出社勤務が戻ってきた。「会社に行きたくない」と拒否反応が出てしまっている人はどうすればよいのだろうか。外資系企業で産業医を務める武神健之さんは「2年ぶりの出社推奨で不満やストレスの相談が増えています。でもこれから紹介する3つの習慣を心がければ、出社勤務に適応できます」という――。
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■2年ぶりの出社推奨で不満やストレス相談が急増

3月に新型コロナウイルス感染症に対するまん延防止等重点措置が終了し、早4カ月が経とうとしています。

私のクライアントでは、2年ぶりに社員たちに出社を求める会社も出てきました。出社頻度は毎日という会社から、ひと月の出社回数の上限や下限を設けた会社もあり、人々の働き方は以前にも増して多様性が出てきています。

そのような中、出社勤務に伴う不満やストレスの相談も増えています。

今回は、出社勤務に上手に適応するコツについて3つ書かせていただきます。少しでもお役に立てば光栄です。

■イライラして仕事に集中できないベテラン社員のケース

出社勤務が始まってからすぐに、上司から人事経由で産業医面談に来たのは40代の男性社員Aさんでした。人事担当者の話ではAさんは勤続8年目、部署内ではベテランとして仕事も部下への指導もそつなくこなす、所謂、できる社員とのことでした。

「先生、出社勤務だとイライラして仕事に集中できないんです」開口一番Aさんは言いました。在宅勤務の静かな環境に慣れてしまってからの会社での仕事は、周囲のざわざわした音、人の話し声などがどうしても気になってしまう。そして、集中できなくなると、オフィス内で笑って話している人たち、お昼休みが長い人やコーヒー片手に休憩時間が多い人などなどがいることまでもが気になり、ますます気が散ってしまう。業務が予定通りにはかどらず、イライラした気分で帰宅する日が増え、先週、子供に怒鳴ってしまい、妻に最近イライラが酷すぎると指摘され、上司に相談したら産業医面談となったとのことでした。

面談でさらに話を聞いてみると、最近は夜寝るときに、明日も集中できないのではないかと考えてしまい、眠りも浅くなってきているとのことでした。出社してこなしている仕事は全てコロナ禍の在宅勤務時でもできていた。むしろ在宅での方が効率よく早く正確にできていた。同僚たちは出社しても、雑談したり休み時間を長く取ったり、全く集中して仕事していない。どうして私は、それなのに出社してやらないといけないのか。等々、彼の不満は続きました。

コロナ前の同僚たちの勤務態度がどうだったか聞いてみると、気にしたこともないとの返事でした(人事担当者の話では、メンバーもほぼ変わっていないし、部署の雰囲気は同じようでした)。

「職場環境にストレスを感じてしまっていてつらいですね。でも、在宅か出社かは、会社が決めることができるのですよね。他社でも出社勤務に対するストレスの相談はありますが、ある程度の時間で慣れていく人が多い印象です」と私が言うと、それもわかっているとのこと。

「自分の中でのイライラだけでなく、ご家族にもそれが及んでいるのであれば、一度心療内科やカウンセリングを受けるのも1つかもしれません……」との言葉には、自分は悪くないのに、そんなところには行きたくないの一点張り。産業医の無力さを感じてしまった面談となりました。

■在宅勤務中の孤独から解放された一人暮らし社員のケース

Aさんのように出社勤務がネガティブでストレスだと感じる人がいる一方、出社勤務をポジティブに捉え、喜ぶ社員もいます。

Bさんは勤続5年目の30代女性でした。コロナ禍で一人在宅勤務をしていると、どうしても気分が沈んでしまうと昨年面談に来られました。在宅勤務のおかげで仕事は早く終わるけど、あいた時間に特に熱中する趣味もなく、自分のキャリアや将来について考えてしまい、時間がある分だけ余計に不安になってしまうとのことでした。

コロナ禍で定期的に産業医面談(雑談)をしていましたが、彼女は今年になり出社が許可されると、週数日は出社するようになりました。特に同僚とランチや飲みにいかなくても、仕事している時間に同じ空間に他人がいることを感じることができる環境は彼女にとっては居心地がいいようでした。通勤時間がかかってしまうものの、週に数日出社できることで不安な気持ちもなくなってきたと最近は言っています。

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■「学童に預けるのは手抜きではない」ママさん社員のケース

働く環境の変化でなく、在宅勤務と出社勤務が混ざる中で、生活時間の変化に戸惑う面談者もいました。

Cさんは勤続10年以上の30代女性で、小学生二人の子供のお母さんでした。コロナで在宅勤務が始まった時は、下の子はまだ保育園だったため、保育園が閉園になると在宅での仕事が捗らないストレスから、寝付きが悪くなり、また、少し気持ちが不安定になり産業医面談に来ていました。

その後、家族全員が次第に在宅勤務の生活に慣れるにつれ、夕食もコロナ前よりも手の込んだものを作れるようになり、また、家族の団欒を楽しめるようになり、コロナ禍の生活に適応していました。

しかし、今年の春になり、Cさんは週3回出社せねばならなくなりました。出社日が在宅勤務日に比べて忙しいことはわかっていましたが、だんだんと2年前と同じような寝付きの悪さに不安を覚え、久しぶりに産業医面談に来られました。

話を聞いてみると、出社勤務日も在宅勤務と同じように掃除や夕食の準備をしなくてはならないと感じている印象でした。また、出社日に子供たちを学童保育に行かせていることにも罪悪感を持っていました。

■家事も育児も週末でいい

産業医面談の中で、コロナ前は掃除や大きな洗濯物は週末にまとめていたこと、夕食の準備も日によっては出来合いのものを使っていたことなどを思い出していただきました。すると、Cさん自身が、出社日はもう少し家のことを楽にしていいのだと思えるようになりました。

また、子供たちが学童保育の時間を楽しめていること、お手伝いも積極的にしてくれていることなどから、子供たちが2年前よりも大きく成長していることにも気がつくことできました。

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この面談を通して、Cさんは在宅勤務日と出社日について、必ずしも同じように家事や育児をこなさなくていいのだと思えるようになったのです。

「少し肩の力が抜けるような気がします……」。Cさんがそのようにおっしゃって以来、面談にはいらしていません。少しずつ出社勤務の流れ(back to officeの流れ)の生活に適応しているのだと信じています。

■戻ってきた出社勤務はストレスではない

私は社員に出社か在宅かの勤務を求めるのは、会社の権利だと考えます。では、出社勤務の流れ(back to officeの流れ)は、働く人たちにとってストレスなのでしょうか?

私は、back to officeがストレスだとは思いません。back to officeはあくまで生活の変化、働き方の変化なのです。実は、back to officeに伴う出社勤務は、新しいものではありません。コロナ前はほとんどの人が当たり前の日常としてやっていたことなのです。

コロナ禍でも毎年1000人以上の働く人との産業医面談をしてきた私が思うのは、会社が下すどのような判断にも、それをポジティブに捉える人も、ネガティブに捉える人もいます。ストレスは人によりそれぞればかりか、同じ人にとっても時とともに全く変わるものでした。例えば、ストレスだった在宅勤務が、時間の経過とともに居心地が良くなり、同じ人が出社勤務に今度はストレスを感じるケースもありました。

back to officeによる変化は大きく分けて2種類あります。環境の変化と時間の変化です。

先ほどのAさんとBさんは働く場所(自宅環境か職場の環境)の変化に伴い、その周囲の見えるもの、聞こえるもの、人の気配などの環境変化に影響を受けていました。一方、Cさんは働く環境の要因よりも、働く場所の変化に伴う生活時間の変化、出社日は在宅勤務日よりも忙しくて時間がないことに影響を受けていました。

■環境の変化に伴う3種類の疲労とは

人は変化にさらされた時、3種類の疲労をためます。通勤や外で過ごす時間が増えたことなどによる肉体的な疲労、他人と接する/他人に見られる時間が増えたことによる精神的な疲労、そして、生活リズムの変化に伴う生活の疲労です。

いずれも、時間の経過とともに変化に慣れることで、疲労が自然に消える人が多いですが、ときに、いくつかの疲労が重なったり、まとまって蓄積してしまったりすると、健康を害するレベルになってしまいます。出社勤務の流れ(back to officeの流れ)をストレスとして抗うのではなく、しなやかに適応するのは、この変化の中で疲労をためずに慣れていくことができるか否かなのだと感じます。

■疲労をため込まないための3つの処方箋

では、どうすれば疲労をため込まないことができるのでしょうか。

産業医から3つの処方箋を出させていただきます。

ヾ萃イ蠅垢ない

まずは、疲労をため込まないために、何事もやりすぎない、頑張りすぎないことです。自分に甘くなれと言うのではありません。疲れている自分やいつもと違う自分に気がついた時は、頑張りすぎる自分を制する必要があるということです。

出社勤務が始まるのと同時に、何か習い事を始めたり、資格取得の勉強を始めたりする人たちもいます。うまくいっているのであればいいのですが、もし仮に、少しでも自分の調子が良くないと感じるのであれば、しばらくはそのような新たな頑張りはしなくてもいいのではないでしょうか。

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⊃生活、睡眠習慣、趣味の時間を「よい」ものにする

次に、疲労をため込まないために、よい食生活、よい睡眠習慣、そしてよい趣味の時間=気分転換を心がけることです。

何を持って“よい”とするかは人それぞれです。出社日の朝食を抜いている人はちゃんと食べるようにしましょう。在宅勤務の前日は夜更かししがちだという人は、出社勤務日と同じ時間に寝ることを心がけてもいいかもしれません。また、仕事と睡眠以外の時間の過ごし方や気分転換も出社日と在宅日で分けて考えると、有効に使えるかもしれませんね。

このようなことを出社勤務の変化に慣れるまで、意識してみるとよいでしょう。

生活のメリハリを大切にする

3つ目の処方箋は、生活のメリハリに関する意識改革です。

働く人の多くは、コロナ前までは、働く日(主に平日)と休みの日(週末)の2種類の日常を過ごしていました。資格の勉強や趣味に使う時間、食事や睡眠に費やす時間など、無意識のうちに異なる過ごし方をしていたのではないでしょうか。今後は、出社勤務日、在宅勤務日、そして休日の3種類の日常生活が主流になってくると思われます。

働く日でも、出社勤務と在宅勤務では、過ごし方は当然変わってきますので、それぞれ自分なりのメリハリを設けるとよいでしょう。出社勤務日は一番忙しいでしょうから、食事は自炊に拘らない、趣味の時間は在宅勤務日と休日にするなど、時間の使い方から考えると意識しやすいと思います。

もちろん、どのようにメリハリをつけるかは人それぞれです。例えば、人との会食は出社日の外出ついでに……と考える人もいますし、在宅勤務日だからこそ、人と話したいと考える人もいます。それは、どちらでもいいと思います。大切なのは、自分が上手に変化に適応することなのです。

■基本的な生活こそがback to office適応への近道に

最近のback to office出社勤務への流れ。これはストレスではありません。あくまでも、生活(働き方)の変化です。変化に適応したものだけが生き残るとは、ダーウィンの言葉ですが、早く適応するための特効薬はありません。

疲労の蓄積は私たちを、あらゆる変化に適応しづらくし、ネガティブな影響を受けやすくします。

back to officeが始まった人々は、ぜひ、しばらくは、よい食生活とよい睡眠を心がけ、基本的な生活を大切にしてください。そして、3パターンの日常の中で、上手に気分転換を行い、適応していただければと思います。

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武神 健之(たけがみ・けんじ)
医師
医学博士、日本医師会認定産業医。一般社団法人日本ストレスチェック協会代表理事。ドイツ銀行グループ、BNPパリバ、ムーディーズ、ソシエテジェネラル、アウディジャパン、BMWジャパン、テンプル大学日本校、アプラス、アドビージャパン、Wework Japanといった大手外資系企業を中心に、年間1000件以上の健康相談やストレス・メンタルヘルス相談を実施。働く人の「こころとからだ」の健康管理を手伝う。2014年6月には、一般社団法人日本ストレスチェック協会を設立し、「不安とストレスに上手に対処するための技術」、「落ち込まないための手法」などを説いている。著書に、『職場のストレスが消える コミュニケーションの教科書』や『不安やストレスに悩まされない人が身につけている7つの習慣』『外資系エリート1万人をみてきた産業医が教える メンタルが強い人の習慣』などがある。公式サイト
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(医師 武神 健之)