愛し合っているのに、セックスレスを貫いている夫婦がいる。なぜセックスを避けているのか。フリーライターの亀山早苗さんが2組の夫婦を取材した――。
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■旅館で同じ部屋に泊まっても、手さえにぎらない関係

厚生労働省の「令和元年 人口動態統計」によると、人口1000人に対する婚姻率は、2001年に6.4だったものがその後徐々に減少、2016年の5.0を最後に4点台後半を続けている。人口の減少、婚姻に対する価値観の変遷、さらには経済的な問題などさまざまな原因が考えられるが、一方で事実婚や同棲、恋愛形態の維持など「結婚にとらわれなくなった」人が増えているともいえるだろう。

そして結婚生活の内容についても、最近は変化が訪れていると実感する。夫婦のセックスレスが話題になって久しいが、今はむしろ「セックスレスでもいい」という20代、30代が増加している。実際、結婚前も結婚後も一度も性行為のない夫婦、結婚前は多少あったが結婚後はまったくない夫婦も珍しくない。結婚してすぐに妊娠、その後は一度もないという人もいる。

セックスレスはお互いが納得していればそれでいい話だ。そういう夫婦は案外、日常生活では仲がよかったりもする。

レイコさん(34歳・仮名=以下同)は、29歳のときに同僚のダイスケさんと婚姻届を出した。

「同期入社の彼とは、ずっといい友だちだったんです。飲んで彼の部屋に泊まったこともありますが、男女の関係はまったくない。彼が温泉に行きたいと言い、旅館にひとりでは泊まりづらいと言うから一緒に一泊したこともあります。それでも手さえにぎらない関係(笑)。女友だちには変な関係だと言われてきましたが、私たちふたりはそれでよかったんです」

大事な親友だった。家族的な親密さも感じていた。だからこそ、男女の関係にはなりたくなかったのだ。ふたりとも、「恋愛エネルギーが低かった」せいもあるかもしれないとレイコさんは言う。

■たった一度の「壊れてしまった夜」

「ところがなぜかふたりして、“壊れてしまった夜”があったんです。彼は会社で先輩のミスを押しつけられ、その理不尽さに体を震わせていた。私もその話は別の同僚から聞いて頭にきていたので、彼を励まそうとみんなで飲みに行ったんです。最後、彼と私だけ残って、愚痴りながら飲んでいるうちに、彼のことがとても愛しく思えてきて。彼の部屋に泊めてもらったんですが、その日だけは妙な雰囲気になって、ついに一線を越えたんです」

翌日からぎくしゃくするかと思いきや、レイコさんの気持ちはまったく変化がなかった。彼も前と同じように淡々と接してくる。彼とのセックスがよくなかったわけではない。安心感もあったし、最高の夜だとも思えた。だが、ふたりは再び元の関係に自然と戻っていった。

写真=iStock.com/AntonioGuillem
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■「結婚という手法が便利」と考え婚姻届を提出

「ただひとつ、誤算だったのは私が妊娠したことでした。仕事に支障があるかもしれないけど、私は産もうと思った。動揺はなかったですね。彼を呼び出していつものように食事をしながら、『私、妊娠したから生むね』と言ったんです。すると彼は『オレにも子育てさせてよ』と。うん、わかった。そんな会話でした。変ですよね。自分でも変だなと今になると思うけど、そのときは彼との会話が心地よくて、じゃあ、一緒に育ててみるかという感じ」

ふたりで育てるなら結婚という手法をとったほうが便利だよねということになり、婚姻届を出した。社内では、長いこと仲が良かったふたりがやっと結婚したか、とみんなに安心されたという。

「祝福されたのはうれしかったけど、彼も私もパーティーひとつやる気がなくて。でもそれでは周りの人に申し訳ないということで、レストランを借りて土曜の午後に簡単なティーパーティーをしました。お祝いは辞退、私たちが親しくしている人たちにお礼をする会として、完全にご招待。帰りにはおいしいお菓子をほんの少しだけ持って帰ってもらった。時間も2時間弱。来てくれる人の負担にならない会にしたかった」

ふたりの人間性なのだろう。その簡素だが楽しいパーティーは、今でも親しい友人たちの間で語り草になっているという。

■性行為はないが一緒にお風呂に入る

共働きの生活が始まったが、基本的に自分のことは自分でやる習性がついているので、家事分担などでもめることはなかった。レイコさんは出産後、8カ月ほどで仕事に復帰、それ以来、あうんの呼吸で夫と協力しながら家庭も仕事もうまく回している。

「いまだにダイスケのことを“夫”と公には言いづらい。それくらい“夫婦”という感覚がないんですよね。彼は彼、私は私。ふたりともそんな感じで、そこに誰よりも大事な娘がいる。家族だとはわかっているんですが、私にとっては、彼と私と娘。それぞれひとりの人間が縁あって一緒に暮らしている。娘のことはダイスケと一緒に命がけで守りたい。それだけですね」

ダイスケさんとは、同期として知り合って12年、結婚してから5年たつのだが、セックスをしたのは「あの日」だけ。

「でも私たち、娘と3人で一緒にお風呂に入るんですよ、毎日のように。お風呂場でみんなで遊んだりしてる。ダイスケとはよくしゃべるし、同期として飲みに行っていたころと距離感も親密さもまったく変わりなく、安定しています。出産から2年ほどたったころ、『セックスしたい?』と聞いたことがあるんです。彼は『どっちでもいい。レイコは?』というから、『私もどっちでもいい。ダイスケのことは世界一好きだし大事な人だから、別にセックスなんてしなくてもいいとは思ってる』と言ったら、彼も『オレも、なんだかレイコとセックスするのは違和感があるんだよね』って。ああ、同じように思っていたんだとホッとしました」

■人として相手を尊重したい

ふたりとも、自分の「性」を強く意識しないタイプなのかもしれない。人として相手を尊重したい、家族として仲良くやっていきたい。その思いが強いようだ。

「不安なときはダイスケにぎゅっと抱きしめてもらうんです。そうすると安心する。彼も何かあると両手を広げて抱きついてきます。娘はそれを見てうれしそうに笑ってる。それからふたりで娘を抱きしめる。それがうちのスキンシップですね」

なんだかレイコさん、とても幸せそうである。

■23歳年上の男性と「交際ゼロ日」で結婚

「家族としての情が深まっていくと、セックスみたいな生々しい行為は家の中でしたくなくなるのかもしれませんね」

そう言うのは、ハルカさん(36歳)だ。彼女は4年前、23歳年上の男性と「交際ゼロ日」で結婚した。相手は、仕事以外に趣味をもちたいと通い始めた絵画教室の先生だ。1年ほど通ううちに、ときどきカフェでお茶をするようになった。3度目にカフェに行ったとき、彼からプロポーズされた。

「からかわれているんだと思いました。ただ、彼はバツイチで正真正銘の独身だと言い、『あなたから見たら、ただのおじいさんかもしれないけど』と恥ずかしそうに目を伏せた。もともと先生として敬意はもっていたし、その姿がなんだかかわいくて、最後には『本当に私でいいんですか』と言いました」

ハルカさんは中学生のときに最愛の父を亡くした。その後、母は再婚したが、その男性とはどうしても心を許す関係にはなれなかった。彼もいい人だったのだろう、遠慮ばかりしてハルカさんの心に踏み込んではこなかった。お互いに遠慮し合って、結局、打ち解けることができなかったのだが、その裏には彼女の「実父への強烈な思慕」がある。

だから「絵の先生」に父の面影を探していたのかもしれないと自分で分析する。実際、彼を連れて実家の母に会いに行ったところ、あとで母から「お父さんにどことなく似てるね」と言われたという。

「私はずっと先生って呼んでいるんですが、先生はとにかく穏やかな人。昔は高校の美術教師だったそうです。ひとり息子が10歳のとき奥さんに先立たれて、あとはずっとひとりで子育てをして。息子さんは今、27歳で遠方にいるんですが、一度、会いに来てくれました。親父をよろしくと丁寧に頭を下げられて恐縮したほどです」

■手をつないで寝るが、結婚前から一度も性行為はない

結婚は婚姻届を出しただけ。ハルカさんが「先生」の家に越して生活が始まったが、お互いに仕事があるので、顔を合わせるのは朝のひとときと夕食のときくらいだ。

「料理は時間があるほうが作るか、もしくはふたりで作るか。先生は料理がうまいから、率先して作ってくれています」

週末には手をつないで買い物に行ったり映画を見に行ったり。一緒にいるときは常に寄り添っている。シングルベッドをふたつくっつけた寝室では寝るときも手をつないでいるそうだ。だが、結婚前も結婚後も、ふたりの間にセックスの関係はない。

■「いつでも安心していられるから、性行為なんて必要ない」

「彼はそういう雰囲気を出してこないし、私もどちらかといえばないほうがいいというタイプ。きちんと話し合ったことはないんですが、一度、彼が寝室で腕枕をしてくれながら、『このままでいいの?』と言ったことがあります。たぶん、セックスの関係がなくていいのかという意味だと思う。私は『くっついているのがいちばん好き』と彼の体に潜り込むようにして寝ました。彼がしたいと思っているかどうかもわかりません」

ハルカさんには、子どもがほしいという欲求がない。子どもを産むのは怖かったし、妊娠するのも嫌だった。おおっぴらには言えないから誰にも言わずに来たのだが、「先生」にはそんな話もしたことがある。

「私は先生を、父であり兄であり親友であり、世界でいちばん近い人だと思っています。先生もそう思ってくれていると思う。そういう人と性的な関係はもてない。ただの男女ではなく、特別な家族という感じなんです。ずっと血のつながりがあったような気さえします」

確かにそんな感覚があったら、性行為はできないだろう。そして、そういう関係にならないからこそ、お互いを大事に思い続けることができているのかもしれない。少なくともハルカさんの場合は。

「カンガルーの赤ちゃんって、おかあさんの袋の中にいるでしょ? 私、ときどき自分がカンガルーの赤ちゃんみたいだなと思うことがあるんです。彼のそばにいると何も怖くない。いつでも安心していられる。だからセックスなんて必要ないんです。彼がしたいと言うなら、そのときは考えますが……」

■出かけるときは必ずキスとハグ

朝出かけるとき、ふたりは必ずチュッと軽くキスを交わしてハグをする。それをしないと、ハルカさんは玄関を出ていくことができなくなっている。

「性的な意味合いはまったくありません。最愛の人と交わす挨拶ですね。先生には好きな絵を描いたり教えたりしながら、長生きしてほしい。それが私のいちばんの願いです。精神的にものすごく頼っているなとは思いますね。先生と一緒になってから、精神状態が落ち着いて、私、ものすごく仕事もがんばっているんですよ」

夫婦は毎日、その日のことをすべてと言っていいくらい話すのだそうだ。どんなに話しても話し足りない。ハルカさんは、結婚前の32年間で発した言葉数より、この4年間で話した言葉数のほうが多いのではないかと笑った。

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亀山 早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター
1960年生まれ。明治大学文学部卒業後、フリーライターとして活動を始める。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』(ともに新潮文庫)『人はなぜ不倫をするのか』(SB新書)『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』(扶桑社)など著書多数。
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(フリーライター 亀山 早苗)