イノトランス会場で行われた、日立がイタリア向けに製造した車両「ブルース」の引き渡し式(記者撮影)

ドイツのベルリンで2年に1度開催される世界最大の鉄道見本市「イノトランス」は新型コロナウイルス感染症の世界的な流行により2020年の開催が中止となり、今年は4年ぶりの開催となった。9月20〜23日の4日間で13万7394人が訪れる盛況ぶりだったが、来場者が16万1157人だった2018年開催時からは15%減となった。

2018年には61カ国から3062の企業・団体が出展したが、今回は56カ国、2834の企業・団体にとどまった。鉄道車両の展示も155から124に減った。コロナ禍の余波で出展を見合わせた企業や団体が少なくない。

出展減る中、日立が存在感発揮

コロナ禍だけが理由ではない。会場内の目立つ場所に大きなスペースを展開していたボンバルディアやGEが鉄道事業から撤退して出展しなくなったのも要因の1つだ。

屋内会場は以前なら通路にはみ出そうになるくらい出展ブースがひしめいていたが、今回はそこまでではない。部品メーカーやインフラ企業が集積するエリアでは飲食ブースや休憩スペースが以前より増えている。おそらく空いたスペースを活用しているのだろう。また、ブースがある場所に観葉植物がポツンと置いてあるだけの場所もあった。出展者がドタキャンしたのだろうか。

では、日本企業の状況はどうか。日系車両製造トップの日立製作所の存在感はシーメンスやアルストムといった世界の強豪にまったく引けを取らなかった。屋外の実物車両を展示する場所では、日立の新型車両「ブルース」の引き渡し式が行われ、多数の来場者を集めた。また、屋内ブースの商談スペースには2023年7月に運行開始予定の東武鉄道「スペーシア X」の模型が置かれ、海外の来訪者が興味深そうに眺めていた。

一方で、日立と並ぶ国内の雄、川崎重工業や電機品などに強みを持つ東芝の姿は会場になく、ブース内の新幹線シミュレーターが人気を集めたJR東日本をはじめJR東海、鉄道総合技術研究所といったJRグループ各社も出展を見送った。日本鉄道システム輸出組合が館全体を借り切り、フロア全体が日本企業のブースで占められる「ジャパンパビリオン」も今回は館の半分を借り切るにとどまり、残り半分はセミナー会場になっていた。これまでの日本勢の存在感の大きさと比べると、やや寂しいものがあった。

その反面、この機を利用して以前にも増して海外に売り込みをかける企業もある。その筆頭は三菱電機。2018年開催時はジャパンパビリオン内に大型ブースを構えていたが、今回はジャパンパビリオンを飛び出して、外国勢がひしめく別の館に単独で出展した。


今回のイノトランスでは単独でブースを構えた三菱電機(記者撮影)

三菱電機ヨーロッパ・ベルリン事務所のマインケ・ニールス氏は、「出展面積を従来よりも広げる必要があった」と話す。ジャパンパビリオンをほかの日系企業と分け合うのでは面積が足りないらしい。

海外に売り込みかける三菱電機とJ-TREC

三菱電機の海外展開は、空調機器がボンバルディア(現アルストム)製のロンドン地下鉄向け車両に搭載されるなど堅調だが、さらに海外売上を伸ばしたいと同社は考えている。シーメンスやアルストムといった世界の大手メーカーは車両だけなく電機品も製造し、さらに保守も手がける“フル・ターンキー・プレイヤー”だが、「彼らは空調機器を手がけていない。そこにわれわれの勝機がある」(ニールス氏)。まずシーメンスやアルストムがメインで製造する車両に空調機器で食い込み、鉄道事業者やメーカーの信頼が得られれば、さらに主電動機などほかの電気機器に広げていく構えだ。

三菱電機のブースにはグループ単位での視察者が絶えなかった。イノトランスの見学コースに組み込まれているようだ。なお、日本で問題になった三菱電機の検査不正については、海外の視察者の間で話題になっている様子はなかった。

車両製造大手の総合車両製作所(J-TREC)は、今までJR東日本グループの一員として出展していたが、JR東日本が不参加となったため今回は単独での出展。山手線E235系など日本国内向けの製造を主力とするが、2020年に受注したフィリピン・マニラ地下鉄向け車両の模型を会場の目立つ場所に据えた。「これからは海外に力を入れたいという意味を込めた」(海外事業本部の中村裕樹課長)。1993年にアイルランド国鉄向けの車両を製造した実績をぬかりなくPRする。もちろん、日立、トヨタ自動車とともに同社も開発に参加するJR東日本の水素燃料電池車両「HYBARI」の説明も忘れない。

信号大手の日本信号は、塚本英彦社長が自らブースに立ち、訪れた見学者の質問に対応していた。会場には同社がJR西日本などと開発中の「人型重機ロボット」のパネルが展示され来場者を驚かせる。「見る人はぎょっとしますよ。“なんだこりゃ”って」(塚本社長)。もっとも、来場者の関心が高いのは「SPARCS(スパークス)」という無線通信による列車制御システムだという。一般的には「CBTC」と呼ばれ、世界各国の関連メーカーが売り込みにしのぎを削る。「スパークスの強みはロバスト(頑健)性」と塚本社長は他社製品に対する優位性を強調する。


日本信号は社長が自らブースで見学者に対応した(記者撮影)

鉄道事業者では東京メトロが気を吐いた。従来の出展では自社の事業内容に関するパネル展示にとどまっていたが、今回は海外の鉄道事業者向けの研修プログラムを大きく紹介した。列車運行から保守・管理に至るまで、これから鉄道導入を予定する新興国では鉄道業務に関わる人材の育成が急務である。東京メトロはフィリピン運輸省の職員向けに研修を請け負うなどの実績があり、「新たな収益柱に育てたい」と同社の担当者が意気込む。

初出展、ベビー用品メーカーの狙いは?

鉄道業界の中では一見、場違いに思える会社もあった。ベビー用品メーカーのコンビウィズである。同社は東海道新幹線の車両の一部のトイレに設置されているおむつ替えシートやベビー専用チェアを製造する。海外では韓国の高速鉄道KTXの車両に同社のおむつ交換台が設置されている。「さらに海外で伸ばしたいと思い初参加した」(同社BCS海外事業部の菊井俊博主席)。2020年の出展を予定していただけに、今回ようやく念願がかなった。ただ、海外展開は簡単ではない。欧州では燃焼試験規格をはじめとする鉄道の技術規格が日本と違うからだ。「仕様決定や設計には苦労しているが、ぜひやり抜きたい」と菊井主席は話す。

初参加の企業はほかにもあった。鉄道車両や大型バスなどの洗浄を行う洗車機を製造する日本車輌洗滌機という会社だ。JR各社や私鉄各社に数多く納入し、「国内シェアは70%」と増田尚弘社長が胸を張る。列車の先頭形状はそれぞれ異なる形をしているため、機械でどうやって細部まできれいに汚れを取るかという点に独自のノウハウがあるという。エジプト、タイ、シンガポールなど海外での実績も多いが、「さらに幅広く展開したい」と今回の出展を決めた。

こうした企業の中から、将来の世界の鉄道ビジネスを牽引するような技術や製品が登場するかもしれないと考えると今からわくわくしてくる。


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(大坂 直樹 : 東洋経済 記者)