コロナ禍は、新型コロナウイルス感染症の感染リスクのみならず、日本人の健康に多大な影響を与えていると指摘するのは、自律神経研究の第一人者である小林弘幸・順天堂大学医学部教授だ。小林さんは「これまで私は自律神経を乱さないための提案をしてきましたが、日本人の多くがすっかり“自律神経が乱れた状態”になってしまいました。これから必要なのは、自律神経を取り戻す“失地回復戦”です」と語る──。(第1回/全3回)

※本稿は、小林弘幸『自律神経を整える』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

■「なんとなく不調」の原因は自律神経の乱れ

慢性疲労やめまい、頭痛、食欲不振、手足の冷え、むくみ、肌荒れなどの「なんとなく不調」を訴える人が、このコロナ禍で急増しています。

以前は、「不定愁訴(ふていしゅうそ)」という言葉でまとめられていたものですが、いまやネット上などでは、「コロナ疲れ」や「自粛痛」といった言葉とともに、あちらこちらで辛さを訴える声が見られるようになっています。

もちろん、こうした“症状”の背景には、新型コロナウイルスへの感染だけでなく、何かの疾患が隠れている場合もあります。ですから、まずは医療機関できちんと検査を受けることが大切です。

しかし新型コロナウイルスに感染しておらず、また、体に何らかの疾患があるわけでもないのに、「原因不明の不調」を訴える人が急増しているのです。

写真=iStock.com/show999
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/show999

■自律神経の乱れによる免疫力の低下

日本で最初に新型コロナウイルス感染者が確認されてから、すでに2年以上が経過しました。その後、日本を含めて世界中がたどったパンデミックの経過については、みなさんもよくご存じの通りです。

2021年10月、私が勤務する順天堂大学医学部附属順天堂医院では、総合心療内科に、長期にわたって新型コロナ後遺症で苦しむ患者さん向けの漢方外来を開設しました。と同時に、たちまち予約が殺到し、患者さんであふれてしまいました。

新型コロナウイルスが体内から消えたあとでも、多くの方が心身ともに苦しんでいるという現実に、私たちは直面しました。

そして、それと同時に、実は感染を免れた多くの方々の心と体にも、さまざまな異変が起こっていることにも気づかされました。「原因不明の不調」「なんとなく不調」の激増です。

これには自律神経の乱れによる免疫力の低下が大きく関与していると私は考えています。

■それまでの世界が一変した…

うつ病やうつ症状、ネットいじめなど、コロナ禍でのさまざまなストレスが引き起こすメンタルのトラブル、寝込むほどではないけれど、これまでとはちょっと違う体の不調や痛みなども増えていますが、これらもまた、自律神経の乱れが引き起こしている現象です。

長引くコロナ禍のために、私たちの自律神経はすっかり乱されてしまいました。

これまで私は、長年にわたって「自律神経を乱さないことが大切」とお伝えしてきたのですが、いまや、自律神経を乱さないようにするどころか、自律神経が乱れていることを前提に、そこからどう立て直すかを考えなければならなくなってしまったのです。

ですから、私たちが負の連鎖を抜け出し、本来の健康を取り戻すためには、いま一度自律神経を整え直し、その安定を取り戻すことが必須だといえるのです。

■神経とは「情報伝達の道」のこと

自律神経とは、文字どおり「自律した神経」のことです。そして、神経というものはまず、体の中の「情報伝達の道」と考えていただけるとわかりやすいかと思います。

たとえば、私たちが転んで足首を痛めたとき、強い痛みを感じると同時に、自然と足を引きずって歩くようになります。

この現象は、足首で発生した痛みの情報が神経という道を通って脳に伝わり、脳が「これ以上動かすと悪化する」と判断して「足首を守れ」という指令を出し、それがふたたび神経という道を通って筋肉に伝えられることによって起こります。

この情報や指令の通り道(神経)は、人間の体の隅々まで張り巡らされ、常時その役目を果たしています。

■「中枢神経」と「末梢神経」

神経は、「中枢神経」と「末梢(まっしょう)神経」の大きく2つに分けられます。

中枢神経とは、「脳」と「脊髄(せきずい)」の総称です。脊髄は脳から腰まで伸びている神経細胞の束で、背骨(脊椎)の中に保護されるような形で存在しています。

『自律神経を整える』より

中枢神経は全身から集まってくる情報を処理・判断し、全身に指令を送る神経系統の中心的な役割を担っています。歩く、物をつかむなど、自分の意思で手や足を動かすことができるのは、この中枢神経のおかげです。

一方、末梢神経は、中枢神経から手足など体の末端まで網の目のようにネットワークを張り巡らせている神経で、「中枢神経以外の神経」という言い方もできます。

■末梢神経には2種類ある

末梢神経は、さらに2つの系統があります。

その1つが「体性神経」で、たとえば足首をけがしたときに症状の悪化から足を守る働きをします。

小林弘幸『自律神経を整える』(プレジデント社)

体性神経はまた、「明るい」「痛い」「熱い」など、目や耳、鼻、舌、皮膚などの感覚器が捉えた刺激情報を脳(中枢神経)に伝える「知覚神経」(「感覚神経」と呼ばれることもあります)と、「目をつぶる」「腕を上げる」などの脳からの指令を筋肉に伝える「運動神経」で成り立っています。

末梢神経のもう1つの系統が、「自律神経」です。自律神経は、心臓や血管などの内臓器官すべてに伸びていて、血管の拡張や収縮、呼吸や体温調整、内臓の働きなどを司る役割を担っています。

心臓や血管の動き、血液の流れは自分で動かしたり止めたりすることはできません。つまり、自律神経とは「自分の意思ではコントロールできない内臓器官」を制御している神経です。

■心と体は「すべて自律神経が決めている」

自律神経の「自律した」という部分は、「無意識に機能する」ということだと捉えていただけるとわかりやすいと思います。この点が、意識的な運動を司る体性神経との違いです。

眠っている間に呼吸が続いているのも、外気の温度にかかわらず常時体温を約36度に保つことができるのも、すべて自律神経が365日、24時間フル稼働して、私たちの体をコントロールしてくれているからなのです。

そう考えれば、私たちの体と心は、すべて自律神経が決めているといっても過言ではないのです。

■自律神経は「交感神経」と「副交感神経」の2つ

まとめて「自律神経」といわれることも多いのですが、自律神経はさらに「交感神経」と「副交感神経」の2つから成り立っています。「副」とついているからといって、交感神経がメインで、副交感神経がサブというわけではありません。

交感神経と副交感神経の関係は、車の「アクセル」と「ブレーキ」にたとえるとわかりやすいと思います。

アクセルの役目をするのが交感神経。アクセルを踏むと車が一気に加速するように、交感神経が高まると血管がキュッと収縮して心拍数や血圧が上昇します。すると気分が高揚し、体がアクティブな状態になります。私たちが活動しているときや、ストレスを感じているときには、交感神経が優位になっています。

一方、副交感神経はブレーキ役で、副交感神経が高まると血管がゆるみ、心拍数や血圧が低下して、全身をリラックスした落ち着いた状態に向かわせます。夜、眠っているときや、休息をとっているときなどは、副交感神経が優位になっています。

■心身の健康を維持するアクセル役とブレーキ役

交感神経と副交感神経の関係は、天秤あるいはシーソーのようだと表現することもできます。交感神経が高まる(優位になる)と自然に副交感神経の働きは低くなり、副交感神経が高まる(優位になる)と交感神経の働きが低くなります。

この2つの神経は、交互に優位になることでバランスを保っています。そして、そのバランスは主に副交感神経が上下することでとられています。

車を運転することにたとえれば、アクセルだけを踏んでいたら、車は暴走し事故を起こしてしまいます。一方、ブレーキを踏み続けていたら、車は動くことすらできません。両方を適切なときに適切な強度で機能させることで、私たちは安全に車を運転することができます。私たちの体と心も、これとまったく同じです。

自律神経は車の運転と同じように、アクセル(交感神経)とブレーキ(副交感神経)のバランスを絶妙に保つことで、心身の健康を維持する役割を果たします。交感神経と副交感神経のどちらが過剰に優位になっても、バランスが崩れてしまえば、心身の健康を正常に維持することは困難なのです。

心身のトラブルの原因となる「自律神経の乱れ」とは、このアクセルとブレーキのバランスが崩れた状態を意味しています。

■交感神経は日中、副交感神経は夜間に優位になる

交感神経と副交感神経は、1日24時間の中で、一定のリズムを持って働いています。

体を活動モードにする交感神経は、明け方から優位になり始め、昼をピークに夕方に向かうにつれて徐々に低下していきます。

一方、体をリラックスモードにする副交感神経は、夕方からゆっくりと上がり始め、夜に向けて優位になっていき、睡眠に向かいます。その後、夜中にピークとなって、明け方に向かうにつれて下がっていきます。

このようにして人間は、昼間は体を動かし、夜になると休息をとるというサイクルを繰り返しているのです。

■自律神経のバランスが乱れると体にトラブルが

なんらかの理由で自律神経のバランスが崩れて、このリズムが正常に働かなくなると、体にはさまざまなトラブルが生じます。

そもそも現代社会は、不規則な生活、食事の偏り、運動不足、睡眠不足、喫煙、過度の飲酒、人間関係のトラブル、経済的な不安など、乱れたライフスタイルや精神的ストレスに満ちています。私たちの体と心にとって、まさに危機的状況です。

こうした厳しい環境下では、体は自然とアクセルを踏み、交感神経を高ぶらせて危険を回避しようとします。

自律神経のバランスが崩れ、交感神経優位の状態と副交感神経優位の状態のどちらが長く続いても血流は悪くなりますが、より好ましくないのは、交感神経優位の状態です。

交感神経優位の状態が続くと、血管が収縮して血流が滞り、血液がドロドロになって、さまざまな病気を引き起こす原因となるからです。交感神経が過剰に優位な状態は万病を招くといっても過言ではありません。

写真=iStock.com/BrianAJackson
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BrianAJackson

■コロナ禍は自律神経のバランスを破壊するアクシデント

現代社会は、ただでさえ交感神経ばかりを刺激し、副交感神経の働きを下げる要因にあふれています。それに加えて、世界に未曾有の混乱をもたらしたコロナ禍を経験し、私たちは自律神経が乱れないほうが不思議という状況下に置かれました。

コロナ禍とは、見方によっては、本来2つの神経のバランスを一生懸命にとっている副交感神経の働きを優に超えてしまう最大級レベルのアクシデントであり、ストレス状況だったともいえるのです。

ですから、「今の私たちの自律神経は、すでに大きくバランスを失い、乱れてしまっている」と明確に意識することが大切です。ここからすべてを始めなければなりません。

自律神経が乱れてしまったことを前提に、私たちがここからどのように回復させていくべきか。その方法を近著『自律神経を整える』にまとめ、エッセンスを3つに絞って紹介しました。ぜひこちらも参照いただき、自律神経のバランスと健康を取り戻す第一歩をスタートしてください。

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小林 弘幸(こばやし・ひろゆき)
順天堂大学医学部教授
1960年、埼玉県生まれ。スポーツ庁参与。順天堂大学医学部卒業後、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。順天堂大学に日本初の便秘外来を開設した“腸のスペシャリスト”としても有名。近著に『結局、自律神経がすべて解決してくれる』(アスコム)、『名医が実践! 心と体の免疫力を高める最強習慣』『腸内環境と自律神経を整えれば病気知らず 免疫力が10割』(ともにプレジデント社)『眠れなくなるほど面白い 図解 自律神経の話』(日本文芸社)。新型コロナウイルス感染症への適切な対応をサポートするために、感染・重症化リスクを判定する検査をエムスリー社と開発。
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(順天堂大学医学部教授 小林 弘幸)