「勝つと負けるとでは大きく意味合いが変わる。引き分けでもダメ」

 鬼木達監督がそう口にしていたように、川崎フロンターレには引き分けも許されない、絶対に勝たなければいけない試合だった。

 J1第24節。3連覇を目指す川崎が、首位を走る横浜F・マリノスをホームに迎えての大一番である。

 川崎は前節終了時点で、首位・横浜FMとは勝ち点差11の5位。消化試合数が2試合少ないとはいえ、この直接対決に敗れれば3連覇は絶望的。そんな背水の陣ともいうべき状況で臨んだ一戦で、しかし、川崎は久しぶりに"らしさ"を取り戻す。

 テンポよくボールを動かして試合の主導権を握り、しかも、試合終了間際のラストワンプレーで決勝ゴールを決めたのだから、川崎サポーターなら感涙ものの劇的勝利である。

 その瞬間、等々力競技場のスタンドは文字どおり、揺れた。

「こういうゲームを勝つことによって、自分たち自身も(やってきたことを)信じて突き進めるし、こういう競ったゲームを勝つことで、いろんなところに『川崎は勝負強い』という印象を与えられる。それだけでも(優勝争いの状況は)大きく変わる」

 試合後、鬼木監督が興奮気味に語るのも無理はなかった。


横浜F・マリノスとのハイレベルな戦いを制した川崎フロンターレ

 この大一番を前に、川崎はコロナ禍に苦しめられていた。

 チーム内には、新型コロナウイルス感染の陽性者が続出。前節の浦和レッズ戦では、交代できるフィールドプレーヤーがベンチに2人しかいない窮状で臨み、あえなく1−3と敗れていた。

 ただでさえ勝ち点を思うように伸ばせず、3連覇に黄信号が灯っていたところに、コロナ禍というさらなる追い打ち。王者の余裕は完全に失われていた。

 鬼木監督が振り返る。

「自分自身が、こういう状況だからうまくやろうという気持ちになったところがあった。勝利に対する覚悟が足りなかった」

 だが、この日は違った。

 川崎の選手たちは、立ち上がりから気持ちの入ったプレーを見せ続けた。相手のハイプレスにもひるむことなくパスをつなぎ、サイド攻撃、あるいはDFラインの背後を狙ったロングパスを有効に組み合わせ、相手ゴールに迫った。

 前半25分に生まれた先制点も、DF谷口彰悟が右サイド奥へ送ったロングボールを、高い位置に進出していたDF山根視来がダイレクトでゴール前に折り返し、これをFWレアンドロ・ダミアンが頭で決めるというダイナミック、かつ美しいゴールだった。

 その後、横浜FMが前半終了間際に高速カウンターで同点に追いつくと、試合は一進一退のこう着状態に陥ったが、それでも最後の最後に、攻め上がっていたDFジェジエウが豪快なヘディングシュートを叩き込んで勝ち越し。首位チームを相手に、力づくで勝ち点3をもぎとった。

 鬼木監督は言う。

「一番大事なのは気持ちの部分。覚悟や勇気だと選手にも話した。気持ちの強さを見せて勝てたことで、ここからの戦いに大きく変化が出るのではないかと思う」

 崖っぷちで踏みとどまった川崎は、順位を4位に上げ、首位との勝ち点差も8まで縮めた。貴重な勝ち点3は、3連覇への可能性をつなぎとめてくれた。

 とはいえ、現状、首位に立っているのは横浜FMである。川崎が優勝するには、自分たちが勝ち続けるだけでは足りず、横浜FMが勝ち点を落とすことも必要な条件となる。

 決勝ゴールをアシストしたFW家長昭博は、落ち着いた様子で「勝ち点3を取れてよかった。首の皮一枚つながったと思う」と話し、こう続ける。

「相手はすばらしいチーム。試合自体はどっちが勝ってもおかしくなかった。マリノスも、これからそんなに負けるチームじゃない」

 川崎には過去5シーズンで4度の優勝という、貴重な成功体験がある。それはすなわち、勝者のメンタリティと言い換えてもいいだろう。

 だが、それについても家長は、劇的勝利に沸く周囲をたしなめるように「そういうアドバンテージは今、僕らは持っていない。マリノスが一番いいサッカーをしているので、僕らは謙虚にやらないといけない。今はそれを求められる」と語る。

 依然、横浜FM有利。家長の言葉を引くまでもなく、その事実は動かしようがない。

 だがしかし、現時点での不利は承知のうえで、それでもこの勝利が何か特別な意味を持つものになるのではないか。そんなことを感じずにはいられない。

 J1王者が崖っぷちで踏みとどまった勝利は、それほどにドラマチックで、内容的に見ても濃度の高いものだった。鬼木監督が力強く語る。

「優勝へ向かっていく強い気持ちを自分たちだけでなく、他のチームにも示せたことが重要だった。自分たちがやれることは目の前の試合に全力で準備することだけ。それが一番重要なこと。準備は体だけでなく、頭、心が大きなウエイトを占める。そこをしっかり伝えながらやりたい」

 まだまだ3連覇はあきらめない――。

 J1最高峰と称えるにふさわしいハイレベルな一戦に、王者の覚悟がうかがえた。