71歳一人暮らしが捨てたもの、残したもの。厳選して最大限に生かす
人生100年時代と言われて久しく、自分は何歳まで元気でいられるのか、生活資金はたりるのか…。そう考える人もいるのではないでしょうか?
シニア向け団地にひとり暮らしをし、『おひとりさまのケチじょうず
』『ケチじょうずは捨てじょうず
』(ビジネス社刊)を上梓したエッセイストの小笠原洋子さん(71歳)は、1日1000円で暮らす倹約家で、とても充実した日々を送っています。そんな小笠原さんに暮らしを楽しむ知恵をうかがいました。
ある日の小笠原さんの食事。右下が朝食(全粒粉食パンにカツオ節+オリーブオイル、練りゴマ+プルーンなど)、右上が昼食(お蕎麦稲荷)、左の夕食はさまざまな煮物を並べて美しく。これで1日1000円なんです!
「ケチじょうず」とは本当のものの価値をわかって、節約できる人のこと。心豊かに、お金を賢く使って節約生活をするのはもちろんですが、さらに進める極意は「捨てること」にあると言います。その真髄をうかがいました。
「ケチ」というと、がっちりため込んで端からチビチビ使うイメージがあるかもしれません。…が、小笠原さんのご自宅は少ないものがすっきりと片づいて、いたってシンプル。
「画廊で働いていた30代の頃はお金もありましたから、大好きな作家の作品を買ったりもしました。大きな家具や家財道具だって持っていましたよ」
かつて持っていた、幅120cmもの大型洋服ダンスの一部(引き出し部分だけ)は今も持っています。上に好きな布を敷いて真ちゅうの水差しを置いてすてきなインテリアに!
確かに、小笠原さんのご自宅を見回すと「必要最低限のものしかない」のとも違います。作家ものの陶芸作品や中東の真ちゅうの水差し、アジアの刺しゅう布のポシェットなどが部屋の一隅を飾っていたりもします。今の小笠原さんの暮らしにあるのは、
・生活に必要不可欠なもの
・厳選された「好きなもの」
の両方なのです。
竹細工のカゴはひとつはふきん入れ、もうひとつはラップの代わりに使う、食品パッケージの「フタ」入れに。こうすれば見た目もそろって美しいのです
「ものを持ちすぎることは、結果的に無駄。出番のない食器だとか、クローゼットいっぱいの洋服だとか。記憶の中にはあっても、いざ使おうと思っても出てこない。しまいっぱなしでしわくちゃ。だったら持っていないも同然だし、場所も時間も労力もとられるだけですよね」
そもそも「買」ったら「使う」のが正しいものとの向き合い方。「買ったのに結局使わない」→「だから捨てる」のはどこかが間違っていると言います。
そこを指摘されると耳が痛い人も多いのでは。世の中「捨てるぐらいなら、最初から買わなきゃいいのに…」。それは確かにその通りですが、そうもいかないのが人間の性。
「私だって、最初から上手にできていたわけじゃありません。ようやくたどり着いた境地なんですから」と、小笠原さんは笑います。どうやら上手な「ケチ」とは、必要なものを見極め、最小限のものを最大限生かして暮らすことのようです。
「掃除は一生続く家事、だと私は思っています。ものに占領されていたら部屋は狭くなるし、時間も動きも無駄が増えますよね」
かつて、小笠原さんも大きな家具をもっていました。あるとき、引越し先の部屋に大きすぎる洋服ダンスが入らず、やむなく処分せざるを得なかった経験があります。
それ以来、なるべく家具はもたない。もつとしても小さなもの、と決めたといいます。
ふきんを干しているのは、マガジンラックのパーツ。きれいな木彫りの棒がもったいなくて、活用しています
家が片づいていた方がいいもうひとつの理由は「カラダを動かすようになるから」。なんでもかんでも手を伸ばせば届く暮らしをしていると、人間は動かなくなります。ものを減らし、あるものを大事に使う。使ったらもとに戻す。これを徹底すれば、ものの出し入れをするだけで運動になります。
「病気になるなんて贅沢なこと、できませんから(笑)。家の中でしっかり体を動かすようにしています」
タンスがなければ洋服を減らさざるを得なくなります。入れ物があるからものが増えるのだし、入りきらないものはいやでも処分を考えることに。その過程で、自分にとって必要なものと量を見直すきっかけにもなります。
「ね? だから片づけると捨てられるようになるんですよ」
お兄様のセーターを着る小笠原さん。傷んでいた袖口は切ってほつれないよう縫い留め、前を切り開いてファスナーをつけ、カーディガンにリメイクしました
お兄様のおさがりのセーター。お父様の着物の兵児帯。そのままでは使えないものも、リメイクすればまだまだ役に立ってくれます。お兄様のセーターは前を開いてジッパーをつけ、カーディガンに。お父様の帯はブラウスにつくり変えました。
「食器も見直して、どんどん減らしています。ひとり暮らしだから、同じお皿ばかり5枚もいらない。そんなに食べないから大きなどんぶりも卒業。ただ捨てるのはイヤだから、お好きな方にもらっていただいたりしてね。私が抱え込むよりも、その方が道具として活きるでしょう」
少ない食器でも、持ち前の美的センスでオシャレに組み合わせを楽しみます。
ティッシュよりトイレットペーパーを愛用。お菓子の箱でカバーをつくりました。鮮やかなピンクのカバーは「新作」。お花のポスターをコラージュしました
その美的なこだわりが、みじめにならないポイントです。
日々の食事も、健康のことを考えて品数多く、彩り豊かに。それでいて生活費は1日1000円を守っているのですから、大したもの!
「節約生活もものを減らすことも、できることからコツコツと。一見難しそうでも、工夫すれば乗りきれる。その工夫が楽しくなったら、こっちのものです」
良いもの、美しいものを知っている人だからできる「ケチじょうず」。たくさんのものに囲まれて、オシャレになりたい! とがんばってきた私たちにも、できそうな気がします。
<取材・文/浅野裕見子>
●教えてくれた人
1949年、東京都生まれ。大学卒業後、京都にて画廊に勤務。東京に移転後、弥生美術館や竹久夢二美術館で学芸員を務める。退職後はフリーキュレーターや美術エッセイストとしても活躍。主な著書に『おひとりさまのケチじょうず
』『ケチじょうずは捨てじょうず
』(いずれもビジネス社刊)がある。
シニア向け団地にひとり暮らしをし、『おひとりさまのケチじょうず
』『ケチじょうずは捨てじょうず
』(ビジネス社刊)を上梓したエッセイストの小笠原洋子さん(71歳)は、1日1000円で暮らす倹約家で、とても充実した日々を送っています。そんな小笠原さんに暮らしを楽しむ知恵をうかがいました。
ある日の小笠原さんの食事。右下が朝食(全粒粉食パンにカツオ節+オリーブオイル、練りゴマ+プルーンなど)、右上が昼食(お蕎麦稲荷)、左の夕食はさまざまな煮物を並べて美しく。これで1日1000円なんです!
節約生活のコツは「捨てる」こと。“ケチじょうず”小笠原さんに聞く上手な捨て方
「ケチじょうず」とは本当のものの価値をわかって、節約できる人のこと。心豊かに、お金を賢く使って節約生活をするのはもちろんですが、さらに進める極意は「捨てること」にあると言います。その真髄をうかがいました。
●上手なケチは「ため込まない」こと
「ケチ」というと、がっちりため込んで端からチビチビ使うイメージがあるかもしれません。…が、小笠原さんのご自宅は少ないものがすっきりと片づいて、いたってシンプル。
「画廊で働いていた30代の頃はお金もありましたから、大好きな作家の作品を買ったりもしました。大きな家具や家財道具だって持っていましたよ」
かつて持っていた、幅120cmもの大型洋服ダンスの一部(引き出し部分だけ)は今も持っています。上に好きな布を敷いて真ちゅうの水差しを置いてすてきなインテリアに!
確かに、小笠原さんのご自宅を見回すと「必要最低限のものしかない」のとも違います。作家ものの陶芸作品や中東の真ちゅうの水差し、アジアの刺しゅう布のポシェットなどが部屋の一隅を飾っていたりもします。今の小笠原さんの暮らしにあるのは、
・生活に必要不可欠なもの
・厳選された「好きなもの」
の両方なのです。
竹細工のカゴはひとつはふきん入れ、もうひとつはラップの代わりに使う、食品パッケージの「フタ」入れに。こうすれば見た目もそろって美しいのです
「ものを持ちすぎることは、結果的に無駄。出番のない食器だとか、クローゼットいっぱいの洋服だとか。記憶の中にはあっても、いざ使おうと思っても出てこない。しまいっぱなしでしわくちゃ。だったら持っていないも同然だし、場所も時間も労力もとられるだけですよね」
そもそも「買」ったら「使う」のが正しいものとの向き合い方。「買ったのに結局使わない」→「だから捨てる」のはどこかが間違っていると言います。
そこを指摘されると耳が痛い人も多いのでは。世の中「捨てるぐらいなら、最初から買わなきゃいいのに…」。それは確かにその通りですが、そうもいかないのが人間の性。
「私だって、最初から上手にできていたわけじゃありません。ようやくたどり着いた境地なんですから」と、小笠原さんは笑います。どうやら上手な「ケチ」とは、必要なものを見極め、最小限のものを最大限生かして暮らすことのようです。
●捨てれば片づく。片づけば捨てられる!
「掃除は一生続く家事、だと私は思っています。ものに占領されていたら部屋は狭くなるし、時間も動きも無駄が増えますよね」
かつて、小笠原さんも大きな家具をもっていました。あるとき、引越し先の部屋に大きすぎる洋服ダンスが入らず、やむなく処分せざるを得なかった経験があります。
それ以来、なるべく家具はもたない。もつとしても小さなもの、と決めたといいます。
ふきんを干しているのは、マガジンラックのパーツ。きれいな木彫りの棒がもったいなくて、活用しています
家が片づいていた方がいいもうひとつの理由は「カラダを動かすようになるから」。なんでもかんでも手を伸ばせば届く暮らしをしていると、人間は動かなくなります。ものを減らし、あるものを大事に使う。使ったらもとに戻す。これを徹底すれば、ものの出し入れをするだけで運動になります。
「病気になるなんて贅沢なこと、できませんから(笑)。家の中でしっかり体を動かすようにしています」
タンスがなければ洋服を減らさざるを得なくなります。入れ物があるからものが増えるのだし、入りきらないものはいやでも処分を考えることに。その過程で、自分にとって必要なものと量を見直すきっかけにもなります。
「ね? だから片づけると捨てられるようになるんですよ」
●今あるものを活かしきる!
お兄様のセーターを着る小笠原さん。傷んでいた袖口は切ってほつれないよう縫い留め、前を切り開いてファスナーをつけ、カーディガンにリメイクしました
お兄様のおさがりのセーター。お父様の着物の兵児帯。そのままでは使えないものも、リメイクすればまだまだ役に立ってくれます。お兄様のセーターは前を開いてジッパーをつけ、カーディガンに。お父様の帯はブラウスにつくり変えました。
「食器も見直して、どんどん減らしています。ひとり暮らしだから、同じお皿ばかり5枚もいらない。そんなに食べないから大きなどんぶりも卒業。ただ捨てるのはイヤだから、お好きな方にもらっていただいたりしてね。私が抱え込むよりも、その方が道具として活きるでしょう」
少ない食器でも、持ち前の美的センスでオシャレに組み合わせを楽しみます。
ティッシュよりトイレットペーパーを愛用。お菓子の箱でカバーをつくりました。鮮やかなピンクのカバーは「新作」。お花のポスターをコラージュしました
その美的なこだわりが、みじめにならないポイントです。
日々の食事も、健康のことを考えて品数多く、彩り豊かに。それでいて生活費は1日1000円を守っているのですから、大したもの!
「節約生活もものを減らすことも、できることからコツコツと。一見難しそうでも、工夫すれば乗りきれる。その工夫が楽しくなったら、こっちのものです」
良いもの、美しいものを知っている人だからできる「ケチじょうず」。たくさんのものに囲まれて、オシャレになりたい! とがんばってきた私たちにも、できそうな気がします。
<取材・文/浅野裕見子>
●教えてくれた人
【小笠原洋子さん】
1949年、東京都生まれ。大学卒業後、京都にて画廊に勤務。東京に移転後、弥生美術館や竹久夢二美術館で学芸員を務める。退職後はフリーキュレーターや美術エッセイストとしても活躍。主な著書に『おひとりさまのケチじょうず
』『ケチじょうずは捨てじょうず
』(いずれもビジネス社刊)がある。