映画『レジェバタ』総事業費20億円も、海外は逆に驚く!? 大友啓史監督が注いだ“劇薬”とは
東映創立70周年を記念する映画『レジェンド&バタフライ』が公開され、大ヒットスタートを切っている。「大うつけ」と呼ばれていた尾張の織田信長(木村拓哉)と、信長の元に嫁いできた「マムシの娘」と呼ばれる美濃の濃姫(綾瀬はるか)が、最悪の出会いから次第に強い絆で結ばれ、誰も成し遂げたことのない天下統一という夢に向かっていく姿を描いた同作。
製作発表会見では東映の手塚治社長が「この作品、総事業費20億円でございます。私も稟議に判を捺す時、少し手が震えました」と発言し話題ともなった。今回は大友啓史監督にインタビューし、同作が大切にしたものや、主演の木村拓哉の印象についても話を聞いた。
映画『レジェンド&バタフライ』 (C)2023「THE LEGEND & BUTTERFLY」製作委員会
○■ハリウッドでは普通に3〜4倍の見積もりが…
――今作は東映創立70周年を記念する映画であり「総事業費20億円」ということも話題となっていました。
邦画としては、耳慣れない思い切った金額ですよね。でも僕的には、その後に手塚社長が言った「この映画は映画の神様に祝福されている」という言葉が心に残っています。僕の経験値から想像すると、海外の方は「このクオリティーがそのバジェットでできるの!?」とびっくりすると思いますね。とりわけ衣装やメイクに時間も手間もかかる時代物ですし、実際、僕の海外マネージメントの方は画を見て驚いて、「マジか」と、もちろん英語で(笑)、そういう言葉をずっとつぶやいていましたから。人件費や機材費等も含め、ハリウッドでは普通に3〜4倍の見積もりが出てくると思います。プロダクションバリューとして、それくらい価値のあるものができたのではないかと自負しています。
まずは京都という地の利はありますよね。東映にはずっと京都の太秦撮影所があり、時代劇のノウハウを持つスタッフが存在していて、日頃から古寺名刹との深い関係性もある。その蓄積から、今回は国宝級の場所を撮影で使用させていただくことができた。それだけでプロダクションバリューはめちゃくちゃ高い。普段はテレビ時代劇が中心で、このくらい大規模な映画は十数年振りということでしたから、苦労したことも少なからずありましたが、それでも、結果として京都が持っている力を存分に活かすことができたのではないでしょうか。
――それだけあっての今回の映像だったんですね。
もちろんそれだけではなく、関わったスタッフたちの目に見えない大変な努力・地道な創意工夫があってのことですけどね。
今回オファーいただいたプロデュースチームからは、僕に対して「劇薬になってください」という言葉がありました。「『龍馬伝』で大河ドラマを変えたように、『るろうに剣心』で邦画アクションを刷新したように、今回は新しい時代劇を京都撮影所で作っていただけませんか?」というオファーで。時代劇というジャンルは、生き残りにかなり苦戦していますからね。そんな中、東映70周年の新しい門出として、次の時代につながるきっかけになるような時代劇作品、それを創るためのいわばカンフル剤になってほしいというのがその趣旨でした。
京都には職人的な技術が残っているし、木村さんも「宮本武蔵」で仕事をして以来、もう1度京都太秦の職人たちと一緒に仕事をしたいという強い意向があった。それから7〜8年ほど経ちますが、彼らの技術を十二分に発揮できる機会が日常的に今の撮影所にあるかというと、準備に時間をかけられるような、職人たちが十分に創意工夫を尽くせるような、そういう規模の大作時代劇がどんどん少なくなっているのは確かです。どの仕事でもそうかと思いますが、腕を磨く機会が十分あれば、技術や思考も自然とシフトチェンジして行くと思うんだけど、そうでないと、どうしても錆びついてしまったり、忘れ去られてしまったり、ということもある。
撮影所というのは「撮影する」という行為が日常になっている場所ですから、良くも悪くもルーティンになっている部分があって、新しい何かをやりましょうという時に難しい壁もたくさんあります。そんな中で、多くの名作を生み出してきた京都撮影所が新たな時代に入るために、外からの力を注ぎ込んで、職人たちの技量を充分に活かしながら、ある意味荒療治というのかな、そういう役割を期待されたのが僕だったのかなと。『るろうに剣心』の時にも京都撮影所を使っていたので、リソースについては大友組のプロデュースチームや演出部で繋がりのある人間もいて、今回大友組と京都撮影所でうまくコラボレーションして掛け算になっていくといいなと思って、撮影に臨んでいました。
新しい時代劇と言っても、今回は、例えばデジタルで新しいことをやる、といったこととはまたちょっと違うんです。むしろ今まで大友が築いてきたキャリアやノウハウを、すべて注ぎ込むという感じでしたね。ちょうど準備から撮影期間にかけて、コロナ禍で堂々とロケもできない、場所も借りることができないという状況が常態化していました。その間苦境を脱すべく多くをグリーンバックで撮ってしまうという発想もあって。もしかしたら今後、多くのスタッフ・キャストが現場に足を運んで撮影するということができなくなってしまうんじゃないか、と。それで今回は、そういう撮影ができるのもこれが最後かもしれないという思いで、よりアナログな作り方に傾倒していったという感じです。
もともと僕はアナログな作り方の中にこそ実は映画の原初的なパワーがあると思っていて、CGで1万人出すより、エキストラを300人集めた方が、現場で大きなグルーブやエネルギーが生まれると信じているんですね。そして実はそれは、東映さんがずっとやってきたことでもあって。東映70周年記念作ということで、京都太秦で作られた作品をクランクイン前に200本程ランダムに観たのですが、とにかく昔の太秦では、浅草の祭りや花魁道中を再現したり、人手をかけた、数の力で、荒っぽいむちゃくちゃなことをやっています(笑)。そしてそこにものすごい創作のエネルギーが生まれている。
映像はどんどん新しい技術を取り入れ進歩していかなければいけないけど、今回は、東映さんの“古き良き”アイデンティティと、我々大友組のここ10年の経験値を合わせて、なにか新しいものが生まれるのではないかと。こういう手法としては、映画で見せられる最後の“祭り”になるんじゃないかと、覚悟を決めて撮影に臨んでいた感じです。
果たしてどう受け入れられるかはお客様次第だけど、こういう映画の作り方が、今の時代にどれだけ効果的か、僕的にはもう一度確認しておきたかったんですね。「みんなが配信に向かうから、僕は映画の原点・京都に向かいます」とプロデューサーに伝えていましたが、何が京都を映画の都たらしめたのか、僕なりにネクストに向かう前にその歴史を少しでも体感しておきたかった。撮影所の方たちも初号試写で完成作品を観終わって、「こんなものができちゃうんだ」とびっくりしていました。その顔を見て、劇薬としての僕の役割が少しは果たせたんじゃないかと、少しホッとしましたね。まあ、小さな一歩ですが、この作品が次の時代に少しでもつながっていけばうれしいですね。
○■かつての“映画スター”を彷彿とさせる木村拓哉
――そういう枠組みの作品の主演を務められるのが、スターの生まれにくい時代の大スターとも言える木村拓哉さんというのが、またぴったりだったのでしょうか?
僕も、そんな気はしているんです。東映さんはスター主義で生きていた時代もあるから、木村さんが撮影に集中できるコンディションを作れる、そういうプロデューサーがいるんですよ。撮影中も何人もプロデューサーがいて、その中の役割分担もはっきりしていて、そこはやっぱり撮影所文化の強い東映さんならではの空気が残っているのかなと思いました。
僕も会社を辞めて一発目、『るろうに剣心』を撮るときに、まず「そうだ、京都に行こう」と思ったんだけど、京都はノイズから離れられる場所ですよね。東京だと他にやることも増えてしまうし余計なことを考えちゃうけど、京都に行ったら映画を撮ることに専心できますから。住んでいる方々も含めて、映画とともに歩んできたような街だから、我々に向ける視線もあたたかいし、映画人に対して非常に懐が深い。木村さんも「受け入れてくれるよね」という話をしていました。
木村さんは、今回信長だっていうこともあるんだろうけど、撮影に臨む時のスタンスや集中力が尋常じゃない。こんな生き方をずっとしてきているんだろうかと驚かされましたし、もちろんテレビでも活躍されていますけど、京都を闊歩していたかつての“映画スター”たちはきっとこうだったんだろうなと思わせるような、痺れるような迫力を感じましたね。それが僕にはたまらない快感でした。本当に気持ちよかった。そんな現場の空気が作品にも現れていると思います。
■大友啓史監督
1966年生まれ。岩手県出身。慶應義塾大学法学部卒業。1990年にNHKに入局し、連続テレビ小説『ちゅらさん』シリーズ(01〜04年)、『ハゲタカ』(07年)、『白洲次郎』(09年)、大河ドラマ『龍馬伝』(10年)などを演出。イタリア賞始め国内外の賞を多数受賞する。2009年『ハゲタカ』で映画監督デビュー。2011年5月に独立し、『るろうに剣心』(12年)、『プラチナデータ』(13年)、『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』(14年)の2部作を手がける。その後も『秘密 THE TOP SECRET』『ミュージアム』(16年)、『3月のライオン 前編/後編』(17年)、『億男』(18年)、『影裏』(20年)と話題作を次々と世に送り出し、2021年には映画『るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning』と2部作で興収65億円を突破するヒットとなった。
(C)2023「THE LEGEND & BUTTERFLY」製作委員会
製作発表会見では東映の手塚治社長が「この作品、総事業費20億円でございます。私も稟議に判を捺す時、少し手が震えました」と発言し話題ともなった。今回は大友啓史監督にインタビューし、同作が大切にしたものや、主演の木村拓哉の印象についても話を聞いた。
○■ハリウッドでは普通に3〜4倍の見積もりが…
――今作は東映創立70周年を記念する映画であり「総事業費20億円」ということも話題となっていました。
邦画としては、耳慣れない思い切った金額ですよね。でも僕的には、その後に手塚社長が言った「この映画は映画の神様に祝福されている」という言葉が心に残っています。僕の経験値から想像すると、海外の方は「このクオリティーがそのバジェットでできるの!?」とびっくりすると思いますね。とりわけ衣装やメイクに時間も手間もかかる時代物ですし、実際、僕の海外マネージメントの方は画を見て驚いて、「マジか」と、もちろん英語で(笑)、そういう言葉をずっとつぶやいていましたから。人件費や機材費等も含め、ハリウッドでは普通に3〜4倍の見積もりが出てくると思います。プロダクションバリューとして、それくらい価値のあるものができたのではないかと自負しています。
まずは京都という地の利はありますよね。東映にはずっと京都の太秦撮影所があり、時代劇のノウハウを持つスタッフが存在していて、日頃から古寺名刹との深い関係性もある。その蓄積から、今回は国宝級の場所を撮影で使用させていただくことができた。それだけでプロダクションバリューはめちゃくちゃ高い。普段はテレビ時代劇が中心で、このくらい大規模な映画は十数年振りということでしたから、苦労したことも少なからずありましたが、それでも、結果として京都が持っている力を存分に活かすことができたのではないでしょうか。
――それだけあっての今回の映像だったんですね。
もちろんそれだけではなく、関わったスタッフたちの目に見えない大変な努力・地道な創意工夫があってのことですけどね。
今回オファーいただいたプロデュースチームからは、僕に対して「劇薬になってください」という言葉がありました。「『龍馬伝』で大河ドラマを変えたように、『るろうに剣心』で邦画アクションを刷新したように、今回は新しい時代劇を京都撮影所で作っていただけませんか?」というオファーで。時代劇というジャンルは、生き残りにかなり苦戦していますからね。そんな中、東映70周年の新しい門出として、次の時代につながるきっかけになるような時代劇作品、それを創るためのいわばカンフル剤になってほしいというのがその趣旨でした。
京都には職人的な技術が残っているし、木村さんも「宮本武蔵」で仕事をして以来、もう1度京都太秦の職人たちと一緒に仕事をしたいという強い意向があった。それから7〜8年ほど経ちますが、彼らの技術を十二分に発揮できる機会が日常的に今の撮影所にあるかというと、準備に時間をかけられるような、職人たちが十分に創意工夫を尽くせるような、そういう規模の大作時代劇がどんどん少なくなっているのは確かです。どの仕事でもそうかと思いますが、腕を磨く機会が十分あれば、技術や思考も自然とシフトチェンジして行くと思うんだけど、そうでないと、どうしても錆びついてしまったり、忘れ去られてしまったり、ということもある。
撮影所というのは「撮影する」という行為が日常になっている場所ですから、良くも悪くもルーティンになっている部分があって、新しい何かをやりましょうという時に難しい壁もたくさんあります。そんな中で、多くの名作を生み出してきた京都撮影所が新たな時代に入るために、外からの力を注ぎ込んで、職人たちの技量を充分に活かしながら、ある意味荒療治というのかな、そういう役割を期待されたのが僕だったのかなと。『るろうに剣心』の時にも京都撮影所を使っていたので、リソースについては大友組のプロデュースチームや演出部で繋がりのある人間もいて、今回大友組と京都撮影所でうまくコラボレーションして掛け算になっていくといいなと思って、撮影に臨んでいました。
新しい時代劇と言っても、今回は、例えばデジタルで新しいことをやる、といったこととはまたちょっと違うんです。むしろ今まで大友が築いてきたキャリアやノウハウを、すべて注ぎ込むという感じでしたね。ちょうど準備から撮影期間にかけて、コロナ禍で堂々とロケもできない、場所も借りることができないという状況が常態化していました。その間苦境を脱すべく多くをグリーンバックで撮ってしまうという発想もあって。もしかしたら今後、多くのスタッフ・キャストが現場に足を運んで撮影するということができなくなってしまうんじゃないか、と。それで今回は、そういう撮影ができるのもこれが最後かもしれないという思いで、よりアナログな作り方に傾倒していったという感じです。
もともと僕はアナログな作り方の中にこそ実は映画の原初的なパワーがあると思っていて、CGで1万人出すより、エキストラを300人集めた方が、現場で大きなグルーブやエネルギーが生まれると信じているんですね。そして実はそれは、東映さんがずっとやってきたことでもあって。東映70周年記念作ということで、京都太秦で作られた作品をクランクイン前に200本程ランダムに観たのですが、とにかく昔の太秦では、浅草の祭りや花魁道中を再現したり、人手をかけた、数の力で、荒っぽいむちゃくちゃなことをやっています(笑)。そしてそこにものすごい創作のエネルギーが生まれている。
映像はどんどん新しい技術を取り入れ進歩していかなければいけないけど、今回は、東映さんの“古き良き”アイデンティティと、我々大友組のここ10年の経験値を合わせて、なにか新しいものが生まれるのではないかと。こういう手法としては、映画で見せられる最後の“祭り”になるんじゃないかと、覚悟を決めて撮影に臨んでいた感じです。
果たしてどう受け入れられるかはお客様次第だけど、こういう映画の作り方が、今の時代にどれだけ効果的か、僕的にはもう一度確認しておきたかったんですね。「みんなが配信に向かうから、僕は映画の原点・京都に向かいます」とプロデューサーに伝えていましたが、何が京都を映画の都たらしめたのか、僕なりにネクストに向かう前にその歴史を少しでも体感しておきたかった。撮影所の方たちも初号試写で完成作品を観終わって、「こんなものができちゃうんだ」とびっくりしていました。その顔を見て、劇薬としての僕の役割が少しは果たせたんじゃないかと、少しホッとしましたね。まあ、小さな一歩ですが、この作品が次の時代に少しでもつながっていけばうれしいですね。
○■かつての“映画スター”を彷彿とさせる木村拓哉
――そういう枠組みの作品の主演を務められるのが、スターの生まれにくい時代の大スターとも言える木村拓哉さんというのが、またぴったりだったのでしょうか?
僕も、そんな気はしているんです。東映さんはスター主義で生きていた時代もあるから、木村さんが撮影に集中できるコンディションを作れる、そういうプロデューサーがいるんですよ。撮影中も何人もプロデューサーがいて、その中の役割分担もはっきりしていて、そこはやっぱり撮影所文化の強い東映さんならではの空気が残っているのかなと思いました。
僕も会社を辞めて一発目、『るろうに剣心』を撮るときに、まず「そうだ、京都に行こう」と思ったんだけど、京都はノイズから離れられる場所ですよね。東京だと他にやることも増えてしまうし余計なことを考えちゃうけど、京都に行ったら映画を撮ることに専心できますから。住んでいる方々も含めて、映画とともに歩んできたような街だから、我々に向ける視線もあたたかいし、映画人に対して非常に懐が深い。木村さんも「受け入れてくれるよね」という話をしていました。
木村さんは、今回信長だっていうこともあるんだろうけど、撮影に臨む時のスタンスや集中力が尋常じゃない。こんな生き方をずっとしてきているんだろうかと驚かされましたし、もちろんテレビでも活躍されていますけど、京都を闊歩していたかつての“映画スター”たちはきっとこうだったんだろうなと思わせるような、痺れるような迫力を感じましたね。それが僕にはたまらない快感でした。本当に気持ちよかった。そんな現場の空気が作品にも現れていると思います。
■大友啓史監督
1966年生まれ。岩手県出身。慶應義塾大学法学部卒業。1990年にNHKに入局し、連続テレビ小説『ちゅらさん』シリーズ(01〜04年)、『ハゲタカ』(07年)、『白洲次郎』(09年)、大河ドラマ『龍馬伝』(10年)などを演出。イタリア賞始め国内外の賞を多数受賞する。2009年『ハゲタカ』で映画監督デビュー。2011年5月に独立し、『るろうに剣心』(12年)、『プラチナデータ』(13年)、『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』(14年)の2部作を手がける。その後も『秘密 THE TOP SECRET』『ミュージアム』(16年)、『3月のライオン 前編/後編』(17年)、『億男』(18年)、『影裏』(20年)と話題作を次々と世に送り出し、2021年には映画『るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning』と2部作で興収65億円を突破するヒットとなった。
(C)2023「THE LEGEND & BUTTERFLY」製作委員会