パンデミックも物価高も最小限に抑えた…「実は日本が一番効率的だった」と世界中が認め始めたワケ
※本稿は、エミン・ユルマズ『大インフレ時代!日本株が強い』(ビジネス社)の一部を再編集したものです。
■日本経済の見通しがよくなっている
『会社四季報』2023年1集「新春号」のテーマは「無人化」である。
毎年の新春号の特徴は、来期予想を見ながら2023年の相場を展望する号となることから、年4回のうちでもサプライズ企業を発掘しやすい。
今期(2022年10月期〜2023年9月期)は前号(3か月前)時点の予想よりも営業利益は下振れしているものの、前期より大きく増加しており、23年は全体として強い相場になりそうである。
■先進国の中でもっとも強い経済成長率を打ち出す
これは全体的なトレンドであり、実は2023年の日本経済の見通しは、どの先進国よりも強い。
IMF(国際通貨基金)が22年10月に出したGDP予想でもそうだし、その他の独立金融機関とかOECD(経済協力開発機構)が出しているものにおいても、基本的に日本は23年、先進国の中でもっとも強い経済成長率を打ち出すとされている。
業績予想全体をまとめてみると、今期は13.4%の増収になっている。今期とは2022年10月期〜2023年9月期まで。前号(3カ月前)に比べると3.0%の上昇だ。
営業利益は15.9%増加しているが、前号比では5.5%下げた。
前号比でトップラインが増えているのに、営業利益が下がったのは、物価上昇によるコスト増の影響だろう。
つまり価格転嫁を進めてはいるものの、まだコスト増のほうが大きいことを示している。
■インフレが収まり、営業利益が回復していく
来期は、売上高3%増、営業利益11.3%増と予想されている。今期よりいくぶん減速するものの、営業利益はやはり大幅増の予想だ。
また、新興市場480社においては、今期は売上高17.1%増、営業利益26.9%増。来期は売上高14.8%増、営業利益83.0%増となっている。
自動車業界を中心に円安の追い風があったほか、ソフトバンクグループの黒字転換が全体の営業利益予想を大きく押し上げた。
ほか、陸運、情報・通信業、鉱業などが大幅増益、空運は黒字転換する見通しとなっている。
■「業績見出しランキング」1位は「続伸」
周知のとおり『会社四季報』には「【見出し】ランキングで見る業績トレンド」という実に興味深いコーナーがしつらえてある。
四季報内の見出し数により、日本の上場企業のなかでいま何がトレンドになっているかを窺い知ることができると同時に、日本企業の全体像、日本経済の状況が映し出される。
1年前の業績トレンドは他の調査でも抽出しているかもしれないが、「【見出し】ランキングで見る業績トレンド」は『四季報』ならではのもので、3カ月前のものと対比できる。より細やかな変化が見て取れるのが嬉しい。
2023年1集「新春号」の「【見出し】ランキング」では、1位が「続伸」、2位が「下振れ」、3位が「上振れ」、4位は「最高益」、5位は「上向く」と続く。
■2023年の日本経済はほぼ大丈夫
3カ月前の22年4集秋号と比べると、上位15位中のポジティブなコメントが、12個から11個に減っており、コメント自体は少し悪化している感じだろうか。
ただし「続伸」は2012年末以降で3回目の1位。三度目の正直で、2023年に向けて上昇相場になるのかを見てみたい。
いずれにしても、業績面で見たら、先刻のGDP予想もそうだけれど、2023年の日本経済、日本株はほぼ大丈夫そうに見える。
■日本企業はコスト増を価格転嫁できていない
『会社四季報』2023年1集「新春号」と前号(22年4集秋号)を比べて、日本経済の変化についてもう少し踏み込んで考察してみたい。
先にふれたとおり、今回は前回の3カ月前に比べて、売上高が伸びている。
つまり、値上げが売上高を伸ばしている可能性があるということだ。
ただその一方、仕入れという点では、原材料高はコスト高となり、利益を抑える構図だと思われる。
要は、日本企業はコスト増を価格転嫁できていない。
価格転嫁できていないから、売上高が増えていても、コストのほうがさらに増えてしまって、利益が圧迫されているような状況にあるのではないか。そう私は捉えている。
しかしながら、これはある意味、日本の良さでもあると思うのだ。
■米国企業は利益至上主義を貫く
日本でも2022年に入ると、企業物価指数が前年比で10%台に跳ね上がった。
一方、2022年の消費者物価指数は最高でも4%だった。本来ならその乖離(かいり)分を縮めようと企業側が価格転嫁するため、消費者物価も追随して上がるはずなのだ。
ところが、日本の企業は、米国のようにすぐには価格転嫁しない。
できるだけ辛抱して、コスト増を“吸収”する努力を試みる。
米国企業は利益至上主義を貫く風土を持つので、そんな企業努力は露ほどもしない。
すぐに値上げに踏み切り、リストラを断行するのが常である。
■米国は独占セクターが多い
こうした米国企業の慣行には企業間構造の問題も横たわっていて、独占セクターが多いことが影響している。
例えば鉄鋼、あるいは紙おむつのように、競合する会社がきわめて少ない分野が案外多い。
1980年代以降の規制緩和によって企業合併、買収を繰り返してきた結果、キーセクターを独占企業が握ったままなのだ。
そうなると、インフレで企業物価が急騰しても、米国企業は簡単に価格転嫁、値上げができてしまう。
これも私の持論なのだが、利益がちょっとでも落ちると、値上げ、リストラに動く米国企業の風土が、結局は米国社会に大きな弊害をもたらしているわけである。
この悪弊が大多数の米国民を痛めつけてきた。
その一方で、日本は米国とは正反対に、むろん限度はあるとはいえ、社会全体におよぶ影響を慮(おもんばか)り、企業はできる限りコストを吸収しようとするし、従業員の雇用を確保しようとする。
これは日本が長年培ってきた特有の“美徳”でもあると思うのは私だけではあるまい。
■世界が日本的なやり方を評価し、取り込む時代に
そうした日本ならではの特性は、世界が窮地(きゅうち)に陥るような局面でないと評価されないものであった。
けれども、今回こそ、世界が本気で日本的なやり方を評価し、取り込む時代に入ってきたのではないだろうか。
パンデミックを経験した世界は、結局、日本的なパーソナルハイジーン(個人衛生)のきわめて高い生活様式に変えざるを得なくなった。
欧米が高インフレに見舞われ、便乗値上げの物価高と便乗リストラが吹きすさぶなか、日本だけが企業エゴを最小限にとどめて、最小限の物価高に抑え込んでいる。
いま、日本人自身はそうは感じていないのだろうが、結局は日本のやり方が効率的で理に適っていると、世界が認め始めている。
これまではそうではなかったけれど、難しい試練に立たされた世界の人々はそうせざるを得なくなり、ようやく理解に至ったようだ。
■米国の利益至上主義は限界
私は経済に関して、米国の利益至上主義、株主至上主義はもう限界を迎えており、米国経済は崩壊の危機に直面していると思っているし、かねがねそう伝えてきた。
中国の極端に行き過ぎた統制主義と、米国の極限資本主義の間ぐらいで、日本流が再び評価される局面があるのかなと思いを抱いてきたが、そろそろ日本の出番がやってきた感じがする。
私がそう言うと、懸念の表情を浮かべる人たちがいる。
「たしかに日本企業特有の美徳は存在すると思う。でも、今後の日本の企業は若い経営者に引き継がれていく。若い彼らはそれを受け継ぐのかどうか?」
私は受け継ぐのではないかと確信している。
いまの若い人のほうがミレニアル世代にしても、Zジェネレーションにしても、コミュニティ意識というか、「We意識」、私たちという意識が強い。
それこそベビーブーマー世代に比べると、より個性は豊かではあるけれども、一方で共同体意識が強い人たちなので、私はあまり心配していない。
むしろ、その方向に流されていくことが、日本の本来のやり方にも合っているのではないか。
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エミン・ユルマズ(えみん・ゆるまず)
エコノミスト
トルコ・イスタンブール出身。2004年に東京大学工学部を卒業。2006年に同大学新領域創成科学研究科修士課程を修了し、生命科学修士を取得。2006年野村證券に入社。2016年に複眼経済塾の取締役・塾頭に就任。著書に『新キャッシュレス時代 日本経済が再び世界をリードする 世界はグロースからクオリティへ』(コスミック出版)、『コロナ後の世界経済 米中新冷戦と日本経済の復活!』(集英社)『米中新冷戦のはざまで日本経済は必ず浮上する 令和時代に日経平均は30万円になる!』(かや書房)、『それでも強い日本経済!』(ビジネス社)、『エブリシング・バブルの崩壊』(集英社)などがある。
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(エコノミスト エミン・ユルマズ)