フジテック元会長の内山氏(左から3人目)は4月25日、自身の会社を通じて株主提案を行った。同日都内で開いた会見の場には社外取締役の候補8人中5人が同席した(写真:編集部撮影)

Free Fujitec(フジテックを解放する)ーー。エレベーター機器大手・フジテックの元会長、内山高一氏が古巣を相手に行った株主提案の資料には、そんな言葉が記されていた。

フジテックはこの1年、ガバナンスをめぐる騒動で注目を浴びてきた。香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントと、創業家である内山家の間で激しいバトルが繰り広げられてきたのだ。オアシスは「物言う株主」として知られ、フジテック株の17.26%を保有する。

2023年2月の臨時株主総会では、オアシスが4人の社外取締役を送り込むことに成功。新たに発足した取締役会によって内山氏が会長を解任されたことで、バトルは決着したかのように思えた。

ところがその内山氏が反撃に出た。フジテックがオアシスに支配され、特定株主の利益を優先しているとして、自身の会社「ウチヤマ・インターナショナル」から4月25日付で株主提案を行った。内山家はフジテック株の約10%を保有しているという。

株主にむけた「エサ」

株主提案では8人の新たな社外取締役を推薦した。大蔵省時代に山一証券の整理を担当しIMF(国際通貨基金)日本政府代表理事も務めた小手川大助氏、日興コーディアル証券(現SMBC日興證券)元会長の木村一義氏など、錚々たるメンバーだ。内山氏自身はあくまで株主というスタンスで、候補には入っていない。

8人中6人が社外取締役となり取締役会の過半数を占めた際には、1株100円の配当を3年間継続することも提案している。2023年3月期の配当は、創業75周年の記念配を入れて1株75円の計画なので大盤振る舞いといえる。賛成してもらうための”エサ”を株主に与えているわけだ。

さらに、フジテックが100円を上回る配当額を示した場合は、その水準に10円上乗せして提案するとしている。さながらオークションで競っているかのようだ。

まずは、オアシスの送り込んだ社外取締役を追い出すことが最優先。そのためには、大幅増配という手段を使ってでも票を集めて入れ替えなければならない。それが内山氏の提案の意図だ。

これらの議案は6月に開催されるフジテックの定時株主総会で議論されることになる。ただし、内山氏の旗色は決してよくない。

というのも、これまでオアシスが打ち出してきたキャンペーンによって、内山氏の信頼は失墜しているからだ。

オアシスがキャンペーンを仕掛けたのは2022年5月だった。「Protect Fujitec(フジテックを守るために)」と題した特設サイトを立ち上げ、全61ページにもわたる資料を掲載。当時社長だった内山氏に関わる疑惑の数々を追及した。

この資料では、内山家が私的利用するための高級マンションをフジテックが取得し、適正価格よりも大幅に安い金額で内山家に売却した疑惑があることを指摘。さらに内山氏がフジテックの社員に自宅の掃除をさせていたなど、権限を濫用していると糾弾した。


オアシスが昨年公開した資料には、フジテックの制服を着ている掃除中の人物や、その後フジテックの事業所に戻る車を尾行した写真を掲載していた(記者撮影)

内山氏が信頼を大きく失ったのは、この資料が公開された後に開催された6月の株主総会だった。

内山氏は、総会の1時間前に取締役への再任議案を取り下げるという前代未聞の行動に出たのだ。しかも取り下げ後に、取締役でも執行役でもない「会長」のポジションに就いた。

株主からすると内山氏が経営陣にとどまることについて賛否の意志を示すことができなくなった。「異議を唱える機会を奪われた」と、オアシスのセス・フィッシャー最高投資責任者が憤るのもうなづける。

第三者委は協力姿勢を問題視

オアシス提案の社外取締役が選任された2023年2月の臨時株主総会後の動きも、内山氏の信頼失墜に大きく影響しているだろう。

新体制となったフジテックは4月、内山氏の疑惑について調べていた第三者委員会が契約を打ち切ったことを明らかにした。この調査は当初、2022年12月が期限とされていた。それ以降は調査継続の契約が更新されていなかったことになる。

また、2月の臨時総会直前にフジテックが開示していた資料では、「当社は、全面的に協力している」としていた。しかし第三者委員会は、「フジテックが非協力的であった」「内山氏の協力が得られる見通しがなくなった」ことを契約打ち切りの理由に挙げている。

2月の臨時株主総会でオアシスが提案した候補者に対し、取締役候補を辞退させるような妨害行為がとられた可能性も指摘されている。これらの動きから、内山体制下にあったフジテックのガバナンスには問題があったと考えている株主は少なくないはずだ。

オアシスのセス氏は内山体制に比べると「大きくガバナンスは改善した」と評価している。対する内山氏は一連の疑惑を否定したうえで、「オアシスの要求がすべて、そしてそれのみが達成される事態となっている」と危機感をあらわにする。

内山氏の舌鋒は鋭くなる一方だ。オアシスの意向通りに経営が進んだ場合、「会社を売却するなどして、売り抜けることが真の目的と判断せざるを得ない」と、フジテックが身売りされる可能性をちらつかせ株主を説得している。

フジテックのエレベーターは官公庁、駅、空港などの重要施設やインフラにも多数設置されており、その数はおよそ1000台に上る。そしてこれらは遠隔操作が可能だ。オアシスが投資を回収する際、海外企業にフジテックを売却すれば、国のインフラを握られてしまうと内山氏は主張する。

現社長も再任が危うい?

次の焦点は、会社側が6月の株主総会に諮る議案をどのような内容で出してくるかだ。セス氏は「今現在は指名委員会も機能している。彼らが新しい取締役を推薦していくし、そうしてほしい」と、現在の社外取締役たちへの信頼を強調した。

一方で、内山氏の後任として社長に就いた岡田輶夫氏を筆頭とする社内取締役3人については、「新しいリーダーを迎える時が来ている。不適切な行動にも関与してきたため、変わっていただくべきだ」とコメント。フジテックが再任案を出してきたら、反対票を投じる意向を示している。

セス氏は、フジテックについて「2〜3年で当期純利益率を2倍にできるはず」という。ただし、いつまでも経営権をめぐる争いが続いていては、事業運営は混乱するばかりだろう。フジテックは総会で進むべき方向を定めることができるだろうか。

(藤原 宏成 : 東洋経済 記者)