春の大雨で家の中が大惨事…改めて考えた防災のこと<暮らしっく>
作家・作詞家として活躍する高橋久美子さんによる暮らしのエッセー。先日の春の嵐で家の中に被害があったという、そのときのことを振り返ってくれました。
先日、関東は春の嵐だった。明け方降り出した雨は昼には、暴風を伴う雷雨になっていった。なにせ私は子どもの頃から雷が大の苦手。耳をふさぎ、二階の和室でこたつの中にもぐりこんでいた。気を紛らわせるために録画していた大河ドラマを見ようとテレビをつけるも横殴りの雨音で、全然聞こえない。稲妻が一層明るく光り、落ちるまでの感覚が短くなっていく。こういうときだけ、神様! と祈ってしまう。ちなみに、今住んでいるのは私と同い年くらいの、まあまあ年季の入った賃貸の一軒家だ。
やがて雷は落ち着き、ほっとしてこたつで原稿を書こうとノートを開く。階下で「ゴン!」と何かが落ちる音がしたが、それも風の影響で何かが飛んできたのだろうくらいに思っていた。
二時間後、トイレに行こうと一階へ下りた。リビングの扉の前で「ザーッ」という音がしている。ん? 何の音?
扉を開けた瞬間、「ディズニーランドかよ…」と思った。スプラッシュ・マウンテンのように、窓枠の木製サッシュから見事にウォーターフォールしとるじゃないか。それも広範囲に。
さらに、天井から吊るした裸電球からもひどい滝だ。天井裏を伝った水が、配線を伝って、流れ落ちているのだろう。あれ? 電球はあるけど照明器具がない。どうやら先程階下で「ゴン!」と音がしたのはガラス製のランプシェードに水が溜まって本棚に落ちた音らしい。
もう一箇所、食卓の上の照明からはさらに激しい滝。
よりによって、水の落ちている場所の一つは、本棚であった。大型のアート本や写真集、レコードが容赦なく水に打たれる。
ああああ!! 一階で仕事したあと、本棚の上に置いたノートパソコンに滝がジャストミート。パニックだった。
私はまずパソコンを避難させ、家中のバケツや鍋、ボールを引っ張り出し滝の下に置いた。滝の数が多すぎる。電気をつけないと暗くてよく見えない。スイッチを押そうとしてハッ! とする。照明を伝って水が落ちているということは、電気ダメ絶対! 漏電! すぐにブレーカーを落とした。雨雲で太陽の遮られた真っ暗の部屋の中必死に溜まった水を捨てる。
夫に電話して、すぐ帰ってきてと伝える。
「下駄箱の上に懐中電灯あるから使って。それから不動産屋さんに電話してね。あと、証明になるから写真取っておいてね。まずは冷静にだよ」
冷静にがんばってるわ。こっちはこんなに必死なのに、何から何までできないよ。
バケツを取り替えながら不動産屋さんに電話してみる。
「あー、雨漏りですかー。ちょっと業者さんに連絡するんで待っててくださいねー」
「いえ、ただの雨漏りじゃないんです。滝行みたいになってるんです。音聞きます?」
「はあ…」
私はスピーカーフォンにして、ザーッという音を聞かせる。
「すごいですね」
ちょっと笑っている。イラッとする。
「あのう、業者さんに連絡したんですがー、木曜まで来れないみたいですね」
その日は土曜であった。木曜…雨はザンザンと降り止まぬ。
「あの今電話しててもあれなんでバケツもって手伝いにきてもらえます? ちょっともうディズニーランドの滝みたいになっててバケツ足りなくて」
「はあ。ディズニーランド…」
電話をポケットに入れたまま、バケツの水をかえ続けるも3分で満タンになる。
不動産屋さんがふと、
「あのう、今水漏れしている上ってバルコニーですよね? もしかしてバルコニーに水が溜まってませんか?」
と言った。青ざめた。バルコニーの隣は寝室である。急いで階段を駆け上がり、寝室のドアを開く。セーフだ。寝室は大丈夫。その向こうのバルコニーは…プールだった。また階下へ下りて長靴をもってくるとバルコニーのプールに入る。電話の向こうで不動産屋さんが叫んでいる。もしもーし、高橋さーん。
「あのね、排水溝のゴミよけの金網あるでしょ。あれを取ってみてください」
「わかりました」
丸い小さい穴がたくさん空いた金網をとると、お風呂のお湯が抜けていくみたいに渦巻きを作って水は流れていった。
金網に特にゴミが詰まっていたわけではなさそうだ。排水の量に、雨量が間に合わなかったのだろう。広くて、太陽がよく当たるバルコニーを気に入って契約したのだが、住んでみて水はけが悪いことが分かった。雨水がなかなか抜けないのだった。それで何度か業者さんに見てもらったが、直すのは難しいということで、台風のときなんかはゴミが溜まらないよう気をつけながら使ってきたのだった。
後日、業者さんと電話したら、網の目が細かすぎたのが良くなかったのだろうと言った。それを変えたらきっとスムーズに流れていくよと。たったそれだけのこと!?
パソコンやソファがダメになり、片付けに数日を要したというのに、たったそれだけで回避できていたなんて。改めて、後日バルコニーを見てもらうことになったが、応急処置としては網を大きな目のものに交換することだそうだ。
これからもっと災害は増えていくだろう。そして、いざ災害が起きたら人はパニックになることが分かった。大きな災害の場合はとにかく逃げるしかないが、今回のような小さな被害は事前の点検で防げることも多い。とにかく、台風の季節になる前に、家の排水溝のチェックをしておこう。今回すぐに役立ったのは、懐中電灯、長靴、バスタオルやぞうきん。大きめのバケツやゴミ箱など。不動産屋の電話番号を携帯に入れておいたのも良かった。
翌日は嘘みたいな晴天だった。ソファや、本、レコード、モロッコで買った絨毯、衣服などを一斉に干す。水漏れの原因だったバルコニーに。
濡れた本はそのまま乾かすと何倍にも膨れるので、一度冷凍して重しをしたまま干すのがいいらしい。と言い残して夫は出張へ行ってしまった。冷凍庫にそんなに本が入るわけなかろう。いや、これを機に冷凍庫のもの一掃しよう。非常食もそろろそろ賞味期限が切れるのでついでに食べてしまおう。私は、冷凍していたものや、戸棚の非常食を点検がてら食べることにした。一回冷凍させた本は確かに広がらなかった。すごい裏技だ!
水たまりの残るバルコニーに広がる青空はやっぱり気持ちが良い。夏に向けてしっかりメンテナンスをしてもらおうと思った。パソコンとか、大事な本は二階に置いとく方がいいなあ。それから土嚢袋も用意しておこうということになった。少しの努力で避けられる災害もあるということを知った。健康診断に行くように、家の健康チェックを改めてしようと思ったのだった。
1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。近著の旅エッセイ集『旅を栖とす
』(KADOKAWA)が発売中。そのほかの著書に、詩画集「今夜 凶暴だから わたし」
(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』
(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集「いっぴき」
(ちくま文庫)、など。翻訳絵本「おかあさんはね」
(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:んふふのふ
第42回「防災を考えよう」
●春の大雨で家の中まで水浸しに…
先日、関東は春の嵐だった。明け方降り出した雨は昼には、暴風を伴う雷雨になっていった。なにせ私は子どもの頃から雷が大の苦手。耳をふさぎ、二階の和室でこたつの中にもぐりこんでいた。気を紛らわせるために録画していた大河ドラマを見ようとテレビをつけるも横殴りの雨音で、全然聞こえない。稲妻が一層明るく光り、落ちるまでの感覚が短くなっていく。こういうときだけ、神様! と祈ってしまう。ちなみに、今住んでいるのは私と同い年くらいの、まあまあ年季の入った賃貸の一軒家だ。
二時間後、トイレに行こうと一階へ下りた。リビングの扉の前で「ザーッ」という音がしている。ん? 何の音?
扉を開けた瞬間、「ディズニーランドかよ…」と思った。スプラッシュ・マウンテンのように、窓枠の木製サッシュから見事にウォーターフォールしとるじゃないか。それも広範囲に。
さらに、天井から吊るした裸電球からもひどい滝だ。天井裏を伝った水が、配線を伝って、流れ落ちているのだろう。あれ? 電球はあるけど照明器具がない。どうやら先程階下で「ゴン!」と音がしたのはガラス製のランプシェードに水が溜まって本棚に落ちた音らしい。
もう一箇所、食卓の上の照明からはさらに激しい滝。
よりによって、水の落ちている場所の一つは、本棚であった。大型のアート本や写真集、レコードが容赦なく水に打たれる。
ああああ!! 一階で仕事したあと、本棚の上に置いたノートパソコンに滝がジャストミート。パニックだった。
私はまずパソコンを避難させ、家中のバケツや鍋、ボールを引っ張り出し滝の下に置いた。滝の数が多すぎる。電気をつけないと暗くてよく見えない。スイッチを押そうとしてハッ! とする。照明を伝って水が落ちているということは、電気ダメ絶対! 漏電! すぐにブレーカーを落とした。雨雲で太陽の遮られた真っ暗の部屋の中必死に溜まった水を捨てる。
●原因は、バルコニーにあった
夫に電話して、すぐ帰ってきてと伝える。
「下駄箱の上に懐中電灯あるから使って。それから不動産屋さんに電話してね。あと、証明になるから写真取っておいてね。まずは冷静にだよ」
冷静にがんばってるわ。こっちはこんなに必死なのに、何から何までできないよ。
バケツを取り替えながら不動産屋さんに電話してみる。
「あー、雨漏りですかー。ちょっと業者さんに連絡するんで待っててくださいねー」
「いえ、ただの雨漏りじゃないんです。滝行みたいになってるんです。音聞きます?」
「はあ…」
私はスピーカーフォンにして、ザーッという音を聞かせる。
「すごいですね」
ちょっと笑っている。イラッとする。
「あのう、業者さんに連絡したんですがー、木曜まで来れないみたいですね」
その日は土曜であった。木曜…雨はザンザンと降り止まぬ。
「あの今電話しててもあれなんでバケツもって手伝いにきてもらえます? ちょっともうディズニーランドの滝みたいになっててバケツ足りなくて」
「はあ。ディズニーランド…」
電話をポケットに入れたまま、バケツの水をかえ続けるも3分で満タンになる。
不動産屋さんがふと、
「あのう、今水漏れしている上ってバルコニーですよね? もしかしてバルコニーに水が溜まってませんか?」
と言った。青ざめた。バルコニーの隣は寝室である。急いで階段を駆け上がり、寝室のドアを開く。セーフだ。寝室は大丈夫。その向こうのバルコニーは…プールだった。また階下へ下りて長靴をもってくるとバルコニーのプールに入る。電話の向こうで不動産屋さんが叫んでいる。もしもーし、高橋さーん。
「あのね、排水溝のゴミよけの金網あるでしょ。あれを取ってみてください」
「わかりました」
丸い小さい穴がたくさん空いた金網をとると、お風呂のお湯が抜けていくみたいに渦巻きを作って水は流れていった。
金網に特にゴミが詰まっていたわけではなさそうだ。排水の量に、雨量が間に合わなかったのだろう。広くて、太陽がよく当たるバルコニーを気に入って契約したのだが、住んでみて水はけが悪いことが分かった。雨水がなかなか抜けないのだった。それで何度か業者さんに見てもらったが、直すのは難しいということで、台風のときなんかはゴミが溜まらないよう気をつけながら使ってきたのだった。
後日、業者さんと電話したら、網の目が細かすぎたのが良くなかったのだろうと言った。それを変えたらきっとスムーズに流れていくよと。たったそれだけのこと!?
パソコンやソファがダメになり、片付けに数日を要したというのに、たったそれだけで回避できていたなんて。改めて、後日バルコニーを見てもらうことになったが、応急処置としては網を大きな目のものに交換することだそうだ。
●台風の季節に向けて、家のメンテナンスをしておこう
これからもっと災害は増えていくだろう。そして、いざ災害が起きたら人はパニックになることが分かった。大きな災害の場合はとにかく逃げるしかないが、今回のような小さな被害は事前の点検で防げることも多い。とにかく、台風の季節になる前に、家の排水溝のチェックをしておこう。今回すぐに役立ったのは、懐中電灯、長靴、バスタオルやぞうきん。大きめのバケツやゴミ箱など。不動産屋の電話番号を携帯に入れておいたのも良かった。
翌日は嘘みたいな晴天だった。ソファや、本、レコード、モロッコで買った絨毯、衣服などを一斉に干す。水漏れの原因だったバルコニーに。
濡れた本はそのまま乾かすと何倍にも膨れるので、一度冷凍して重しをしたまま干すのがいいらしい。と言い残して夫は出張へ行ってしまった。冷凍庫にそんなに本が入るわけなかろう。いや、これを機に冷凍庫のもの一掃しよう。非常食もそろろそろ賞味期限が切れるのでついでに食べてしまおう。私は、冷凍していたものや、戸棚の非常食を点検がてら食べることにした。一回冷凍させた本は確かに広がらなかった。すごい裏技だ!
水たまりの残るバルコニーに広がる青空はやっぱり気持ちが良い。夏に向けてしっかりメンテナンスをしてもらおうと思った。パソコンとか、大事な本は二階に置いとく方がいいなあ。それから土嚢袋も用意しておこうということになった。少しの努力で避けられる災害もあるということを知った。健康診断に行くように、家の健康チェックを改めてしようと思ったのだった。
【高橋久美子さん】
1982年、愛媛県生まれ。作家・作詞家。近著の旅エッセイ集『旅を栖とす
』(KADOKAWA)が発売中。そのほかの著書に、詩画集「今夜 凶暴だから わたし」
(ちいさいミシマ社)、絵本『あしたが きらいな うさぎ』
(マイクロマガジン社)。主な著書にエッセイ集「いっぴき」
(ちくま文庫)、など。翻訳絵本「おかあさんはね」
(マイクロマガジン社)で、ようちえん絵本大賞受賞。原田知世、大原櫻子、ももいろクローバーZなどアーティストへの歌詞提供も多数。公式HP:んふふのふ