日本よ、これが裁判だ!生中継、ケーブルテレビ、Youtube…ここまで進む世界の裁判事情 - おおたけまさよし
※この記事は2018年06月04日にBLOGOSで公開されたものです
テレビで生中継された朴槿恵元大統領の裁判
2018年4月6日、弾劾によって失職し巨額の収賄罪などに問われていた韓国の朴槿恵前大統領が、ソウル中央地裁から懲役24年の判決を下されました。
韓国初の女性大統領は収賄、職権乱用、強要などで有罪となり180億ウォン(約18億円)の罰金も科されたわけですが、この裁判は韓国の一審判決としては初となるテレビでの生中継が行われました。
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日本人の感覚からすると裁判の生中継というのは考えにくい話ですが、実は韓国で裁判を生中継したのはこれが初めてではありません。2013年3月21日に、韓国の大法院(最高裁判所)で裁判の様子をインターネットとKTV=韓国政策放送で生中継しました。
ベトナム出身の20代の女性が夫の同意や裁判所の許可を得ず、生後13ヶ月の子供をベトナムにある実家に連れ去った刑事事件が裁判に発展し、もう片方の親の同意についても裁判所の決定を待たずに子供を韓国国外に出国させた行為が未成年者略取罪または国外移送略取罪にあたるのかが争点でした。
なぜこの裁判が生中継の対象になったのか。その理由を知るために上記の刑事事件の内容を説明したいと思います。
実は当時、韓国では国際結婚が増えていました。特に多かったのが韓国人男性とアジア人女性との国際結婚。しかしその一方で国際結婚をした夫婦の離婚も増え、その結果親の同意なく片方の親が子供を国外に連れ出すケースが多くなっていました。
先ほどのベトナム人女性の件でいえば、韓国で生活をしていたベトナム人の妻と韓国人の夫が離婚をした後、妻が夫の同意なく、子供を故郷のベトナムへ連れて帰ったということです。
このようなに両親のどちらかが無断で子供を国外に連れていってしまった場合、ハーグ条約が適用されます。我が子を元の国に返還して、どちらが養育するかを決めるためのルールを定めた条約です。締結していない国もありますが、韓国は2013年に締結し発効をしていました。ちなみに日本はハーグ条約に2014年4月に加盟しています。
この裁判は、大法院長、弁護士、検察などによってハーグ条約をどのように解釈するのか1時間30分に渡って議論された様子が生中継されていました。視聴していた市民からは概ね好評だったそうです。
裁判中の法廷を生中継することについて韓国のヤン・スンテ大法院長は「かねてより放送を通じて裁判を公開し、公正で透明で開かれた裁判を確保し、司法に対する国民の信頼を高めていきたい」と話しています。
この裁判から5年後の2018年に、朴槿恵前大統領の裁判を中継することになる訳ですが、その前に今回の裁判を見越していたかのような、法律の改正がありました。
2017年7月、これまで被告の同意を必要としていた裁判の生中継が被告の同意がなくても裁判長が公共の利益にかなうと判断した場合、一審と二審の生中継が認められることになりました。
法律が改正される2ヶ月前の5月に朴前大統領が初公判に出廷していることを考えると、彼女の判決を見たいという世論の声が高く、裁判所がそれに応えた形なのだと思います。
アメリカの裁判中継専門チャンネル「CourtTV」
韓国の裁判事情をご紹介しましたが、世界に目を向けると裁判の模様を生中継している国は他にもあります。裁判が好きな国と言われる米国には、なんとケーブルテレビに裁判中継を専門とするチャンネル、その名も「CourtTV」があります。
Court=裁判所ということで、その名の通り裁判の模様を中継するというわけですが、有名なところではフットボールの元スター選手、O・J・シンプソン氏の事件があります。
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1994年、O・J・シンプソン氏は元妻とその友人を殺害した罪で起訴され、翌年に無罪が確定。容疑者であるシンプソン氏がアフリカ系米国人で、被害者が白人であったために人種問題も絡み、世界でも大きく取り上げられました。
裁判は全米で中継されて、評決の瞬間の視聴率は40%を超えたといいます。
米国のテレビはケーブルで配信するのが主流であり、ほとんどの家庭にはケーブルテレビが設置されています。ケーブルテレビの発達でチャンネル数が増えて放送する番組が足りなくなる中で裁判中継の専門チャンネル「CourtTV」が生まれたわけです。
視聴率50%!フィリピン元大統領の弾劾裁判
フィリピンにも事例があります。フィリピン全土に中継されたのはエストラーダ元大統領の弾劾裁判。エストラーダ氏は1998年から2001年まで大統領を務め、現在はフィリピンの首都マニラの市長を務めています。
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エストラーダ氏は2000年、大統領時代に違法賭博の収益金から4億ペソ(約10億円)の賄賂を受け取ったなど4件の疑惑で訴追されていました。
この4件とは「1998年8月から南イロコス州の知事から違法賭博の収益金を受け取った」「南イロコス州へのタバコ栽培への補助金1億3000万ペソ(約3億円)を着服した」「取り巻きの実業家による不正な株価操作への証券取引所の調査に圧力をかけたり、不透明な方法で豪邸を取得した」「憲法で兼職が禁止されている閣僚や政府高官に他の団体代表などの職務を兼任させた」です。
平日の午後2時から夜7時まで行われたこの裁判は、テレビとラジオで全国に中継され、フィリピンの大手テレビ局・GMAネットワークでは夜にも一部再放送が行われていました。
2時から7時までの5時間も中継していたことも驚かされますが、注目すべきはその視聴率。弾劾裁判が始まった最初の2日間、午後4時から夜8時までの視聴率は50%に達したといいます。
日本でいえば、NHK紅白歌合戦やサッカーのW杯並みの数字です。2017年に放送された第68回NHK紅白歌合戦の瞬間最高視聴率48.4%が引退を発表した安室奈美恵さんの出演シーンだったことを考えると、エストラーダ氏の弾劾裁判の注目度がいかに高かったのかがわかります。
フィリピンを代表するテレビ局ABS-CBNの調査によると、弾劾裁判を視聴していたのは男性よりも女性で、特に所得の低い40歳以上が多かったそうです。前述のGMAネットワークの調査でも女性が多く、20~39歳の低所得者層が視聴していました。
汚職、裏切り、愛人など、大統領を取り巻くまるで映画のような出来事。フィリピン国民は「ドラマを観るかのように裁判を楽しんでいた」と言われています。
しかしこうした状態にストップをかけたのがフィリピンの最高裁判所。2001年7月29日、「公務員弾劾裁判所での審理をテレビとラジオで生中継するのは認められない」と最高裁が生中継を禁じる判決を下しました。
これに異を唱えたのがペレス司法相(当時)で、「最高裁判決は国民にとって良くない。裁判中のやりとりを見るのは国民の権利」と述べました。
裁判の結果、生中継は認められないということになるのですが、判決文には「無罪を主張する被告が適切な審理を受ける権利は、憲法が定めた報道の自由に勝る。審理中のビデオ、写真は一切禁じる」とありました。報道の自由よりも被告の人権を重要視したというわけです。
ただし審理が始まる前の法廷内の様子、裁判官、原告・被告、弁護団の撮影は認められていて、「裁判の様子はノートを取るという古典的な方法で記録すること」と首席裁判官が話しています。
2000年に始まったこの裁判、判決が出たのは2007年9月と約7年間に渡って行われたもので、報じるマスコミはかなり食傷気味だったという記事も出ています。
ただ視聴者の関心は高く電話やメールでの問い合わせが多いため、放送を続けないと視聴者から苦情が来るという事情もありました。日本でもニュース番組が、連日同じような話題を放送することはあり、「もうみんな飽きてるよ」と思う反面、「視聴率が上がっているから止められない」という話を聞くことがあります。このあたりの事情は日本もフィリピンも変わらないようですね。
イギリスはYoutubeで裁判傍聴
お次は英国。600年以上に渡って議会上院が最高裁を兼ねていた英国ですが、2009年に議会とは独立した最高裁が誕生するとインターネットによる情報発信に力を入れ始めました。
ホームページに判決文を載せはじめ、2012年には公式ツイッターを開設。現在のフォロワー数は約24万人(※2018年5月23日時点)で、日本でいえば福山雅治さんの公式ファンクラブとほぼ同じフォロワー数です。
人口が違うので一概には言えませんが、英国の最高裁に注目している人の数は日本における福山雅治ファンぐらいいるわけですから、その注目度の高さは相当なものでしょう。
Twitterの使い方は判決の要点や裁判所の動きをツイートするだけでなく、イギリスのニュース専門局「スカイニュース」と連携して審理の様子をインターネットで生中継する試みも行なっています。
こうしたネット中継の成功がベースとなって、2013年から法廷で判決を言い渡す場面を動画サイト「YouTube」で配信するサービスを始めています。
判決が下された後すぐに、約5分間の動画がアップされるというもので裁判に至った経緯、背景、判決の中身・理由を裁判長が読み上げているシーンを視聴できます。
チャンネル登録者数は7,230人(※2018年5月23日時点)で、イギリスの人口が6600万人であることを考えると登録者数が多いとは言えませんが、こうした取り組みについて英国の最高裁判所は「法曹人の養成に役立ててもらうのと、特に若い世代に最高裁の役割を知ってもらう為」としています。
気になる裁判で判決が言い渡された様子をいつでも手軽に閲覧できるのは画期的な試みですよね。
実は日本の裁判所も撮影は可能だが…
韓国、フィリピン、英国の事例をお伝えしてきましたが我が国、日本はどうなのでしょうか。
ご存知の通り、裁判の様子は中継どころか写真などの静止画さえも公開されていません。法廷画家が描く絵のみです。
ただ法廷内を撮影することは可能です。日本新聞協会によれば法廷内のカメラによる取材は裁判所または裁判長が事件の内容などを考慮し、許可すれば可能となっています。
そこには細かなルールがありまして、撮影できるのはスチールカメラ1台及びビデオカメラ1台。撮影は新聞社、放送局、通信社で話し合いそれぞれ代表者1名しかできません。代表者が撮影したものをマスコミが共同で使用することが出来るというわけです。
それにしては裁判中の写真や映像を観た記憶がないように思いますが、それもそのはず。法廷内の撮影は裁判官の入廷が始まってからのみで、裁判官全員が着席した後に開廷宣告をする前の2分以内と決まっています。
被告人が裁判官から判決を下される模様はもちろん、開廷中の撮影は一切禁じられているというわけです。
日本の裁判の歴史を振り返ると、始めから撮影が禁止されていたわけではありません。日本でも終戦後しばらくの間は法廷内の写真撮影が自由に行われていました。
日本に生中継されていた裁判があった
しかしカメラによる取材で混乱が起こるケースが増えたこともありルールが改定され、さきほど説明したようなルールになりました。ところが調べてみると、テレビで法廷内の中継が認められたことがありました。
その裁判とは、1913年に名古屋市郊外で起きた強盗殺人事件、通称吉田巌窟王事件です。この事件は犯人とされた吉田石松氏が50年間無罪を主張続け、83才の時に名古屋高裁が無罪の判決を下しました。この事件の一連の裁判の中で1963年の再審判決公判がテレビで中継されたのです。
ただし裁判の様子がすべて中継されたわけではありません。この時中継されたのは“開廷した後の3分間”だけでした。現在は開廷前の2分なので、それを考えると吉田巌窟王事件の開廷後3分間のテレビ中継がいかに異例だったのかが分かります。
世界では裁判中の法廷内の様子を伝える国もありますが、2009年に始まった裁判員裁判制度も来年で10年目。国民の司法に対する考え方にも変化が出るなか、日本の裁判は今後どのような形になっていくのでしょうか。