「115年前から32ヘクタールも拡大」温暖化で沈むはずのツバル諸島の面積が増えているという不都合な事実
※本稿は、田中淳夫『虚構の森』(新泉社)の一部を再編集したものです。

■氷が溶けるより重要な「海水の膨張」
海面の上昇と言えば、温度上昇で南極やグリーンランドなどの陸氷が溶け、海の水が増えることをイメージする。
だが、それ以上に重要なのは、海水の膨張である。
水は、温度が上がると体積が増える性質がある。気温とともに水温も上がると、水の量が増えたのと同じ効果となり、海面を押し上げる。
実際に大洋(太平洋、大西洋、インド洋)の多くの島国では、海面上昇を感じさせる現象が頻発している。
実例としてよく挙げられるのは、砂浜が痩せ細り、海岸に生えていたヤシの木が波によって倒れたとか、住居のすぐ側まで波が打ちつけるようになった……といったものだ。
住民が波打ち際に立って足を海水に浸しながら「以前はここまで陸地だったんだ!」と訴えるシーンが、よくテレビで放映されている。
島民の生活に直接的な影響を与える事例も多い。
たとえば生活用水として使う井戸水が海水混じりになってきた、大潮のときに、内陸部で海水が噴き出した、沖合いの小島が消えた、といった報告もよくある。
■「ツバル諸島の面積」実は増えていた
海面上昇問題で有名になったのは、南太平洋の島嶼国家ツバルだろう。
国土のほとんどが海抜1〜2メートルしかない珊瑚礁の島々であり、海面上昇によって国全体が水没の危機にあるとされている。
このまま海面上昇が続けば、国土そのものがなくなり、国民は行き場を失いかねない。
そこで2002年にツバルは、大国や大企業は地球温暖化ガス排出量の抑制や削減に不熱心で、ツバルを沈没の危機にさらしている、と大国を提訴すると表明したこともある(実際には提訴は困難と判断して中止した)。
一方で、オーストラリアとニュージーランドに環境難民の受け入れを要請した(こちらも拒否されて、ニュージーランドに労働移民として少人数受け入れられただけ)。
ツバルはどうなるのか……。先のテレビ映像を見ていた人は、そんな心配をするだろう。
だが、ここに意外な事実がある。ツバルの面積を調べたところ、逆に増えていたのだ。
■「砂の堆積」が国土を広げた
2018年2月の英科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に発表された研究論文によると、この40年ぐらいの間に、ツバルの国土面積は拡大していたのである。
これは、ニュージーランドのオークランド大学の研究チームが航空写真や衛星写真を使用し、ツバルの9つの環礁と101の岩礁について、長期間の地形の変化を分析した結果である。

1971年から2014年までの分析によると、少なくとも8つの環礁と、約4分の3の岩礁で面積が広くなっており、同国の総面積は73.5ヘクタールも拡大していたという。
ツバルの面積は約26平方キロメートルしかないから、国土の2.9%が増加したことになる。
さらに首都のあるフナフティ環礁(33の島がある)では、115年前から32ヘクタールも拡大していたことがわかった。
この100年間で起きた海面上昇は平均約17センチとされている。それなのに、なぜツバルの面積は増えたのか。まさか島が隆起したのだろうか?
違う。増えた理由は、波によって運ばれた砂が堆積して、浜が広がったためだ。
もともとツバルの国土は、サンゴ礁の上に砂(これも珊瑚礁が砕けたものや有孔虫の殻が多い)が積もってできている。
そこに砂が吹き寄せられ、その上サンゴ礁が成長すれば、国土は広がるわけである。
海流の強さや流れの変化で、吹き寄せられる砂の量は毎年変わる。ツバルでは増える方に作用したのだろう。
■「砂浜減少」は米軍が埋め立てた土地
波によって砂浜が広がり面積を増やす場所がある一方で、砂が流されて海岸浸食が起きている地点もある。
もちろん海面上昇による浸食分もあるだろう。ただ、その両者の差し引きがプラスになったのだ。
しかし、砂浜の減少や地下水の塩水化など、面積減少以外にも、海面上昇によるさまざまな現象も起きていたはずだ。

ただそれについても、複数の調査結果が出ている。
まず浸食された海岸の多くは、第2次世界大戦時に米軍が埋め立てた土地だった。
各地の島から飛行場を建設するために砂利を採取したため、穴だらけになった島では海水が染み出すようになった。
浸水がひどい場所は、もともと人の住めない湿地に無理やり家を建てた土地だった。
内陸部での海水の浸水現象自体、約100年前から観察されていた。
サンゴが衰退していることも分かった。海水温度の上昇と海面上昇により海が深くなったからではなく、生活排水やゴミ投棄などによってサンゴが痛めつけられたからだ。
ツバルの砂浜を形成する有孔虫などの生物が死んで、砂が生まれなくなったことが、砂浜減少の一因だった。
■ツバルの変化は「人口増加によるもの」
これらの環境悪化をもたらした一因は、人口増加にある。
たとえばツバルの首都の人口は、独立前(1973年)は871人だったが、独立した5年後の79年には2620人に急増している。
これが湿地や低地に住居や行政施設を多く建てたり、真水の過剰利用(井戸からの地下水汲み上げ増加)と下水の垂れ流しを引き起こした。
この人口増加と環境汚染という「ローカルな要因」が、ツバルの“国土水没”を招いていたのだ。
ちなみに、「住民が波打ち際に立って浸水を訴えるシーン」を演出した人を私は知っている。こうしたらテレビ映りがいいよ、と助言したそうである。
■「バングラデシュの洪水」もローカル要因
同じような事態は、実は世界各地で指摘されている。
バングラデシュなどで洪水や高潮被害が相次いだ際も、海面上昇が指摘されたが、実際は難民などがこれまで人が住まなかった低地に住んだから起きたのだった。

海面上昇とは直接関係のないことが引き起こした災害を、安易に地球温暖化と結びつける例は少なくない。
ただし、気候変動による海面上昇を嘘だと言うつもりはない。たしかに地球全体の平均気温と海水温度は上がっており、海面上昇も起きている。だから由々しき事態が進行しているのは間違いない。
海水温度が今以上に上昇したら、サンゴ虫が逃げ出して珊瑚礁の白化現象が起きるかもしれない。すると珊瑚礁はもろくなり波で崩れるだろう。それが島の面積を削り水没を加速する可能性もある。だからツバルの危機は去っていない。
ただ、ローカルな要因によって起きた(海岸減退などの)現実も、予測される地球規模の変動に対して脆弱性を高めているのも間違いないだろう。
より海面上昇が進んだ場合には、今以上に浸水や海岸浸食などの影響は悪化するに違いない。
オークランド大学の研究チームは、気候変動が依然として海抜の低い島国にとって大きな脅威であることに変わりはないと指摘する一方、こうした問題への対処の仕方を再考すべきだと論じている。
まずはローカルな課題を解決する必要があるだろう。
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田中 淳夫(タナカ・アツオ)
1959年大阪生まれ。静岡大学農学部を卒業後、出版社、新聞社等を経て、フリーの森林ジャーナリストに。森と人の関係をテーマに執筆活動を続けている。主な著作に『絶望の林業』『森は怪しいワンダーランド』(新泉社)、『獣害列島 増えすぎた日本の野生動物たち』(イースト新書)、『森林異変』『森と日本人の1500年』(平凡社新書)、『樹木葬という選択』『鹿と日本人―野生との共生1000年の知恵』(築地書館)、『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』(ごきげんビジネス出版・電子書籍)ほか多数。
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(田中 淳夫)