年金制度が改正され、受給を遅らせれば遅らせるほど受け取る年金額が増えていく仕組みとなったが…(写真:artswai/PIXTA)

年金制度が改正された。受給開始年齢を75歳まで繰り下げられるようになり、受給を遅らせれば遅らせるほど受け取る年金額が増えていく。75歳まで繰り下げると受け取る年金額がじつに1.84倍にもなるのだ。そこで悩ましい問題が出てきた。いったい何歳からもらうと生涯にわたって受け取る年金の総額を最も多くできるのだろうか、ということ。そこで、社会保険労務士の増田豊氏の著書『結局、年金は何歳でもらうのが一番トクなのか』を一部引用・再編集のうえ、年金の総額を多くするコツを3回にわたって紹介する(今回は2回目)。

1回目:年金を一番トクにもらう「夫婦の年齢差の法則」

何歳でもらうのがトクなのか、 損益分岐点は?

年金戦略を考えるにあたって、ぜひとも覚えておいていただきたい「年金戦略のセオリー」について説明する。

2022年4月の年金大改正で、年金の受給開始年齢をこれまでの70歳から75歳まで繰り下げることができるようになった。

しかも、受給開始を繰り下げると受け取る年金が増額され、70歳からの受給開始だと65歳で受け取る年金額の1.42倍(42%増)、75歳に繰り下げると1.84倍(84%増)となる。

年金は生きている間、生涯にわたって受け取れるので、受け取る年金額が(70歳や75歳からの受給開始と比べて)少なくても65歳などの早い時期から「長い期間、もらい続ける」のと、受給開始を70歳や75歳に繰り下げて、受け取る期間が(65歳からの受給開始と比べて)短くなっても「増額された年金をもらう」のと、どちらが自分にとってトクなのか、この判断が簡単ではない。

年金戦略を考えるということは、「少ない金額を長くもらい続ける」のと「多い金額を短い期間もらう」のとを比べ、その「損益分岐点を探すこと」ともいえる。

それでは、その損益分岐点はどこにあるのか。これは、「寿命」による。100歳まで生きられるなら、75歳から増えた年金を25年間、もらい続けるのが生涯にわたって受け取る年金をもっとも多くできることはすぐにわかる。80歳で亡くなってしまうのであれば、65歳から繰り下げ増額はなしでも15年間、もらい続けるのがトクになる。このように、実際のところは「寿命」という不確実な要因によって左右されてしまうところが大きいのだ。

「プラス12年の法則」で損益分岐点を探る

とはいえ、「自分が何歳まで生きるか」は、誰にもわからない。そこで、平均余命を考えてみる。

平均余命とは、ある年齢の人が「あと何年、生きることができるのか」かという期待値だ。厚生労働省の簡易生命表で、「65歳の人の平均余命は男性で20.05年、女性で24.91年」、つまり、「今、65歳の男性なら平均的にはあと約20年間、85歳になるまで、女性なら約25年間、90歳になるまでは生きられるだろう」と知ることができる。ちなみに、0歳の人の平均余命が、いわゆる「平均寿命」だ。

自分がこの平均余命(平均寿命)まで生きるとすれば、例えば、65歳、70歳、75歳から年金をもらい始めた場合の総額がわかる。

実際に計算してみよう。ここでは、65歳の男性のAさんが、平均余命(平均寿命)の85歳まで生きると仮定してみる。Aさんが受け取る年金額は、厚生労働省の「令和4年度の年金額改定」に従う。標準世帯(夫婦二人)の毎月の年金額は約22万円で、そのうち夫が受け取る年金額は老齢基礎年金が約6万5000円、老齢厚生年金が約9万円で合わせて約15万5000円となっている。これをAさんにあてはめて計算すると次のようになる。

【65歳から繰り下げせずに85歳まで受け取った場合】
約15万5000円×12カ月×20年間=約3720万円

【70歳に繰り下げて85歳まで受け取った場合】
約15万5000円×1・42×12カ月×15年間=約3962万円

【75歳に繰り下げて85歳まで受け取った場合】
約15万5000円×1・84×12カ月×10年間=約3422万円

70歳に繰り下げて受け取ったほうが、もっともおトクであることがわかる。つまり、70歳が損益分岐点といえる。

ただし、これはAさんが「平均余命(平均寿命)まで生きる」と仮定した場合のこと。平均余命(平均寿命)より前に亡くなってしまうことも平均余命(平均寿命)を超えて生きることもありえる。つまり、人それぞれ事情が異なるのに、一律に70歳からの繰り下げ受給がもっともおトクになるのだろうか。そこで、自分にとっての損益分岐点を探るための「プラス12年の法則」を覚えておいていただきたい。

自分にとっての年金戦略のセオリーとは?

「プラス12年の法則」とは、年金の受給開始を65歳よりも後ろに繰り下げた場合、概算上「受け取り開始の年齢に約12年をプラスした年齢になったとき」に「65歳から受給開始していた人の総額に追いつく」ということ。厳密には「11歳10カ月後」に追いつくことになるのだが、わかりやすく約12年とした。

この「プラス12年の法則」で考えると、例えば、68歳から受給を開始したら、「68歳+12年=80歳」のときに65歳から受給開始した人が受け取った年金の総額に追いつくことになる。70歳から受給開始した場合は82歳で、73歳から受給開始した場合なら85歳のときに、65歳から繰り下げなしで受給を開始した人の総額に追いつく(いずれも税金・社会保険料は勘案せずに概算で算出)。

繰り下げ受給をしても65歳から受け取り始めた場合の年金の総額を超えることができないのであれば、繰り下げる意味はなく、65歳から受け取り始めるほうがいいだろう。

先述のAさんの例で計算すると、70歳からの受給開始に繰り下げると、まず、82歳で65歳から受け取り始めときの総額に追いつき、平均余命の85歳に達したときには「余裕で65歳から受給開始の総額を上回っている」ことになる。


一方で、Aさんが75歳からの受給開始にまで繰り下げてしまうと、「プラス12年の法則」で考えればわかるように、87歳を超えないと65歳から受け取り始めた場合の年金の総額に追いつくことができない。平均余命(平均寿命)の85歳を超えてしまうのだ。

この「プラス12年の法則」を頭に入れておけば、例えば、73歳から受け取りを開始するなら、「85歳を超えればおトクになり、反対に85歳までは生きないと損をしてしまう」といったことがわかる。「年金は損得で考えるべきものではない」という考えは大切ではあるが、「プラス12年の法則」によって年金受給の損益分岐点が見えてくるのだ。

さて、今回は平均余命(平均寿命)と「プラス12年の法則」について説明した。自分の現在の年齢や健康状態などにあてはめて、例えば現在55歳の男性で「平均余命(平均寿命)の84歳までは健康でいられる」自信があるなら、「プラス12年の法則」から72歳を損益分岐点として、「72歳まで受給開始を遅らせる」ことを検討するのが良いだろう。

平均余命と「プラス12年の法則」を踏まえて、自分にとっての損益分岐点を探す、これが年金戦略を考えるセオリーといえる。

(増田 豊 : 社会保険労務士、2級ファイナンシャルプランニング技能士)