※この記事は2015年05月30日にBLOGOSで公開されたものです

 まさかと思っていたが、本当にひどい事態が起こってしまった。
 厚生労働省が6月中旬から、飲食店などでの「豚の生レバー」の提供を禁止することを決定した。

 2012年の7月に牛の生レバーが禁止されたときに「まさか、豚の生レバーを食べだすやつはいないだろ」と笑っていたが、本当にいたらしい。
 「豚肉には火を通す」というのは常識だと思っていたし、そんなことをする人はいないから規制も必要ないと思っていたのだが、

 多くのメディアがこの件を伝える中で、毎日新聞の記事が気になった。
 『豚肉生食禁止:「生の方がおいしいのに」客から惜しむ声』(*1)と名付けられた記事では、豚のレバ刺しを提供している店が、いかに衛生に気をつけているかを紹介し、客の声として禁止を惜しむ声を掲載している。

 この記事の形はどこかで見たことがある。そう、まさに牛レバーが禁止された時に多くのメディアが報じたやり口と全く同じだ。
 かつて牛レバーを禁止した時に、大半のマスコミは「庶民の食文化を奪う、バカげた規制」であるかのように報じた。牛レバー規制の原因となった焼肉チェーン店の衛生管理がいかにずさんだったか、一方、牛レバーを出す街の名店の衛生管理がいかに優れているかを喧伝した。

 しかし、そうした報道は悲劇を生んだ。駆け込み需要と称したバカ騒ぎの中で、2012年の6月28日から30日の間だけで、牛レバー原因での食中毒が11件発生したと、朝日新聞が報じていた。(*2)

 これとは別に、中には詳細な感染経路は不明でありながらも、牛レバーを食べた70代の男性がO157に感染して死亡したという事故も起きている。(*3)

 しかも今回は生の豚肉だ。生の牛肉よりも危険性は高い。これまで豚の生肉を食べたことがない人も、こうした記事によって「規制される前に食べてみよう」と思えば、前回を上回る食中毒が発生し、多数の死者が出る可能性すらある。

 そんな悲劇を繰り返さないために、マスコミができることはなんだろうか?
 それは、問題の本質を理解し、それを元に報じることである。

 そもそも、牛レバーにせよ豚レバーにせよ、なぜ生食が禁止されるのか。それは牛や豚のレバーには、食中毒などの原因となる菌が生育されている時点からおり、生食として供する過程では殺菌する手段がないからである。厚生労働省も当然ながらこのことを強調して伝えている。

 それだけでも理解していれば「新鮮だから大丈夫」とか「ちゃんとしたプロが扱えば大丈夫」という言葉に、全く根拠が無いことが分かる。それが分かっていれば、このような「自称プロ」の言葉を中心に据えた記事を産み出すことの危険性に気づくはずなのだ。

 しかし当のマスコミは、前回の駆け込み食中毒を、自分たちの失態であるとは認識していない。そして、今回も牛レバーの時のような報道が繰り返されるだろう。そして何人かの人が食中毒にかかり、中には死ぬ人も出るだろう。

 もし、マスコミに良心があるのであれば、豚生レバーを食べることの危険性を正しく認識し、無事禁止されるまで、生食用の豚レバーを提供する店に利益を誘導するかような報道を控えてもらいたい。
 今からでも悲劇は防げるはずだ。

*1:豚肉生食禁止:「生の方がおいしいのに」客から惜しむ声(毎日新聞)
*2:生レバー駆け込み、食中毒11件 3日間で1年分超える(朝日新聞)(掲載期間切れにより、朝日新聞が正式に配信している記事は消えています)
*3:O157で男性死亡、千葉 禁止前のレバ刺し食べる(47NEWS)