「海外で、挑戦したい」

日本にいる富裕層が、一度は考えることだろう。

そのなかでも憧れる人が多いのは、自由の街・ニューヨーク。

全米でも1位2位を争うほど物価の高い街だが、世界中から夢を持った志の高い人々が集まってくる。

エネルギー溢れるニューヨークにやってきた日本人の、さらなる“上”を目指すがゆえの挫折と、その先のストーリーとは?

現状に満足せず、チャレンジする人の前には必ず道が拓けるのだ―。

▶前回:1回1,400万円のディナーデートに、怪しいホームパーティー…。女が驚愕した富裕層の遊び方とは




Vol.12 価値観が激変した女(頼子、24歳)


「本当に来ちゃった…」

13時間の長いフライトを終えた私は、JFK空港からエアトレインに乗り、窓から飛行機を見ながら1人つぶやいた。

ずっと住んでみたいと憧れていたニューヨークのマンハッタン。

でもその経緯は、夢が叶ったと言うよりは、ただ日本から逃げたかっただけだ。

私の職業は、インフルエンサー。

“Yolico”という名前で活動している。

SNSのフォロワーはInstagramが35万人、YouTubeが15万人ほど。

内容は主に美容に関することや日常をブログなどを発信している。

私にとって、“可愛い”は正義だった。

中学生の時から好きなモデルに憧れて、SNSで最新のファッションや自分に合う髪型・メイクを研究した。

大学時代には小さなタレント事務所に所属したりもした。

手に入れた見た目を最大限に活用できたのが、SNSだ。

6年前からコツコツと投稿し続けたおかげで、今では動画の広告収入に加え、企業から頼まれた商品のプロモーションやアフィリエイトなどが主な収入源となっている。

『Yolicoさん、今日も可愛い〜♡』

こんなコメントを見るたび、私は“価値の高い人間”になれた気がした。

けれどある日、SNSにいつもの3倍ほどの数のコメントが届いていた。

そこに並ぶのは悪意に満ちた言葉たち。

「本名、頼子。この整形女!」「人工かよ」

驚きつつ確認すると、コメント欄の中に暴露系ユーチューバーのリンクが貼り付けられている。

怖いながらも押してみると、私のことが紹介された動画が出てきた。

「この女、整形なのにそれを隠して“努力して人生を変えよう”とか言ってんの。これが整形前の頼子の写真。別人だろ」

そう言って出されたのは、中学生の頃の私の写真だった。

分厚い瞼に団子鼻、エラの張った顎にニキビだらけの顔…。

それは、消し去りたい私の過去。

そこから、私への誹謗中傷が増えていった。


今時整形など珍しくもないが、学生時代の私はそう思えなかった。

中学生の時にいじめられて、自殺まで考えた私を助けるため、親は整形を許してくれた。

高校3年間でバイトをして貯めたお金と親からの援助で整形し、卒業と同時に地元を離れ、東京の大学に通った。




見た目が変わると同時に、周囲の私への態度も180度変わった。

でも、これが人工的に作られたものだと知られた時、周りの反応が怖くて、どうしても正直に言えなかったのだ。

またいじめられるのではないかと。

実は醜い見た目だったと知られたら、私は“価値のない人間”になってしまう。

だから、隠し通してしまったのだ。

私は、連日増え続ける誹謗中傷やフォロワーの減少にすっかりと怯え、SNSを開くこともできなくなった。

謝罪動画を出すことも、新しい動画を撮る気力もなく、収入は激減した。

そして、とにかくここから逃げたい、日本を離れたい、と考えるようになった。

そこで、叔母のユキが住んでいるニューヨークで、短期の語学留学をすることに決めた。



「あなたは上級クラスね」

元々英語が得意だった私は、学校も英文科に通っていたので、ある程度の文法や聞き取りはできた。

そのおかげで語学学校で上級クラスに入れたものの、周りは自分よりもっと流暢に話せる人ばかり。

中途半端な時期に入ったため、クラスメイトはもう友人関係が出来上がっていたが、私は勇気を振り絞って話しかけてみた。




「Hi, I’m Yolico.」
「Hi, I’m Zoe」
「Dania」

彼女たちは中東やヨーロッパから来ているという。軽く会話をかわすが、英語力のせいか続かない。

次の日もまたその次の日も、友達を作ろうとクラスメイトに話しかけてみるが、二言三言で終わってしまった。

― あれ、友達ってどうやって作るんだっけ…?

思い返してみると、これまでは、こちらから何もしなくても“綺麗、可愛い”というだけで、男女問わず誰かが興味を持って話しかけてくれた。

話す内容は美容やファッション、流行っているSNSなどの話。

でも、国が違うと流行りも違うし、美容やファッションもウケが悪い。

それどころか、ほとんどがスッピンにジャージやフーディといったラフな格好。

日常の話なら共感できても、ニュースや就職の話、時事問題などをディスカッションしていると、ついていけない。

徐々に1人でぽつんとすることが増えた私は、完全に自信を失った。

― 誰も私に興味を持ってくれない…。

なんとか彼らに興味を持ってもらおうと、自分がインフルエンサーなのだと言ってみた。

「すごいね!どんなことをしているの?」とやっと興味をもたれたのも束の間、「メイクとか」と答えると、「いつもno makeupじゃないの?」と驚かれてしまった。


人種も見た目もバラバラなこの国では、美の基準も人それぞれ。

私が信じてきた“綺麗”や“可愛い”が、こちらでは通じない。

それよりも“私はこんな意見を持っていて、こんな個性がある”ということの方が重要だ。

― 私って、どんな人間なんだろう…。

あれだけ見た目にこだわっていた私は、いつの間にか“自分の内面”に焦点を置くようになっていった。

そんな時、同じクラスのZoeとDaniaの会話が聞こえてきた。

「今日アプリで知り合った人と初めて会うんだけど、この間転んでできたアザがメイクでも消えなくて…」

彼女の言葉に、思わず私は反応してしまった。

「ねぇ、私それ隠せるかも」

職業柄いつもカバンの中に、大きなポーチを持ち歩いている。

私は彼女のところに行き許可を得ると、手早く何色かのコンシーラとファンデーションで彼女のアザを綺麗に隠して見せた。




「わーすごい!魔法みたい」

Zoeが興奮気味に喜んでくれるので、嬉しくなった私は「良かったらこのままメイクもしようか?」と、最近勉強していたアメリカの流行のメイクをし、髪も整えた。

教室で騒ぐ私たちを、他の生徒も見にきて、私たちの周りを人が囲んだ。

「クールね。これからあなたの前に列ができそうね」とDaniaが笑う。

Zoeは最後に「ありがとう、あなたのおかげでデートが楽しめるわ!」と、大いに喜んでくれた。

私はふと思う。

これまでは、自分の醜い見た目を隠すために必死だった。

整形にダイエット、そしてファッションにメイクの勉強をして、やっと自分自信を認められるようになった。

でも、それらはすべて自分に向けたもの。

いかに自分をよく見せて人から褒められるか。

でもこれが、人を幸せにもできるのだと、彼女の笑顔を見て実感したのだ。

家に帰り、私はこれまでずっと開いていなかったSNSを見てみた。

やはり誹謗中傷の言葉は数多くある。けれどその中に、こんなコメントも残されていた。

「整形だとしても、頼子さんの動画を見て、私は自分に自信が持てるようになりました」
「頼子さんのメイクやファッションを真似してから、自分が好きになりました。どうかまた再開してください」

― 私のことを必要としてくれる人がいるんだ…。

そう思うと、涙が止まらなくなった。

整形がバレてから、自分は価値のない人間だと思っていた。だけど、認めてくれる人がいる。

それなのに、自分はすべてをシャットダウンして逃げてしまったのだ。

「よし」と私はアイメイクの落ちた下瞼をさっと直すと、ソファの前にカメラを置く。

そして、RECボタンを押すと、深々と頭を下げて謝罪動画を撮り始めた。






半年後。

私は帰国し、関係各社に謝罪に回った。

イメージダウンに繋がった、と、いくつかの企業からは契約を打ち切られてしまった。

深く反省し、自分の過去を全部さらけ出し、一からやり直すことに決めた。

そして1年が経った今。

私は新たな夢である“ヘアメイクアップアーティスト”になるため、東京で専門学校に入り直し、日々勉強中だ。

人は内面が大事。それでも外見を変えることで、他人の心を変えることだってある。

そう教えてくれたニューヨークに、いつかヘアメイクアップアーティストとして戻ってこよう。

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