「排他的な視線は必ず自分たちに返ってくる」 日本で生きる「クルド青年」の厳しい現実を追った映画監督が伝えたいこと
中東のクルディスタンと呼ばれる山岳地域で暮らしている「クルド人」。国を持たない最大の民族と呼ばれ、主に居住するトルコやイラクなどでは、少数派であるがゆえに差別、弾圧、迫害を受けてきた歴史がある。
そんなクルド人は現在、約2000人が日本で暮らしていると言われる。彼、彼女たちは日本でどのように生きているのか。
日向史有監督の長編ドキュメンタリー『東京クルド』は、故郷での迫害を逃れ、家族とともに幼少期に日本に逃れてきたトルコ系クルド人青年、オザンとラマザンの日常を丹念に描いてゆく。
一時的に拘束を解かれる「仮放免」を延長するため、1ー3カ月に1度入管へ出頭が義務づけられていること。その立場への無理解がゆえ、専門学校への入学許可が下りないこと。国がかたくなに就労を認めない中、いつ収容されるかわからない不安と背中合わせで、生きるために働いていること・・・。
映画はみずからの立場を知ることにより、彼らが直面せざるを得ない理不尽すぎる厳しい現実をまざまざと伝える。
5年間にわたって、二人とその家族を追い続けてきた日向さんに、入管法改正案は阻止されたものの、今もほとんど変わらない彼らを取り巻く状況や、映画を通じて伝えたいことを聞いた。(取材・文/塚田恭子)
●「ISと戦いたい、日本にいても希望がないから」
2015年から取材を始め、2017年にショートフィルム(20分)として、2018年にはテレビ版(30分)として、『東京クルド』を製作してきた日向さん。
「2015年はシリア紛争に端を発した欧州の難民危機があって、国境沿いを長蛇の列をなして歩く人々や、危険を逃れようとぎゅうぎゅう詰めの船に乗っている人々の姿がテレビでも報道されていました。
日本にも難民と呼ばれる人がいることは知っていたので、彼らがどのように暮らし、何を感じ、どんな思いで生きているか。映像のその先を知りたいと思い、NPOの方たちに話を聞かせてもらい、勉強していく中で、日本クルド文化協会に行き着きました」
埼玉県のJR蕨(わらび)駅近くの雑居ビル内にある日本クルド文化協会に毎週のように足を運び、クルドの青年たちと会話を交わすようになった日向さんは、そこで少なからぬ若者がこう口にするのを耳にしたという。
"トルコやシリアに渡り、戦地でIS(過激派組織のイスラム国)と戦いたい"
「迫害を逃れて平和な日本に来た彼らがそう話すことに僕は驚き、ショックを受けました。当時、世界で悪と見なされていたISと最前線で戦っていたのがクルド人で、アメリカは彼らに武器を提供し、ヨーロッパでもその行動が称賛されるなど、クルドの人びとは英雄視されていたんです。
これまで彼らが世界から称賛を受けたことなどなかったから、日本にいるクルド人も、現地で戦う人たちに憧れや誇りを持ったのでしょう。ただ"ISと戦いたい"に続くのは、"日本で生きていても希望がないから"という言葉だったんです。日本にいる彼らをそこまで追い詰めているものは何なのか。それを知りたいというのが、この映画を撮るきっかけでした」
●日本で育った"第二世代"の若者たち
1990年代、迫害を逃れて来日した親たちは第一世代。状況もわからないまま、幼少期に家族とともに日本に来た彼らは"第二世代"と呼んでよいだろう。
「第一世代は自分の意思で逃れてきているので、日本での苦労にも耐えて生き抜こうという気持ちがあります。それに対して、小・中・高と日本で教育を受けて育っている第二世代には、日本の子どもたちと同じように、何をしたい、何になりたいと、将来への期待があります。
でも、年齢が上がるにつれ、正規の在留資格がないという自分の立場を突きつけられる出来事に直面するので、そのこととどう向き合っていくか、彼らは考えていると思います」
流暢な日本語を話すクルドの青年、ラマザンとオザン。冒頭、ボウリングに興じる彼らの楽しげな姿から一転、映画は2015年10月におこなわれたトルコ総選挙の在外投票の場でトルコ人とクルド人が激しく対立する暴動シーンへ。
その3日後、日本クルド文化協会で開かれた記者会見へと移る。彼らに同じ質問を繰り返す記者に対して、冷静な口調で騒動を説明するのがラマザンだ。
「記者会見でのラマザンの毅然とした態度は強く印象に残っていたのでちゃんと話をしたいと思って、連絡を取りました。その後、日本クルド文化協会の人に何人か若者を紹介してもらう中で出会ったのがオザンです。
エネルギーに満ち溢れているのにどこか物悲しげで、自分の居場所はどこにあるかと葛藤しつつ、光を浴びる場所に行きたいという夢を持っている。抜群に魅力的な彼に、心を鷲掴みされました」
●理不尽な現実をたんたんと映し出す
当人から聞くまで日向さんも知らなかったそうだが、トルコにいるときから幼馴染だった二人。通訳を目指し勉強を続けるラマザンと、高校を中退し父親とともに家計を支えるオザン。性格も目指すところもまるで対照的ながら、映像からは、二人の親しさが伝わってくる。
「仲間と集まって行動するタイプではないオザンにとって、ラマザンは絶対的な存在というか。撮影中も対照的な二人だと思ってはいましたが、彼らが友人だったことも含め、このコントラストは本当に偶然でした」
仮放免という立場への(社会の)無理解さがゆえ、語学の専門学校への入学を断られ続けるラマザン。ラマザンに背中を後押しされ、面接に行った芸能事務所で話は順調に進んだものの、仮放免という自身の立場を伝えると、事務所の空気が変わり、ダメ元で確認に行った東京入管で"就業は認められない"と言われてしまうオザン。
日本人と変わらない教育を受けながら、専門学校への入学や就労が認められないこと、その理不尽な現実を映画はたんたんと映し出す。
「入管の出頭日に同行して、今後の予定を聞いて"それを撮ってもいい?"と。撮影はそんな感じで進めました。ラマザンについては英会話の授業、自動車大学校のオープンキャンパスや入学式など、見返すと、予定が決められているイベント的なシーンが多いですね。
オザンのシーンは、撮影の予定をかっちり決めませんでしたが、彼が何気なく語ってくれたことをきっかけに別の場所に足を運んで、カメラを回したり。彼の気分や気持ちに応じて撮っていた感じです」
●収容者の人間性が壊されてゆくのを目の当たりに
日向さんが二人の撮影を始めた当初、入管職員は出頭した彼らに対して嫌味を言う程度だった。だが、2019年ごろからは"捕まることや、強制送還も覚悟するように"という言葉になるなど、仮放免者への入管の態度が厳しくなったことは"肌で感じていた"と日向さんは言う。
映画では、東京入管に収容されたラマザンの叔父メメットさんが体調を崩し、家族が救急車を呼ぶものの、入管がメメットさんの搬送を拒否し、救急車がそのまま帰るという事件も映されている。
このシーンを見れば、少なからぬ人は、今年3月に亡くなったスリランカ出身のウィシュマさんの事件を思い出すだろう。
「ウィシュマさんのことは本当に痛ましい事件ですけど、正直、今までどれだけの人が収容施設内で亡くなっているか。映画の中でオザンが"最近、結婚したばかりで"と僕に紹介し、"自分は1年2カ月ここにいたよ"と話していた彼の従兄はその後、ふたたび8カ月ほど収容され、施設内で自殺未遂を起こしています。
鉛筆削りを壊して取り出した刃で、自分の身体を10数カ所も傷つけたのは、いつ出られるかわからない不安からでしょう。メメットさんの収容期間中、一時期、僕は週に3、4回、彼に面会に行っていたんです。
普段のメメットさんは優しくて温厚で知的だけれど、救急車事件後は、気分の浮き沈みがどんどん激しくなって、僕に向かって泣いたり、怒鳴ったりすることもあって。本当にあの施設内では、人間が壊されていくことをすごく感じました」
収容者の人間性が壊されてゆくのを目の当たりにし、何とか現状を伝えようという思いで映像をつくってきた日向さんは、いったん廃案となったものの、難民を保護ではなく、排除の方向で解決しようとする入管法の改定案に心がへし折られたと話す。
「もちろん誰よりつらいのは収容されている本人と家族ですが、入管でメメットさんと面会したことは僕の心にもずっと残っていて。それまで仮放免が認められていたのに、理由を伝えることなく収容され、それがいつまで続くかわからない。この状況は本当におかしいし、変えるべきことだと思います」
●「この現実を見てください、と言いたい」
映画では、入管庁や職員は、彼らの未来を阻む敵のように見えるかもしれない。ただ、日向さんは職員を責めたいわけではないという。
「メメットさんによくしてくれる職員の方もいるにはいたんです。オザンに向かって"帰ればいいんだよ。ほかの国に行ってよ、ほかの国へ"というように、入管職員が差別的な発言をするのは、国や政府の方針に即して業務をしているからで、それは公務員としての"お仕事"なんです。そして国の方針を決めるうえで大きく影響するのは、国民の意見や空気なのだと思います」
日向さんが語るように、すでに各分野で多くの外国人が就労しているにも関わらず、不良外人や難民を受け入れるべきじゃないという声は、今も日本では少なくない。
「不法滞在者という言葉は、すごく強い負の印象を与えます。でも結果的に不法就労をして捕まった人の就労先を見ると、1位が農業、2位が建設業、3位が製造工場なんです。彼らを不法滞在と呼んで厳しい目を向ける人には、"この現実を見てください"と言いたいですね。人の善良さは在留資格によって決まるものではありません。外国人に対して向けた排他的な視線や仕打ちは、必ず自分たちに返ってくるのではないでしょうか」
●入管行政の問題点を浮かび上がらせる
日本で教育を受けた若い世代に目を向けることで、在留資格や就労のことなど、入管行政の問題点をあらためて浮かび上がらせた『東京クルド』。
「映画が公開されることで、彼らが不利益を被るかもしれないリスクについては(彼らを)出すと決めたあとも、僕自身、不安を持っているし、ずっと悩んでいます。もちろん本人の承諾が絶対ですが、リスクを最大限回避することは映画の上映に当たって大前提で、弁護士の方にもいろいろ確認しました。
当初18歳だったオザンを映すことについては、本人だけでなく、両親の許可も得ているし、成人時など、収容リスクが高まることがあるときは必ず本人の意思を確認してきました。ただ、これは僕の勝手な解釈かもしれませんが、オザンはリスクを回避するよりも、ありのままの自分を映し出されることに価値があると感じていたのではないかと思うんです。
オザンの夢はタレントになることで、彼は光の当たる舞台に出たい、誰かに自分を認めてもらいたいという気持ちを強く持っていました。テレビ放映を見た人から励まされたり、"イケメンだね"と褒められたり(笑)。そういう他者に認められた記憶、その体験は彼にとって大切なことだったのではないかと思っています」
クルド民族という大きな主語ではなく、みずからを主語に、置かれた状況について率直に思いを語り、行動する。そんな二人の姿が、多くの人が現行の法律の矛盾について考える契機になってほしいと心から思う。
今も二人と連絡を取っているという日向さん。「ラマザンとオザンには、自分の夢を叶え、未来を掴んでほしいです。彼らの結婚式にも出たいし(笑)、これからも二人を見続けたいと思っています」
【プロフィール】日向史有(ひゅうが・ふみあり) 1980年、東京都出身。2006年、ドキュメンタリー・ジャパンに入社。在日シリア難民の家族を記録した『となりのシリア人』、『村本大輔はなぜテレビから消えたのか?』などを監督。長編ドキュメンタリー『東京クルド』は7月10日からシアター・イメージフォーラムほかにて順次公開。 http://www.tokyokurds.jp/