映像制作者から見た。Netflixは脅威か? - 吉川圭三
※この記事は2015年05月18日にBLOGOSで公開されたものです
私は現在、IT企業で動画サービスを主に手掛けるドワンゴにてコンテンツの制作に従事している。それは日本テレビで30年近く番組の制作をしてきた。これから書くのはあくまで、そんな(プラットフォーム屋)ではなくコンテンツ制作屋からみた「Netflix論」である。例えていえば農業従事者から見た食品流通業者や農林省に対しての意見の様なものと聞いていただければ幸いである。
10数年前こんな言葉がアメリカで流行った。「where’s the beef?」(牛肉はどこにあるの?)というコピーで、米国ハンバーガチェーンのウェンディーズが他社のハンバーガーの牛肉の薄さをコケにしたCMの中に出てくる。この言葉は転じて「肝心なものはどこにある?」「中身が無いじゃない」の意味として取られ、長いだけで中身のない会議・議論・授業をバカにしたりして全米で流行した。
地上波・BS・CS・Netflix・Hulu・You Tube・ニコ動他、テレビが60年前に開局してから、映画というコンテンツは既にあったが、近年、爆発的にチャンネルやプラットフォームが出来た。しかしコンテンツの質は上がったのか?プラットフォームの独自性は確立されたのか?映画は日米とも質的には一時の隆盛・黄金時代は過ぎたと言われている。テレビも画期的なコンテンツをここ10年ぐらい生み出していない様な気がする。(もちろん地上波では「半沢直樹」「あまちゃん」の単発的ヒットはあったし、Netflixでは「ハウス・オブ・カーズ」というホワイトハウス内幕もののヒットはあった。) だから、心配性の私はこんなことを考える。「これだけ「お店」が増えたのに「魅力的商品」をプラットホームたちは陳列棚に並べることができるのか?」Netflixは背後には米国のハリウッドを含む強力なコンテンツメーカーである映画界・テレビ界を抱えていると言いながら、日本人のオバサンや子供やドラマ通まで多種多様なユーザーが釘付けになるものが大量各種、作れるのか?いくら定額制・低価格・タイムシフト視聴・タブレットで見れると喧伝しても「where‘s the beef?」という事にならないのか?
良質のコンテンツを作るのは旨い食い物を作るのと一緒で、A級グルメでもB級グルメでも最高・適切な材料と卓越した調理法がかかるのと同じ大変手間と知恵の必要な作業が必要だ。(もちろんアイデアだけ優れていて手間のかからないニコ動の『ゲーム実況』の様なものもあるが)
何とかアナリストとか大学研究者とかメディア分析家の「Netflix上陸の脅威論と楽観論」にはこの「どこから大量で良質のコンテンツをこのプラットフォームに並べるのか?」というコンテンツ論が足りない。総務省や経済産業省の支援も必要だし、もし大量のアニメーションを製作するなら、アニメーターの賃金を底上げし、アジアの国と協力するとか、日本のフィルムメーカー・テレビ制作者をどうするとか・・・課題は山積みだと思う。
テレビ番組「世界まる見え!テレビ特捜部」を20年以上やっていた私は世界中のテレビ局・プロダクション・映画会社を回って来た。だからNetflixのCEOが興奮気味に言っている「テレビ20年寿命説」がある意味、茶番に聞こえる。世界には「面白い映像コンテンツ文化がある国」と「面白いコンテンツ文化が全くない国」がある。例えばオランダのテレビは滅法面白いが、ドイツは全く駄目だ。また何とテレビ好きの国もあるしテレビ嫌いの国もある。イギリス人は今でも夜8時に家に帰ってソファでテレビを見ているし、香港人は映画は好きだがテレビはあまり見ない。歴史・風土・環境・言語・文化・視聴環境でコンテンツの見方や質は激変するのだ。
一方、日本はテレビ好きの国民だ。たしかにこの「Netflix上陸」によって地上波は良い意味で危機感を与られえ地上波が『本気』を出してくれたらよいと思うが、ユーザーや視聴者に対し映像過剰供給国である日本で商売するのは正直大変だと思う。そして全ての国がNetflixを欲しているわけではない。CEOの論理を突き詰めていくと英米製作大予算コンテンツが大規模に世界中に流通することになる。スターバックスやマックやコストコの様に。でもこの「映像のグローバリズム化」がユーザーに必ずしも歓迎されるわけではない。スターバックスのアイスモカフラペチーノよりも紅茶専門店のセイロンティーが好きな人もいる。日本は単一民族だが、嗜好が細部に分かれていて極めて厄介な国なのだ。宗教も八百万の神の国で一神教ではないわけだし。価値観も多様化しているし。
もちろんNetflixはローカルコンテンツも制作するらしいが、その企画決定システムやクオリティチェックは誰がやるのか?素人には出来ないと思うが。外資だから米国大学でMBAとか取って中途半端に海外のテレビ局で働いていた人間達を雇ったとしてそんなことが簡単にできるのか?例えばアニメーターの庵野秀明氏と企画の打ち合わせができるのか?
確かに、視聴方法は大幅に変化するのは間違いない。DVDレンタルは危機に瀕しストリーミング視聴もスマホ視聴もタブレット視聴も増えるだろう。ただしスポーツ・報道・情報番組以外は地上波のタイムテーブルに合わせた視聴は減り、録画やオンデマンドが増えるだろう。
ただ、ニコ動で働いて思うのは「生放送の威力」である。ネット時代に「双方向生放送が隆盛」を誇っているのだ。地上波も必殺の「生放送」をもっと駆使したらどうだろうとも思う。(もちろんコンプライアンスをどうするかという問題があるが。)
もちろんNetflixのCEOは生放送なんか考えていないだろうがなあ。元々レンタルビデオ屋さんだから。でもある日突然、Netflixの人がやってきて「吉川さん世界中で放送されるし、金に糸目は付けないし、放送コードも無視していいから好きなもの作ってくれ。」と言われたらグラッと来るかもしれないな~。まあ来ないでしょうが。(笑) (了)