「盗んだお金で食べた肉はとても美味しかった」正直な70代男性に、裁判官がかけた言葉とは
真実が語られて欲しい裁判の場において、「空気を読んだ」と思われる発言がなされることがある。例えば、「反省していますか」、「もう二度としませんね」と聞かれると、傍聴席から見て懐疑的だなと思う被告人でも、少しでも自分の罪を軽くしたいという思いが働くのだろう。大半が「はい」と答えるものだ。
しかし、今年(2023年)1月に大阪地裁で行われた窃盗の裁判において、「盗んだお金で食べた焼肉はどうでしたか?」と問われた70代の被告人男性の場合、「正直、とても美味しかったです」と率直に答えた。この正直すぎる被告人の法廷での様子をお伝えしたい。(裁判ライター・普通)
●お世話になっている恩人の財布を盗む
被告人は50歳までトラック運転手として働いていたが、糖尿病を患ったことから仕事が困難となり退職した。婚姻歴はなく、生活保護(月額11万円)を受給し単身で生活していた。今回と同じく窃盗の前科が1犯あるが、40年以上前の事件だ。
事件の日、被告人は日課である朝刊を取りに、住んでいるマンションの駐輪場へ向かった。同じマンションの住人に新聞配達員のアルバイトである顔見知りの人物がいて、その日の配達で余った新聞があればそのままカゴに残されているので、自由に持っていっていいと約束をしているためだ。
しかしその日、自転車のカゴには被害者が置いたままにしていた財布があった。新聞を融通してくれる恩人であり、防犯カメラで容易に犯行は特定されるような状況であったが構わず盗った。被害者によると7万円を入れていたというが、被告人は中もロクに確認せず、とにかく「少しでも楽になりたい」と使ってしまった。
●冷暖房を使わず生きることに必死な生活
弁護人からの被告人質問では、反省、後悔の言葉を多く語った。生活保護費で生活は出来ていたという。夏や冬は冷暖房もかけずに、とにかく生き繋げるということに必死であった。
今回の事件で拘置所に入っている被告人。裁判中、何度も「あそこは別世界」と供述するなど、拘置所での生活は相当堪えているようだ。4畳の部屋に一日中、他者と会話をすることなく時間を過ごす。
刑務官から「反省だけやなしに、罪はきちんと償わなあかんぞ」と声をかけられたことすら嬉しかったことだと供述した。「拘置所には死んでも戻らない」などと言い、被害者には毎月1万円ずつ返還する意向を示した。
●「盗んだお金で食べた肉はとても美味しかったです」
この種の犯罪では、ギャンブルまたはアルコールによる金銭の消費が原因となっていることが多いが、この裁判ではそういった証拠が示されることはなかった。検察官からの質問は今回の犯行の意思決定に関するもののみ。
検察官「あなた拘置所には死んでも戻りたくないと言いますが、40年前とは言え過去に入ってるんですから、辛さはわかるでしょう?」
被告人「そう言われたら、そうなのですが」
検察官「贅沢したいって思いが勝っちゃったんですか」
被告人「もちろん贅沢をしたい思いもあります。でも、それだけじゃないんです。生きるのに本当に必死なんです、辛いんです。だからといって、今回のことが許されることでないとはわかっています」
検察官「盗んだお金で食べた焼肉はどうでしたか?」
被告人「・・・正直、とても美味しかったです。それはもうイヤというほど食べました」
変に取り繕うわけでなく、その心情を正確に供述したと捉えたくなる心の叫びであった。
●「言葉だけ取り繕っても仕方ないんです」
被告人の心情は余りあるほどわかったのだが、少し気になる点があった。質問次第でもあるのだろうが、自身の反省や後悔ばかりで、被害者への謝罪がほとんど語られないのだ。最後に裁判官が質問した。
裁判官「自転車に財布が置いてあるのを見つけたら本来どうすべきでしたか?」
被告人「持っていく悪い奴がいるかもしれないので、管理人に持っていくべきでした」
裁判官「その悪いことをあなたがしたわけですが、今後同じ状況にあなたがなったときどうしますか?」
被告人「絶対に盗まないことです。次やったら、人生の終わりです」
裁判官「あなたは先ほども、『死んでも拘置所に戻らない』とか、今も『人生の終わり』とか言いますが、あなたは悪いことをせずに生き続けないといけないんです。終わりもしない人生をかたにして、言葉だけ取り繕っても仕方ないんです。被害者を巻き込んでいることをよく覚えておいてください」
被告人は静かに「はい」とだけ答えた。
判決は懲役1年(求刑同)、執行猶予3年であった。
【ライタープロフィール】 普通(ふつう):裁判ライターとして毎月約100件の裁判を傍聴。ニュースで報じられない事件を中心にTwitter、YouTube、noteなどで発信。趣味の国内旅行には必ず、その地での裁判傍聴を組み合わせるなど裁判中心の生活を送っている。