西 和彦(にし・かずひこ)/アスキー創業者。1956年生まれ。78年アスキー創業。米マイクロソフトに出向し副社長に就任。87年アスキー社長。米マサチューセッツ工科大学客員教授や東京大学大学院の研究ディレクターを経て、現在は日本先端工科大学(仮称)設置準備委員会特別顧問 (撮影:梅谷秀司)

優雅に達観した生活を送っているように見える富裕層。ただ陰では投資や税金対策に頭を抱え、時にもがき苦しむ様子が垣間見える。6月19日発売『週刊東洋経済』の特集「富裕層のリアル 国内150万世帯、受難の時代」では、富裕層の偽らざる実像に迫った。


米マイクロソフト元副社長で、アスキー創業者の西和彦氏。「日本先端工科大学(仮称)」の新設準備を進めていた矢先の今年3月、債権者から第三者破産を申し立てられた。舞台裏でいったい何があったのか。その経緯と大学新設の見通しなどについて聞いた。

──債権を持っている金融会社から第三者破産を申し立てられたとのことですが、詳しい経緯を教えてください。

5年ほど前に(出版社の)アスペクトの借金を連帯保証したことがきっかけだ。当時社長だった高比良(公成)さんに「経営が悪化している。助けてくれないか」と言われ、3億円出資した。

連帯保証したことに後悔はない

出資後すぐに(アスペクトと当時取引していた)三菱UFJ銀行が私のところに来て、アスペクトへの融資を連帯保証してくれ、でなければ資金を引き揚げると言ってきた。そうなると、出資した3億円がほぼ消えてなくなってしまうので、断腸の思いで連帯保証に応じたわけだ。

その後もアスペクトは経営が改善せず、三菱UFJが債権を金融会社に売り渡して、その金融会社が今回、アスペクトや私に対して第三者破産を申し立てた形だ。

私が資産をどこかに隠し持っていて、破産手続きをすれば金融会社として手っ取り早く回収できると考えていたようだ。

──3億円ものお金を気前よく出したのは、高比良さんに恩義があったからだと聞いています。

高比良さんは過去に、CSK創業者の故大川功さんの秘書をしていて、私と大川さんをつないでくれた。そのことが(1998年に)経営の苦しかったアスキーにCSKが100億円出資してくれることにつながった。借りは返すと当時約束したので、私としてはその約束を果たしただけ。連帯保証に反省はしても後悔はない。

──マイクロソフト時代をはじめとして、絶頂からどん底までかなり浮き沈みの激しい過程を経ていますね。

アップダウンということで言えば、4つのステージがあった。最初はマイクロソフトの副社長、2番目がアスキーの社長、3番目がアスキーを辞めた後の大学教員、4番目が大学を65歳で定年退職して、新たな大学の設置を進めている今だ。

──アスキーの時代は保有株もあって、まさに富裕層だったのではないですか。

株はピーク時で300億円くらいあった。ただCSKがアスキーに出資する際に、アスキーで利益を生み出していない「不良債権」部分を個人で引き取っている。それが私の借金生活の始まりだ。会社がよくなれば株価が上がって、その株で不良債権は償却できると考えていた。

失敗は何かというと、150万株の持ち株をいっさい売らなかったこと。億万長者みたいなお金はまったく手に入っていない。

不良債権で「借金40億円」

──アスキーの不良債権部分を引き取ったことによる借金は、どのくらいあったのですか。

約40億円だ。20年以上借金生活だったので、ぜいたくをしたような覚えはない。アスキーの経営がいいときに、美術品を10億円ぐらい買っているが、それも会社に残してきている。仕事柄、CDやDVD、書籍、雑誌をたくさん買ったぐらいだ。

──アスキーを離れてからさまざまな大学で教鞭を執られていますが、ご自身で大学を新設しようという考えに至ったきっかけは何だったのでしょうか。

そもそもは、日本にコンピューターなどハードを作れるようなエンジニアが不足しているという問題意識からだ。不足している要因は、大学でまともに指導できる教員が少ないから。半導体を作ったことがない人に、半導体について説得力のある指導ができるのかという話だ。であれば自分の実務経験を基にして、教育に携わりたいという思いがずっとあった。

(17年から)東京大学の教員をしている中で感じたのが、東大生クラスの賢い人は、世の中にゴロゴロいるということ。東大は漢文や古文、日本史や世界史など360度において勉強ができないと入学できない。それだけ優秀ということでもあるが、優秀さにおいて360度の学力は必ずしも必要ではない。

東大に入れなかった、入ろうとも考えなかった人たちの中に、ピカピカに優秀な人は確実にいて、そうした学生を集めて、東大レベルの教育を施し、エンジニアとして社会に羽ばたいていってもらいたいと考えている。

──大学ではなく、民間のエンジニアスクールではダメでしょうか。

大学でないと意味がない。修了証書や学位が発行できるところでなければ、誰もお金を払ってくれない。

──大学設置にはどのくらいの資金が必要なのでしょうか。

少なくとも35億円だ。運営資金が15億円、土地や校舎の設置に20億円と見積もっている。

──寄付を中心に資金を集めると聞いていますが、第三者破産による影響はどの程度ありそうですか。

形式的には私個人とは別に、学校法人が35億円を集める。第三者破産は私個人に対するものなので、直接的な影響はない。ただ私が大学設置に関わることで、本当にそれだけお金を集めることができるのか、という見方は当然あるだろう。そこはこれからのチャレンジであるし、私はできると思っている。

──寄付についてはある程度メドはついているのですか。

奨学金の形でいちばん資金を出してくれるのは、ビル・ゲイツだと思う。

尻拭いをしてくれとは到底言えなかった

──第三者破産について、ビル・ゲイツさんはどのような反応だったのですか。

非常に驚いていた。「なんで言ってこないのだ」と。前向きなことに資金を出してくれとは言えるけど、尻拭いをしてくれとは到底言えなかった。

──大学新設についての協力は取り付けているんですね。

以前に「秋葉未来大学」という大学を創設しようとしたときがあり、ビルはそのときも資金協力をしてくれた。

──今後の青写真としては、大学新設が当面の大仕事になりますか。

それだけではない。「MSX」というコンピューターの設計や水素エネルギーの循環システムの研究、(次世代エネルギーの)常温核融合の研究、ドローンのような飛行機の設計など、大学の研究所でさまざまなプロジェクトを手がけていきたいと考えている。

(中村 正毅 : 東洋経済 記者)