日本格闘技界、夢の一日『THE MATCH』。東京ドームは5万6399人もの観客を飲み込んだ。


右ジャブで武尊(左)の前進を止める那須川天心

 K-1、RISE、SHOOT BOXING......選手たちが各団体の看板を背負っての戦いとあって緊張感のある熱い戦いが続くなか、会場の熱量が一気に高まったのは、休憩を挟んで後半戦の幕開けとなった第9試合、K-1・芦澤竜誠(DRAGON FISH)対RISE・YA-MAN(TARGET SHIBUYA)の一戦だ。

 両者は、試合決定会見と前日計量でバチバチの舌戦と乱闘を繰り広げ、「裏メイン」「喧嘩マッチ」と注目を浴びた。大会当日も、会場内の大型モニターに2人が映るたびに、観客からは大きな拍手と歓声が上がった。

 全15試合中、唯一のオープンフィンガーグローブで行なわれたたこの試合は、1ラウンドにYA-MANが芦澤から2度のダウンを奪い、109秒でTKO勝利。試合後に2人は歩み寄り、芦澤が「お前、強かった」と称えれば、YA-MANも「こっちの土俵でやってくれてありがとう」と感謝を伝え、因縁を吹き飛ばした。

 リング上のマイクでYA-MANは「凡人が、気合と根性だけあれば格闘技の最高峰の舞台に立てるってことを証明したと思う。努力すればここまで来れるんで、みなさん頑張ってください!」と熱いメッセージ。そして「このあと、那須川天心がやってくれる。武尊選手もやってくれると思うので、みなさん、最高のエンターテインメントを応援してください!」と場内を沸かせてリングをあとにした。

内山高志「天心選手のパンチの技術、うまさが光った」

 その言葉通り、那須川天心(TARGET/Cygames)と武尊(K-1 GYM SAGAMI-ONO KREST)の試合は最高の盛り上がりを見せた。試合前は「武尊が最初から圧力をかけにいく」と予想する声が多かったが、天心はそれをさせなかった。

 試合をコントロールしたのは天心の右のジャブ。プロキックボクサーの指導経験もあり(YA-MANもそのひとり)、YouTubeのコラボでは天心のミットを持ったこともある元WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者の内山高志氏は、そのジャブをこう評した。

「ボクシングとキックボクシングでは距離感が違いますから、キックの試合であのジャブを当てるのはなかなか難しいんです。でも、天心選手はボクサーのようなジャブを当て、キックも蹴っていました。

 プロボクシング転向を見越して磨いたパンチの技術と、キックをうまく融合させた感じですね。右のジャブを先に当てることで、武尊選手は中に入れなくなった。天心選手のパンチの技術、うまさが光っていました」

 天心は、試合後のインタビューで「相手セコンドの『ジャブを捨てろ』という指示が聞こえていました。だから、より踏み込んで打った」と明かした。「捨てろ」という指示は、天心のジャブを避けたりブロックしたりするのではなく、「もらってでも前に出ろ」ということだろう。そんな相手の戦略を逆手に取り、天心は思いきりのいいジャブを当てていった。

 試合が大きく動いたのは1ラウンド終盤。武尊が左フックを振ろうとしたところ、天心の左フックが顎を打ち抜いた。天心は「会心の左でした。刀のようにコンパクトに狙う。それは意識していた。最後に確認したパンチだった」と語った。

 その左フックについて内山氏は「あれは、狙っていたパンチではなくて、練習で身につけたことが自然と出たんだと思います。癖になっている、と言ってもいいくらい染みついていた。コンパクトに打ったことで武尊選手のパンチより先に当たった感じですね」

 1ラウンドで2ポイント差を付けられた武尊は、2、3ラウンドで得意の打ち合いに持ち込もうと強引に前に出てパンチを振った。これまで幾度となく相手を倒してきた左右の拳だったが、天心に決定打を入れることはできなかった。内山氏によると、「天心選手は距離感が抜群だった」という。

「プレッシャーをかけて打ち合いに持ち込みたい武尊選手に対して、天心選手はバックステップで距離を外したり、打ったあとに必ず動いて常に自分の距離を保っていました。ステップも速かったですね。武尊選手は自分の距離に持ち込めず、パンチが単発になって連打が出せませんでした」

 内山氏はさらに、「天心選手からクリンチする場面がありましたが、あれも武尊選手のパンチを封じる手段のひとつ。逆に言うと、それだけ武尊選手の連打が脅威だったとも言えます」と分析した。

 武尊も攻撃を受けながら笑顔で反撃に出るなど、お互いに"らしさ"を見せた濃厚な9分間。結果は、天心の判定勝利。

 キックボクシングを42戦全勝で終えた"神童"は、しばしの休息を経てボクシングの世界へ飛び込むことになる。その適正について内山氏は「ボクシングでも強いと思います。キックの試合であれだけボクシングの動きができるのはすごいこと。ボクシング特有の接近戦の戦い方を身につける必要はありますが、アジャストできる能力はあると思う。何より、プレッシャーのかかる大舞台で勝ちきってきた経験はとてつもなく大きい。ボクシングでも活躍する可能性は十分にあると思います」と太鼓判を押した。

「ありがとう」と「感謝」

 判定が読み上げられたあと、2人はリング上で抱き合って泣いた。7年分の思いと涙。武尊はその涙をぬぐいながらリングを降り、天心はリング上で「やったぞー!」と絶叫した。

 互いの背負うものが大きいほど、賭けるものが大きくなればなるほど、明と暗のコントラストは大きくなる。しかも今回は、リベンジのチャンスがない一度きりの大勝負だ。

 試合後、インタビュールームに現れた武尊は、数秒間の沈黙のあと、涙を滲ませながら声を絞り出した。

「この試合を実現させるために動いてくれた人たち、支えてくれた人たち、対戦相手の天心選手に心から感謝しています。僕を信じてついてきてくれたファンの人たちだったり、K-1ファイターだったり、ジムのみんなだったり、そういう人たちには心から申し訳ないなと思っています。以上です」

 そうして、インタビュールームを去る前に取材陣に一礼し、控室へと消えた。

 一方の天心は「武尊選手、ありがとう。武尊選手がいたから強くなれたし、キックを続けられた。マジで出会えてよかった。感謝しかないです」と語った。世紀の一戦を経て両雄が口にしたのは相手への「ありがとう」と「感謝」という言葉だった。

 7年間待ち望まれた夢の対決、世紀の一戦は完結した。最高のエンターテイメントを見せてくれた那須川天心と武尊の2人に、そしてこの日、東京ドームに集ったすべてのファイターたちに「ありがとう」の言葉を送りたい。