※この記事は2022年03月31日にBLOGOSで公開されたものです

3月9日に投票が行われた韓国大統領選挙で、尹錫悦氏が当選し5月に次期大統領に就任する。近年、歴史認識問題や元徴用工の訴訟問題などで溝があった日韓関係は今度どうなっていくのか。韓国政治の専門家であり、2022年に入り『韓国愛憎』と『誤解しないための日韓関係講義』の2冊の書籍を発表した神戸大学大学院教授の木村幹氏に話を聞いた。

昔の韓国はこうじゃなかったと思いたい感情

ー1月に『韓国愛憎』、3月に『誤解しないための日韓関係講義』が発行されました。前者は個人史として木村先生が見てきた韓国について、後者はデータを用い日韓関係について平易に解説されています。

『韓国愛憎』は版元の中央公論が提案してくれたアイデアで、僕本人としては55歳の人間の自叙伝に需要があるわけがないと考えていたんですけど、僕が見たこと感じたことを中心に書かれています。だから「間違えました」ということも多く出てきますよね。

もう一冊の『誤解しないための日韓関係講義』はデータやグラフを使って日韓関係について解説した内容で、講義の形でわかりやすくまとめました。この二冊に共通しているのは、できるだけわかりやすく書くこと、特に若い人にわかってほしいと考えながら書いたことです。

ーわかりやすく書く。

そう。日本社会はほとんど変わらないから、実感としてわかりにくいかもしれないけど、韓国にしろ他の国にしろ、どんどん変わっているんですよ、ということを伝えたいと思って。「僕らが若い頃は社会がどんどん変わっていた」と年配の人には説明するんですが、韓国の人たちはまだその段階にいると思うと日本人にとっても、わかりやすいですよね。

『韓国愛憎』は、僕が生まれた頃のことから書いています。高度成長期って今の日本の若い人には全く分からないと思うんですけど、そういう時代の話を書くことで、日本にもこんな風に生活がどんどん良くなっていく時代があったことが伝わります。あと、直接は書いてませんが、「これが今の中国や韓国の現実ですよ」という説明の材料になるようにしています。時代をずらして日本社会にもそういう時代があったと示すことで、韓国は変な社会ではなく、彼らは彼らなりの理屈がある、ということを当たり前に説明しようという工夫はありました。

ーこれまで、メディアなどで色々なコメントを求められてきたと思いますが、日本人の見たい韓国の姿というのは変わってきたと思いますか?

基本的にはあまり変わってないかな。家族じゃないけど、韓国には日本と同じようであってほしい、というのはすごく強いですよね。「韓国の裁判所はおかしい」「あの判断はおかしい」、と言う人は多いですけど、同じことを中国やサウジアラビア、ロシアに対しては言わないでしょう。

でも韓国に対してはおかしいと思う。日本と韓国は国が違うんですから、当然違う。だけど、韓国に対しては、何かしら同じであるはずだっていう思い込みとか期待とかがあるっていうのは、あまり変わってない。親子の比喩で僕がよく言うのは、親が「昔はこうじゃなかった」「お前は変わってしまった」っていうのは、昔親の言うことを聞いていたイメージがあるから、本来こうだって思ってるわけですよね。

でも自分が大きくなって、親は年だから「しっかりしてくれ」と思うこともある。それを伝えると親からするとかつて自分の言うことを聞いていた記憶があって、それが本来の姿だと思ってるから、「お前はこんなやつじゃなかった」みたいに言う。こういう距離感が日韓関係なんだろうなと思います。

ー親子の例えは『誤解しないための日韓関係講義』にも出てきますね。

韓国も変わることによってチャレンジできる国になっている。それをうまいこと日本側が受け止められていないのかなと。一方、『誤解しないための日韓関係講義』の最後は韓国の高齢化の話で締めているのは「この後同じ時代がくるよ」というメッセージなんです。

ステレオタイプが見えにくくする韓国のリアルな姿

ー『関係講義』では、繰り返し、ステレオタイプにとらわれていると今の韓国の正しい姿が見えないと繰り返し言われていますが、一方で韓国に対する日本人の見方が変わってきたと感じることはありますか?

基準をどこに取るかによるんですけど、コロナ禍以降で感じた変化があります。輸出管理措置の発動の頃までは、多くの人がどこかで「日本の力で韓国を変えさせることができる」と思っていたようでしたが、この認識が見事になくなったと思います。「韓国はほっとけばいいじゃないか」という声が目立つようになりましたが、これは自分たちでは韓国が変えられないということの裏返しとも言えます。

ステレオタイプであることは同じなんだけど、自分の力で変えようとすることに失敗した、というか。

ー同書では、現在では日本より韓国の方が一人当たりGDPといった指標で上にいる点にも触れられています。こうした事実は、韓国の人に自信を与えているのでしょうか。

数字にこだわるのは日本人ですよね。『誤解しないための日韓関係講義』でも説明していますが、韓国が平均賃金や一人当たりGDPで日本を抜いたのは去年の話じゃない。2015年~18年に起きた話です。でも、その時点では日本人は反応していなかったし、一方の韓国では賃金が上がりすぎたから競争で日本に負けるという議論をしていた。

日本は去年ごろからにわかに反応しだしました。それはコロナの閉塞感や、日本はこんなにダメだったということの比較として韓国が使われるようになった。少し前まではサムソンの製品がすごい、といった話だったけど、今回は誰もそういうことを言ってませんよね。「日本はこのままじゃ大変だ」みたいな。

ーなるほど、そうかもしれません。

これは日本の議論ですよね。野球で例えるなら、日本人にとって韓国というのはAクラスとBクラスの境目にいるチームで、韓国に負けるとAクラスから落ちていく、そんなイメージなんでしょう。韓国からすると、昔はAクラスにいる日本を抜こうと思っていたけど、いつの間にか自分たちはAクラスだって思うようになって、日本の位置はあまり気にしなくなった。だから韓国の変化というより、日本の焦りの話です。少し前の中国論、中国に抜かれる、という話と同じで日本側の話なんですよ。

日本の若者が見たい韓国は「K-POPが見せたい夢」

ー逆に言うと今の若い人たちは、日本が韓国の先を走っていたことを経験してないと思いますが、この世代もまた別のステレオタイプを持っていると感じますか。

それはありますよ。自分の信じたい韓国に合わせて、若い子だったら違うステレオタイプをも持っています。よく「先生、韓国は活気があって、若い人たちが活躍していますよね」ということを聞きますが、僕なんかは韓国の半分は田舎で、おじさんおばさんが支配する社会じゃないかと思います。

でも若い子の持つイメージはK-POPを通して見えるステレオタイプなんです。K-POPが見せたい夢、と言っていいかもしれませんね。若い人たちは若い人たちでステレオタイプを持っているし、逆に言えば彼らが知らない昔の韓国、例えばヨン様ブームは20年近く前の話ですが、この間の20年間に生まれたステレオタイプはまた別にあったでしょう。

ー視点を韓国の若い人たちに向けると、彼らの日本への関心はどう変化してきたと思いますか。小さくなっているんでしょうか。

日本全体に対する関心は小さくなっていますよね。日本を模範にして韓国が何かをしていこうという理解はなくなっている。ただ、彼らにとって日本は情報量の多い国だし、翻訳も容易で、外国への憧れのようなものもあります。

あるいは「日本は安定していていいよね」という言い方はしますよね。日本人からすると「え?」という感じもあるけど、「日本はのんびりしていていいよね」とか「就職ができていいよね」みたいな感じで。これは我々が古い先進国に持つような感情に近いのかなとも思います。やっぱり韓国はあくせくして、しんどい社会でもあるので。ネガティブに聞こえるかもしれないけど、それはそれで悪いことじゃないんと思いますよ。外国に自分の国にないものを求めるのは当たり前なのかなと。

ーああ、そういうイメージなんですね。

どちらかというと関心が薄れていくなかで、何かしらのステレオタイプを持つという感じなんじゃないですかね。例えば、日本の温泉や旅行には関心があるけど、日韓関係には関心がありません、慰安婦問題にも関心がありません、というような。

これだと「どう思いますか」と聞かれた時に「よくないと思います」と学校で習ったことをみんな口にするけれど、一方で「じゃあ湯布院に行ってきます」と旅行する。これは悪いことではないけど、日韓関係の問題は解決しませんよね。誰も問題だと思っていないから。

好奇心が高じてスパイ容疑で捕まっても「好奇心は大切」

ーこの二冊を手に取る人に、どんな風に読んでほしいですか?韓国をどんな風に見る手がかりになるでしょうか。

大事なのは考えることだというメッセージですかね。思い込みで物事を判断すると人はいつか間違える。社会はどんどん変わっていくし、例えば55歳の僕からすると、昔考えていたことはほとんど間違っていたし、かつて見た韓国は今、存在しない。繰り返し言っていますけど、間違えるのは自分の考えを修正できないままにするからです。

今の状況そのものを調べるのは簡単だけど、どういう風に変わっていくのかを見るのは、国を見る場合でも自分を見る場合でも簡単じゃない。自分自身が何を見てきたのか、どう歩んできたのか、そして自分の観察対象や関心を持っているものがどう変わってきたのか、なぜ変わってきたのかを考えることがすごく大事です。これが僕の一番のメッセージですね。

ー参考になります。

僕自身は試行錯誤できたし、考えることは新しいものが見えることにつながるからすごく楽しいことだというのがこの二冊に共通するテーマなのかもしれません。

ー若い人がこれから韓国と付き合う上で、ステレオタイプに陥らずに正しい姿を理解するためのアドバイスがあれば教えてください。

そうですね。一人一人違う韓国の見方があって当然だから、自分にとっての韓国がどんなものか、自分が韓国で何をしたいかを大事にすることじゃないでしょうか。

ステレオタイプに陥らないためには、好奇心を持っていろんなものを見ることですかね。『韓国愛憎』の中で、バックパッカーやったりデモを見たり、いろんな話が出てきますけど、いろんなものを見てみたほうがいいと思う。自分の予想と違うことがあった時に、なんで違うんだろうと考えることで、世の中の違ったところが見える。『韓国愛憎』にも「こうだと思ったけど違った」って繰り返し出てきますよね。僕の経験だと、予想と違ったところから新しい見方が生まれるわけです。日本の韓国研究者でスパイ容疑で突き出されたことがあるのは僕くらいだと思いますから(笑)それですら楽しかったですよ。

行き当たりばったりでも、ちょっとドアが開いてるから覗いてみよう、ということで知ることもある。やっぱり好奇心を持ってほしいですね。