大阪・東三国のビストロ「オルタンシア」のオーナーシェフ、川端和波さんとローレルクラウンの代表取締役社長、海下里恵さん(筆者撮影)

コロナ禍で雨後の筍のように増えたのが、店の味をレンチンで楽しめる冷凍食品。それを販売する自販機や無人販売所も街のいたる所で見かけるようになった。食品を扱うネット通販においても売り上げが好調だと聞く。

そんな中、大阪で今、注目を集めている商品がある。ウェブ集客や販促を手がけるローレルクラウンが製造・販売する「SPOON DELI -OSAKA-(スプーンデリ大阪)」という瓶詰めのシリーズがそれだ。

きっかけはコロナ禍による自粛

現在、5種類がラインナップされていて、中でも「彩り野菜と鯛のコンフィ」は、ミシュランでビブグルマンを獲得した大阪・東三国のビストロ「オルタンシア」のオーナーシェフ、川端和波さんが考案した新商品。今年11月にクラウドファンディングで先行販売されるや、瞬く間に目標金額を突破。グルメファンからの注目度の高さを目の当たりにした。

「彩り野菜と鯛のコンフィ」をはじめとするスプーンデリ大阪の商品の味をレポートする前に、それらの生みの親であるローレルクラウンの代表取締役社長、海下里恵さんについて触れておこう。

彼女はもともと看護師として働いていたが、子育てのため退職した。在宅でできる仕事を探していたところ、夫から勧められて看護師の転職情報や子育て、人間関係など複数のブログを立ち上げた。

「収益化して少しでも家計の足しになればと副業感覚ではじめたのですが、ありがたいことに、アクセス数が伸びていきました」(海下さん)


「SPOON DELI -OSAKA-」の瓶詰め各1200円(筆者撮影)

ITの世界では、PVやフォロワー数、売り上げなど数字がすべてである。ブログのアクセス数が伸びるのと比例して収益も上がっていった。海下さんはそこにやりがいを見出し、法人化してウェブ集客や販促の仕事に本腰を入れた。

すべて順風満帆だった。が、尊敬している先輩経営者と話しているときに言われたひと言が喉に刺さった小骨のように心に引っかかった。

「『社会的意義や大義を持って取り組まなければ長くは続かないよ』と言われたんです。それまで私は数字を伸ばすことを第一にしていて、社会的意義なんて考えたこともありませんでしたし、いくら考えても答えを見出すことができませんでした。それ以来、仕事をしていても今ひとつ自信が持てず、迷走したまま時間が過ぎていきました」(海下さん)

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大によって、人々の生活は一変した。街から人が消えて、飲食店や、そこに食材や酒などを卸す業者も大きな打撃を受けた。海下さんの周りでもコロナ禍で仕事を失った話を耳にするようになり、自分のスキルで世の中の役に立つことはできないかと模索していた。

「その一方で、コロナに便乗して商売をして『いくら稼いだ!』という人も少なくありませんでした。当時、飲食業の友人とコンタクトを取っていたこともあって、そんな状況に違和感を覚えていました」(海下さん)

クラファン開始3時間で目標金額を達成

そんなとき、知り合いの紹介で大阪・天満橋の居酒屋『一将丸』の店主、小城正樹さんと出会った。小城さんは中学を卒業してから20年以上、まぐろ漁師として働いていた。目利きで仕入れた生のまぐろがお値打ちに食べられるのが店の自慢だった。

もともと店は京橋にあり、天満橋に移転して1カ月ほどで緊急事態宣言が発出されたのだった。そこで店や従業員の生活を守るために、店頭で販売していた「おかず味噌」をネットで売ることができないかという相談だった。

「小城さんは、お客様はもちろんのこと、漁師仲間や市場関係者、運送業者もとても大切にされていて、『自分が商売するってことは、自分の商売に関わってくれている業者や生産者に貢献することでもあったんやな。コロナになって改めて気づいたわ』とおっしゃいました。そんな小城さんの姿勢から、困っている人を助けることが商売の基本であることを学びました」(海下さん)


ご飯にもよく合う「焦がしまぐろのおかず味噌」。価格は1200円(写真:SPOON DELI -OSAKA-)

『一将丸』の「おかず味噌」は、「焦がしまぐろのおかず味噌」と名付けられた。まぐろ漁師として長年培った目利きで仕入れた生のまぐろを使用。フレーク状になるまで加熱し、試行錯誤を重ねて考案した素材と調味料の黄金比で仕上げ、まぐろの旨味を最大限に引き出している。

「焦がしまぐろのおかず味噌」と、それをさらにアレンジした「まぐろ味噌の和風ディップソース」と「ごま油香る まぐろ味噌」の3種類をクラウドファンディングで販売したところ、開始わずか3時間で目標金額として設定した20万円を突破し、最終的には3倍を超える76万7100円が集まった。

SDGsの時代に合わせてプラスチック容器から瓶詰めへ

「少食だったウチの子供がおかわりをした」「アレンジ次第でいろんな料理に使える」など評判は上々だった。また、当初は『晩酌すたいる』というブランドで酒の肴として扱っていたが、購入した客から、「子供が気に入っている」という感想が多いのに、お酒を連想させるブランド名ではもったいない、という意見が寄せられた。また、当時はプラスチック容器に詰めていたため、SDGsの時代に則さないことや贈答用に瓶詰めにしてほしいという意見もあった。どの意見も納得する部分が多かったので、すぐに採り入れた。


「焦がしまぐろのおかず味噌」は、キュウリやキャベツなどの野菜にのせるだけでお酒のおつまみになる(写真:SPOON DELI -OSAKA-)

「瓶詰めは工場での加工をしてもらわなければなりません。大量発注が基本ですから在庫リスクを抱えてしまうため、なかなか踏み出せなかったのですが、私達の活動を聞いて柔軟に対応してくださる工場と出合うことが出来ました。そして、大阪のグルメブランドとして売り出していけるように『SPOON DELI -OSAKA-』と命名しました。コンセプトは、“食卓に添えるひとさじの幸せ”で、瓶詰めの商品をラインナップしていこうと」(海下さん)

昨年8月には、第2弾となる大阪・京橋『新世界 串かつ おこま』の「国産牛すじ肉を使った贅沢どて焼き」がクラウドファンディングで販売を開始した。同店もコロナ禍で大きな打撃を受け、店の存続をかけて商品を開発したのだった。


「国産牛すじ肉を使った贅沢どて焼き」は、器に移して電子レンジで温めるだけ。価格は1200円(写真:SPOON DELI -OSAKA-)

どて焼きとは、牛すじとこんにゃくを味噌で甘辛く煮込んだ、大阪の串かつ屋では定番のメニュー。串かつが揚がるまでのつなぎとしてビールとともに注文する客も多い。

「お店に入るなり、『とりあえず、どて焼きとビール!』というのが大阪では当たり前の光景ですが、全国ではまったく知られていません。商品を通じてこの大阪の食文化を伝えたいという気持ちもありました」(海下さん)

本格フレンチを瓶詰めに

「国産牛すじ肉を使った贅沢どて焼き」は、店で提供しているものと同様に、口の中でほどけるやわらかい国産牛すじをふんだんに使用。牛すじ肉の濃厚な味わいと味噌のコクを堪能できるように余分な脂を徹底的に取り除いているのも特徴だ。

クラウドファンディングでは目標金額の20万円を初日に突破。最終的には400%達成となる80万円を集めた。


クリームチーズを塗ったバケットの上に「彩り野菜と鯛のコンフィ」をのせたブルスケッタ。「彩り野菜と鯛のコンフィ」の価格は1200円(写真:SPOON DELI -OSAKA-)

川端さん考案の「彩り野菜と鯛のコンフィ」は、今年1月から商品化に向けて試行錯誤を重ねて取り組み、やっとの思いで完成させた商品だという。コンフィとは、食材を低温の油でじっくりと煮たフランス料理の調理法である。

「もともとはビストロの定番の豚肉のパテを作ろうと思っていたのですが、製造工程の中でどうしてもうまくいかず、断念せざるを得なかったんです」と、川端さんは振り返る。

何度も打ち合わせする中で、以前に川端さんがサーモンのオイル漬けを提案したことを思い出し、豚肉のパテに代わる商品として開発を進めた。

ところが、今年2月に勃発したロシアのウクライナ侵攻の影響でノルウェー産サーモンの空輸が滞り、価格が高騰しているうえに安定供給も見込めないことがわかった。これでまた振り出しに戻ってしまったのだ。

ひと瓶で何通りもの味が楽しめるのが特徴

「そもそも輸入ものを使うのはどうなんだろうと思い、国産の食材に目を向けることにしました。そこで兵庫県産の鯛に辿り着きました。その中で今、生産者さんがどんどん減っているという状況を知りました。少しでも国内自給率を上げて、生産者さんたちがこれからも活動できるように少しでも力になれたらと思いました」(海下さん)

兵庫県産の鯛を使って川端さんが作った「彩り野菜と鯛のコンフィ」は、南フランス風にレモンやオレンジ、パプリカを入れて、油っぽさを抑えたさっぱりとした味わいに仕上がっている。とても瓶詰めとは思えない完成度だ。

そのまま食べても美味しいが、クリームチーズを塗ったバケットの上にのせたり、チーズやサラダに合わせたりするだけで本格フレンチのひと皿が完成する。また、残ったソースを茹で上げたパスタに絡めれば絶品のオイルパスタになる。ひと瓶で何通りもの味が楽しめるのがSPOON DELI -OSAKA-の瓶詰めの魅力だ。

とはいえ、本格フレンチのメニューを常温で長期保存が前提となる瓶詰めにするにはクリアせねばならない壁が立ちはだかった。

「工場の担当者と話し合いながら試作と試食をするのですが、どうしても味が変わってしまうんです。食材1つひとつを見直して、納得できる味が完成するまで7、8回は繰り返したと思います。途中でもうダメだと何度も諦めかけました」と、川端さん。

川端さんに限らず、『一将丸』の小城さんや『新世界 串かつ おこま』の店主、棚橋繁一さんも味に対してはいっさい妥協しない。SPOON DELI -OSAKA-の商品は、彼らのそんな姿勢と、それを応援したい海下さんの情熱によって生み出されたのである。まもなく年末年始の休みを迎えるが、筆者はこれらを肴にお酒を楽しもうと思っている。

なお、SPOON DELI -OSAKA-の商品は、ECサイトの他に大阪・梅田の阪神百貨店地下1階の「うまいもんみっけ」コーナーや神戸市東灘区の酒蔵、大黒正宗の直売所 11代目又四郎、京都市中京区の浅野日本酒店、東京 浅草にあるSAKE streetでも購入できる。

(永谷 正樹 : フードライター、フォトグラファー)