9月といえば、それがマーケターにとって意味することはひとつしかない。予算編成シーズンの幕開けだ。しかも今年のそれは、例年以上に頭痛の種になりそうな気配が濃厚となっている。

混迷のなかで現状維持を目指すべきか? それとも路線変更をはかるべきか? 雇用情報、インフレ、個人消費など、これらがマーケターへ送る錯綜するシグナルにより、このどちらを選べばいいのかの判断が、いっそう難しくなっている。

しかしそれでも、多数の意見が一致していることがひとつある。来年には間違いなく景気後退の波がやって来るということだ。果たして広告はどのぐらい縮小するのか? 景気後退の波がいつ、どこを襲うのかにかかわらず、その鍵を握るのは間違いなく「柔軟性」だ。

時代の動向



広告費に関する議論の中心を占めているのは「柔軟性」。
マーケターは広告コミットメントや予算、キャンペーンスケジュール、メディア費などに「幅」を持たせたがっている。
広告業界内では、さまざまなシナリオの立案が進行している。
状況は、コロナ禍が始まったころのそれと類似している。

無数のシナリオが進行中



PHD米国法人の最高投資責任者、ケイティ・クライン氏は、「来年の出稿に関してクライアントにどのようなアドバイスをしているかについていうと、その大部分を占めているのは『短期・長期両方の目標のバランスをとる』ことだ。PHDがいま、最も重視しているのは柔軟性であり、それがあれば、クライアントはビジネスニーズの進展に順応できる流動性を獲得できる」と語る。「我々は、クライアントと共に素早く方針転換できるメディアパートナーとの業務提携を望んでおり、その方針転換の対象にはオーディエンス、インベントリ、価格、パフォーマンスなど、さまざまなものが含まれる」。

米DIGIDAYはこの記事の取材で広告担当幹部9人にインタビューしたが、彼らによれば、この「柔軟性」はすでに、業界のいたるところで繰り広げられている来年の広告費の予算編成に関する初期段階の議論の大部分を占めているという。彼らとの会話から明らかになったのは、マーケターが契約に含ませる幅を広げたがっているということだ。広告コミットメントや予算、キャンペーンスケジュール、メディア費などに関しては、特にそうだ。彼らは予算の限度(と思われる)額を提示しつつも、景気後退の波が到来したら、その予算をカットできるだけの柔軟性をそこに持たせてくるだろう。

英国の放送局、チャンネル4(Channel 4)の法務部門の元責任者で、現在は国際法律事務所、リード・スミス(Reed Smith)のパートナーであるニック・スウィマー氏はこう語る。「物価インフレや現在の経済情勢から考えると、エージェンシーは予算の大幅な変更は、何らかのインフレ軽減メカニズムが確保されていることを意味するはずだと主張できるよう、議論の余地を残したがるだろう。2023年は、メディアバイイング契約の各条項の細部が、例年以上に厳しく精査されるようになるだろう」。

こうした意思決定が下されるタイミングは、サプライチェーンの状態やインフレのプレッシャーなど、さまざまな要因によって左右されると思われる。その一つひとつがドミノ効果を生み、キャンペーンをプッシュするか、それとも市場から撤退するか、ローカルメディアの契約を破棄するべきか、それともこの合意済みの予算を別の四半期へ回すべきかなど、全てに影響を与える可能性がある。いままさに、さまざまなシナリオの立案が進行していることはいうまでもない。

予算カットの具体的な動きはなし



メディアマネジメントビジネスのイービクイティ(Ebiquity)でグループCEOを務めるニック・ウォーターズ氏は、「予算計画は慎重に進められているようだ。予算をカットする意向をはっきりと示しているクライアントは、いまのところほとんどいない」と述べている。

これを裏付けるデータもある。エージェンシーも、業界団体も、我々DIGIDAYも、そのどれもがこのことを指摘している。マーケターはいま、ことの成り行きを見守りながら、不況の波の到来に備えているのだ。

メディアアドバイザリー企業、メディアセンス(Mediasense)の戦略部門でマネージングパートナーを務めるライアン・カンギサー氏はこう語る。「ここまでの流れを見るかぎりでは、今年と比較すると、来年の予算は横ばいになる見込みだ。その原因のひとつになっているのが、不況のさなかでも支出しないよりはするほうがいいという認識だ。また、インフレ圧力もあり、インパクトを与えるには、(少なくとも、TVにおいては)より多くの費用をかける必要がある」。

どこかで聞いたような話だ。そう、コロナ禍が始まった2年前の状況と似ているのだ。当時は「柔軟性」が当然のことだった。広告主が広告取引を白紙に戻せる契約上の新たな権利を求めると、大半のケースでメディアオーナーもそれに応じた。少なくとも、そのリスクに対する補償がある場合はそうだった。簡単にいうと、メディアオーナーは広告主に、広告取引から手を引ける特権と引き換えに、割増料金を払わせたのだ。

あるCPG企業の最高メディア責任者(このコメントにより、現在進行中の交渉に支障をきたす恐れがあるため匿名を希望)はこう語る。

「需要の減少が目に見えていたため、米国内のTVの価格デフレを期待したが、そうはならなかった。現段階では、たとえそうしたくても、広告主の大半はTVから離れられない。そんなことは不可能だ。TVオーナーはそれを知っている。広告主は広告を出さなければならない。いずれ需要が回復すれば、損失の補填は可能だということをわかっていた彼らは、第2・第4四半期の打撃を耐え抜いた。広告主は瀬戸際の攻防で敗れたのだ」。

メディア企業も苦しい立場に



今回も同じような状況であり、驚くようなことではない。メディアオーナーもまた、強いプレッシャーを受けている。その事業は多くの場合、広告費を基盤としているという点を考慮に入れれば、おそらく彼らは広告主以上にプレッシャーを感じているかもしれない。もちろん彼らは、広告取引において評判の高い柔軟性を求めてくるマーケターに汗をかかせる方向に持っていくはずだ。とはいえ、彼らは彼らで困難な目標を抱えている。

ヨーロッパのあるパブリッシャーでコマーシャルディレクターを務める人物(DIGIDAYに話す権限がないため匿名を希望)はこう語る。「2023年の予算は難しくなるだろう。商業収入が横ばいでは、ただで済むわけがない。経営陣が見たがるのは、対前年比の増加であり、そんな彼らとの交渉を我々のチームは余儀なくされてきた。毎年、対前年比で7〜10%の幅で広告売上を増加させているが、来年はその下限になると予想している」。

現時点では、多くの経済学者が予測しているように、もしそれが軽度であったとしても、その前途に待ち受ける経済的圧迫からメディアオーナーは逃れられない。問題は、たとえ景気後退が穏やかであっても、経済に内在する脆弱性があらわになってしまうということだ。その口火を切ったのが、ロシアによるウクライナ侵攻の産物である、世界の大部分を襲っている物価危機だ。そして次が、アジア〜中東の国々に深刻な影響を及ぼしている、厳しい食糧不足とエネルギー価格の高騰だ。これらに加えて、ユーロ圏の国々がロシアの石油・ガスからの脱却を進めるにしたがって、その全域に急速に広がっているエネルギーショックも、もちろんある。

簡単にいうと、世帯収入が下がっているのだ。これは、これらの金が経済からどれだけ切り離されているかに関係なく、広告にとって決していいことではない。結局のところ、景気低迷の影響を受けないマーケターは存在せず、その実感の度合いに個々の差があるだけの話なのだ。いずれにせよ、広告支出は縮小することになる。

いずれにせよ支出は削減される



こうした予算の削減は広告支出の非効率性に端を発することが多く、それは今回も同様だ。GoogleとFacebookが広告売上の成長の鈍化を発表した直近の決算発表シーズンでは、予算の削減に大きな関心が集まっていた。

ガーディアン(The Guardian)やスタイリスト(Stylist)などのパブリッシャーからなる英国のコンソーシアム、オゾン・プロジェクト(Ozone Project)で最高売上責任者を務めるクレイグ・タック氏は、次のように語る。「広告主とエージェンシーは少数精鋭のパートナーとの業務提携を望んでおり、これを背景とする整理統合が進んでいる。オゾン・プロジェクトが獲得するプラットフォーム規模の予算は増加傾向にある」。

[原文:Ad industry shifts 2023 budgets as recession now looks inevitable]

Seb Joseph(翻訳:ガリレオ、編集:分島翔平)