります。


この図では日経平均株価と中小組合の賃上げ率(中小賃上げ率)の推移を並べています。この中小賃上げ率は、集計対象のすべての組合平均賃上げ率との差(中小組合の賃上げ率−[すべての組合の]賃上げ率)としました。通常、大企業の賃上げ率が中小企業を上回るため、“中小賃上げ率の全体賃上げ率との差”のグラフはゼロを下回る傾向になります。グラフが低下すればするほど、中小賃上げ率が全体の平均を大きく下回るものですが、日経平均株価の推移とおおむね連動を見せています。

やはり景気の本格回復には、大企業だけでなく、中小企業まで賃上げが進む必要があることがわかります。上図からは、中小賃上げ率が全体の平均に近づくときに、赤線グラフが上昇し、これと連動して株高となっているからです。中小企業の賃上げが進めば国内の消費の裾野も広がるため、“景気の回復→株高”が本格化するわけです。

2023年は気になる数値となっています。−0.30%となり、中小賃上げ率が全体賃上げ率を大きく下回りました。単純に考えると、今年の年末の株価水準は厳しいものとなってしまいます。

大企業の賃上げが進み、遅れて中小の賃上げ率が進んだ

ただ、過去を見ると“中小賃上げ率の全体賃上げ率との差”の赤線グラフが低下しても株価は堅調に推移する場面もありました。上図の黒四角で示される2014年は中小賃上げ率の全体賃上げ率との差が−0.31%まで下がりました。一方の株価は堅調でした。当時はアベノミクスによる景気回復、好調な企業業績が期待されるなかで、先ずは大企業の賃上げが進みました。これに遅れて中小賃上げ率が進んだのです。

その結果2016年以降は赤線グラフも株価と連動した推移を取り戻しています。2023年の春闘では、中小企業の間では、業績が改善していないにもかかわらず賃金を上げる「防衛的な賃上げ」企業が少なくないと言われています。

足元の株高が長期的に続き、1989年のバブル高値の3万8915円をターゲットとするには、中小企業の業績回復→中小賃上げ率の上昇を伴う本格的な内需拡大が必要と考えられます。

(吉野 貴晶 : ニッセイアセットマネジメント 投資工学開発センター長)