カワサキの140万円の新型バイクが「5000キロ走行、200万円」でも飛ぶように売れるワケ
■バイクメーカーはこぞって業績を上方修正
今、国内のバイク市場が盛り上がっている。YouTubeを筆頭とする動画メディアではしばしば有名人の愛車が紹介され、バイクの高価買取をうたうCMを目にする機会も多い。高速道路のサービスエリアや道の駅に集うライダーの数は明らかに増加傾向にあり、国内外の多くのメーカーが2021年の好調な業績を報告、あるいはその見通しに上方修正を加えている。
軽2輪(125cc超〜250cc以下)と小型2輪(25
それぞれの節目になにがあったのか? 要因はひとつではないものの、時折登場したエポックメイキングなモデルの影響は大きい。例えば、スポーツバイクと言えば650ccの2気筒がせいぜいだった時代に、それまでに類を見ない750cc4気筒で世界を席巻したホンダ・CB750FOUR(1969年)、レーシングマシンの技術を公道へ落とし込み、「レーサーレプリカ」という概念を作り出したヤマハ・RZ250(1980年)などが象徴的な存在だ。それらがライダー人口の増加に貢献し、80年代中盤に訪れた空前のバイクブームへと繋がったのである。
その一方、二度にわたるオイルショック(1973年/79年)、中型免許制度の導入(1975年)、行き過ぎたスペック競争に対する疲弊、バブル経済の崩壊、馬力規制、排ガス規制といった問題が足かせとなり、1988年のピークを境に生産は徐々に減少。極め付きは2008年に起こったリーマンショックで、2011年になると新車販売台数は9万2245台にまで落ち込んだ。2輪界は防戦もままならず、ニューモデルのカタログ落ち、小中規模ショップの廃業、専門誌の休刊も相次ぐことになった。
■プレミアム性のあるバイクの価格上昇は自然だが…
ただし、2012年からは徐々に回復の兆しを見せ始め、とりわけ軽2輪は堅調だ。国内向け、東南アジア向け、インド向け、欧州向け、北米向けと多種多様だったモデル構成の整理が進み、生産拠点も含めてグローバルな市場を形成。125cc〜350cc前後の排気量帯に魅力的なスポーツバイクが投下され、ガラパゴス化が著しかった日本市場へも積極的に導入され始めた。
実際、126cc以上の新車販売台数は2020年の段階で14万1771台まで回復している。どん底だった2011年を基準にすれば54%増であり、原付2種(51cc〜125cc)の好調も相まってバイクブーム再燃と言える状況にある。この流れが潜在的な需要を刺激し、新車がさらに売れ、やがてそれらがリーズナブルな中古車市場を形成……という循環が理想だが、かなりいびつな現象が起きている。それが中古車価格の異常な高騰だ。
70年代を彩ったホンダ・CB750FOURやカワサキZ1(1972年)には1000万円を超える個体があり、カワサキ・Z400FX(1979年)やホンダ・CBX400F(1981年)といった400ccクラスのモデルも300万円前後で推移。その影響は世代の異なるレーサーレプリカやネイキッドと呼ばれる種類のバイクにも波及しており、80年代から90年代にかけて大きなムーブメントになったホンダ・NSR250R、アンチレプリカの急先鋒としてそれを駆逐したカワサキゼファーなどは、良好なコンディションであれば200万円を下回ることはない。
もっとも、こうしたモデルは短くとも三十数年、長ければ半世紀の時を経て、維持されてきた車体だ。しかるべき手間とコストが掛けられていることを踏まえれば、一定の価格に達するのは致し方なく、プレミアム性も確かにある。そこまでは許容範囲としても、ごく普通に流通するはずの現行モデルが極端な品薄状態にあり、その反動として同じ型の中古車や新古車が、新車より高値で店頭に並んでいるのは正常ではない。
■コロナの長期化で納車の見通しが立たないのが原因
最大の要因は、新型コロナウイルスの長期化だ。自動車産業同様、2輪メーカーも例外なく生産性が悪化。国内4メーカー(ホンダ・ヤマハ・カワサキ・スズキ)はインドのほか、タイ、インドネシア、マレーシアといったASEAN諸国にも生産工場を構えているため、労働力の分散や周辺地域のロックダウンの影響を免れることはできない。
また、生産ラインが動かせる状況にあっても、半導体やサプライヤーからのパーツ供給に遅延が生じ、たとえ完成しても今度は各国へ輸送するための船便の確保が難しい……と、どこまでも負のスパイラルが続く。程度の差こそあれ、国内工場でもこの状況は変わらない。4輪用パーツと並行して2輪用パーツも手掛けている下請け工場の場合、4輪メーカーから減産指示があれば、作業効率とコストの観点から2輪のラインもストップせざるを得ないのが実情だ。4輪の縮小分をすぐに2輪でリカバーできるほど小回りの利く環境ではない。
結果的に供給が追い付かず、納車まで1年待ちどころか、見通しが立たないことを理由に早い段階で受注が打ち切られる場合もある。そういう飢餓感の中で育ったニーズが、目の前の中古車市場に向けられれば競争が巻き起こり、価格が上昇方向に働くのは自然と言えば自然だ。「新車を注文してもいつ手に入るか分からないのなら、数十万円を上乗せしてでもすぐに欲しい」と旅行やレジャーがままならなくなった分の予算を余剰金として投下できる層は多く、それが新車と中古車価格の逆転を生み出している。
■140万円→200万円、85万円→100万円のバイクも
とはいえ、国内の2輪生産キャパシティ全体はそれほど低下していない。コロナ禍の中、国内メーカーとて無策で手をこまねいているわけもなく、可能な限り生産体制を強化している。直近3年の国内出荷台数(126cc以上)の推移を見ると、9万3718台(2019年)、10万4193台(2020年)という実績を残し、2021年は8月末時点で8万1229台に達するなど、着実にデリバリーは進んでいるのだ。それでもなお、新車不足と言われるのは一部の人気車種に受注が集中していることと、それが想定以上の数字になっていることを意味し、あきらめられないユーザーのニーズが中古車の適正価格を有って無いものにしている。
顕著なのはカワサキ・Z900RSで、2017年12月の発売以来、世代を問わず高い人気を維持している。新車のメーカー希望小売価格が138万6000円であるのに対し、全国のショップを網羅する大手検索サイトで調べてみると、180万〜200万円の値付けで店頭に並べているショップが珍しくない。5000キロ以上の走行距離を重ねた中古車は15〜20%ほど価格が下がるのだが、それが新車の1.3〜1.4倍ほどもするのだ。
Z900RSは往年の名車「Z1」をモチーフに持つとはいえ、プレミアムな限定モデルではなく、特別抜きん出たスペックや装備が与えられているわけでもない。ごく一般的な量産市販車の一台だが、デザインの巧みさと上質なサウンド、軽やかなハンドリングが広く評価された格好だ。
他にも、84万7000円のカワサキ・Ninja ZX-25Rに100万〜105万円、原付2種(51cc〜125cc)では、44万円のホンダ・CT125ハンターカブに55万〜60万円の売価が設定されるなど、似たようなケースが散見される。
無いと言われれば欲しくなり、欲しい人が重なれば価格が上がる。ごくシンプルな市場原理とはいえ、待てばやがて手に入り、正規ディーラーの新車なら少なくとも定価を超えて販売されることはない。やや冷静さを欠いている感は否めず、普通ではないこの状態が長く続くとも思えない。波が引くように1年ほどの間に沈静化するのでは、と予想する。裏を返せば、短期的には今がバイクの売り時でもある。
■バイクアニメやSNSの影響で免許取得者もどんどん増加
いずれにしても、2輪界の人気が全体的に底上げされているのは事実だ。密を避けながら移動できる手段としてバイクにスポットが当たり、もともと相性がよかったキャンプブームや釣りブームとマッチ。そこに芸能人やアナウンサーの動画配信、SNSを介した伝播、『ゆるキャン△』や『スーパーカブ』といったアニメ(漫画も含む)の影響、さらにはレンタルサービスの充実といった要素が加わり、手軽な趣味として幅広い世代に浸透している。
免許人口にもそれは表れている。警察庁によると、普通自動2輪と大型自動2輪の新規取得者の合計は、21万2950名(2018年)、22万2365名(2019年)、24万4212名(2020年)と増加している。いざ教習所へ入校しようとしても数カ月待ちが珍しくなく、実技や検定の予約がなかなか取れないといった新たな問題が発生しているものの、エントリーユーザーの拡大は着実に進んでいる。
■電動化が囁かれる世界で膨らむ「今しかない」という思い
さて、現行モデルの新車よりもその中古車や新古車の方が高いという事実はその通りなのだが、既述の通りすべてに当てはまっているわけではない。限定的な事象ながら、「今しかない」「もう手に入らないかも」というユーザーの焦燥感に、効率よく利益を出したいショップの思惑が重なった不健全な形だ。
この焦燥感は電動化への不安という別の形でも露呈している。4輪界ではハイブリッド、マイルドハイブリッド、プラグインハイブリッド、バッテリーEV、水素燃料電池といった具合にガソリンの代替ユニットが段階的に広がり、さまざまな選択肢が提示されてきた。
ところが国内の2輪界に目立った動きはなく、にもかかわらず「東京都内では2035年までに純ガソリンエンジンのバイク販売をゼロにする」「2050年までにバイクの90%を電動化」といった発言が聞こえてくるようになった。インフラも法整備も整っておらず、実用的な代替ユニットを持つバイクも一般化していないという現実が置き去りにされ、脱炭素社会の実現に向けて風向きだけが変わろうとしているのだ。
コミューターの世界は別として、現時点で電動化への具体性や実態が伴っている状況ではないが、ライダーの不安が煽られたのは事実だ。バイクの多くは、社会的な必要性や実用性よりも一個人の趣味心を満たすために存在している。プリミティブで非効率な乗り物だからこそ乗り続けているというライダーにとって一足飛びの電動化は受け入れ難く、時代への抵抗感と旧車ブームは決して無関係ではない。
現行モデルでは、43年の歴史を持つヤマハの空冷単気筒SR400の生産(一部海外向けは継続)が終了した。最終モデルは争奪戦の様相を呈し、74万8000円のファイナルリミテッドエディションには倍以上の価格で流通。その根底にあるのは、やはり「今しかない」という思いだ。
このように時代をとどめようとする意志は、ユーザーのみならず、実はメーカーからも感じられる。スズキの新型ハヤブサを手掛けたエンジニアは「10万kmでも20万kmでも、いや50万kmでも乗ってほしい」と真剣に語り、BMWは排ガスや音量の問題で年々淘汰が進み、決して効率的とは呼べない大排気量の空冷エンジンをあえて新規開発してR18に搭載した。そこからは、やがてやってくる電動という未来を前に、「どうか今のうちに純粋な内燃機関を手に入れ、その燃焼を末長く堪能してください」というメッセージが伝わってくる。
■排ガス規制でバイク価格はますます高くなるだろう
1998年、欧州で始まった排ガス規制ユーロ1は、その後段階的に基準が強化され、現在はユーロ5まで進んでいる。日本の規制も基本的にこれにのっとったもので、近い将来ユーロ6が適用されれば、それをクリアするための技術とコストは相当高くなりそうだ。結果、新車は本来のスペックを大幅にそがれ、だからと言ってすぐに電動へシフトできない鬱屈とした状況下で起こり得るのは、さらなる中古車の高騰だ。骨抜きにされた新車よりもハイスペックな中古車に注目が集まってもなんら不思議はない。
では、ユーロ5までのバイクならいつまでも大手を振って楽しめるかと言えば、そうとも限らない。乗る楽しみが即奪われるようなことはなくとも、快楽性に富むエンジンに対して「ガソリンを遠慮なく燃やして地球温暖化を促進させる社会悪」という印象が広がっていく可能性は十分にある。愛煙家を取り巻く環境がどんどん締め付けられているのにも似ていて、ライダーはそれと同質の肩身の狭さを強いられるかもしれない。
新車や中古車を取り巻く現在の異常なまでの価格高騰はしばらくすると落ち着くだろう。しかしながら、長期的に見れば今後のバイクの価格は高くなる条件こそあれ、安くなる要素はほとんど見当たらない。コロナ禍の中で起こっている今の現象は突発的なものにすぎず、本当の大きな変革はこれからやって来るに違いない。
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伊丹 孝裕(いたみ・たかひろ)
モータージャーナリスト
1971年、京都府生まれ。1999年、ネコパブリッシング入社。社長秘書を経て、2輪専門誌『クラブマン』へ異動。編集長を務めた後、2007年に退社。以降はフリーランスのモータージャーナリストとして、2輪メディアを主体に記事を執筆している。また、レーシングライダーとしても活動し、これまで鈴鹿8時間耐久ロードレース、マン島TT、パイクスピークインターナショナルヒルクライムといった国内外のレースに参戦してきた。
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(モータージャーナリスト 伊丹 孝裕)