東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長の女性蔑視発言が問題となっている。東京都議会議員の川松真一朗氏は「森会長を辞めさせるのは得策ではない。東京五輪そのものが実施できなくなる恐れがある」という――。
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安倍首相を表敬し、2020年東京五輪・パラリンピックの聖火リレーのトーチを手にする大会組織委員会の森喜朗会長=2019年5月、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

■「賛成派・反対派」が同じ土俵で戦っていない

東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が、2月3日の日本オリンピック委員会(JOC)の評議員会の場で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります」という発言をした事で、世間が大騒ぎとなっている。

翌4日、森会長が発言を謝罪撤回した事で、国際オリンピック委員会(IOC)は「森会長は発言について謝罪した。これで、IOCはこの問題は終了と考えている」との姿勢を示した。ところが9日には「彼は謝罪し、その後もコメントを続けている。また森会長の謝罪とは別に、東京大会組織委員会も会長の発言を不適切と認め、ジェンダー平等に向かう決意を再確認した」という公式声明を発表した。

12日にあらためて、組織委員会は森会長の解任の権限を持つ理事会・評議員会を緊急に開く方向となっている。ここで、森会長の進退がどうなるか全く不透明である。私は大会関係者に個別に話を聞いて回っているが、森会長発言への否定派も多い。

ただ、私はどうしてもこの風潮に違和感がある。当然、発言があった事は間違いない。それに対して、森会長が女性蔑視のつもりはないと語っている。ところが、今のワイドショー文化では朝から晩まで一様に森会長批判を重ねて、ネットやSNSでも批判が増幅して広がっている。たまに、森会長擁護の方が出てきているが、それはこの発言の是非ではなく、これまでの森会長の功績に触れているだけだ。

つまり、森会長の賛否両論が展開されている中身をじっくりと見てみると「賛成派・反対派」が同じ土俵で戦ってない。だから、一向に解決策が見えてこない。その解決策が森会長の退任でいいのか。それが日本や東京にとって良い事なのか、冷静に考えるべきではないだろうか。

■「たたかれる側の象徴」として前面に立ってきた

実際に、擁護派の方々の中で、大多数は「沈黙派」である。私が電話で話す限りは「森会長は余人をもって代えがたい」と語るも、公の場で語る事はない。私は、この様子に先行きの不安を抱えている。これまで東京大会はザハ案国立競技場建設問題、小池知事による五輪会場計画変更提案など、五輪をめぐっての多くの課題に向き合ってきた。その都度、たたかれる側の象徴として前面に立ってきたのが森会長だ。その後ろには、大多数の関係者がいた。

私はその都度、「筋の通っている」「正論」で事に当たってきた結果、森会長と同じ立ち位置で、良い結果も悪い結果も乗り越えてきたのだ。その時も、いつも表で森会長サイドから意見を述べる人がほとんどいなかった。それ故、私もメディアに登場しては、多くの国民の皆さまから大批判のメールやDMを頂戴した。

小池都政下での3会場見直しも世論は小池知事側に向いていたが、結局は元のままで収まった。当時も、小池知事側が示した案も既に、森会長の下で検証した上で決定した経緯を知っている人たちが「沈黙派」になってしまった。

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2013年9月、羽田空港には「東京オリンピック・パラリンピック開催決定!!」と書かれた横断幕が掲示された。 - 写真=iStock.com/winhorse

つまり、何を言いたいかというと、東京大会開催の最大局面をこれから迎えるに当たって、大きな懸念があるということだ。「やるも」「やらないも」「どんな形でも」相当に追い詰められた状況になるのが東京大会だ。開催反対論者は「即刻中止」を主張する。そうなれば、IOCから東京が受け取る860億円の分担金が無くなるし、見込んでいたスポンサー収入も満額はあり得ない。ところが、支出面をみると大規模な大会整備は終わっているわけで、入りが減っても出は減らない。そういう議論はないがしろにされている。

私も当然、コロナ禍で「何を考えているんだ!!」と有権者から怒りをぶつけられる事も多々ある。まずは日本国民の皆さまの「安全安心」は担保された上での準備であるのは当然であるのに、その前提は報じられない。いわんや、開催方向をや。

■森会長の状況は弁慶の立ち往生のようだ

私はこういった究極の判断、局面を迎える時に、誰が矢面に立てるのだろうかと考えている。これまで、多くの与野党政治家やスポーツ界関係者が森会長を「弾よけ」にしてさまざまな事業を進めてきた。それにもかかわらず、その森会長が苦境に立たされている場面で誰も表に出てこない。

このフワッとした世の雰囲気に、自分では何もやらない方ばかりの社会風潮。マスコミも一方通行な批判しかしない社会では、常にフワッとした空気に流されるだけで、私は本質的な日本社会を変えられないのではないかと危惧する。

たとえ、森会長が大きな判断をされても、こういうズルい人たちがいては開催是非の判断という目の前に迫る最大局面を乗り越えられないと考えている。イメージ的には、弁慶の立ち往生のように森会長だけ無数の矢を受けて、安全な場所にい続けた方々に矢を受ける覚悟があると思えない。

■「森会長の人柄」も実名で堂々と語ればいい

私が知る限り、森会長は常に新聞など報道には目を通される。だからこそ、今、ご自身が置かれている状況を誰よりも理解されているはずである。今まで、森会長の陰に隠れていた人たちだって近くにいれば皆分かるはずだ。関係者談で漏れ伝わってくる「森会長の人柄」も実名で堂々と語ればいいじゃないかと思う私はバカなのかもしれない。しかし、真実を黙っている事で、東京や日本が間違った方向に進むなら黙っていられない。

2007年の志賀英一関東ラグビー協会会長就任の頃、私は政治家というより、ラグビー協会の中で森会長との接点があった。その際、「政治の本質を知りたいなら小野晋也という衆議院議員の所に行きなさい。本当に政治を学ぶなら彼しかいない」と言われ、すぐに小野さんを訪ねた。そして、毎週毎週、政治哲学や政治家の根本姿勢を学んできた。

ちなみに小野さんは政界のドロドロした権力闘争と真の政治理想は異なると思ったのか「真の政治家になるため」と政界を引退し今は愛媛県で人材育成にいそしんでおられる一風変わった人物だ。小野門下生の裏話をすると、どの政治家にも「森総理が小野晋也を?」と驚かれるのだった。そもそも、森会長は勘違いされやすいのかもしれないと常々思っているのである。

■今も人工透析を受けながら、命をかけて大会に取り組んできた

私は「女性蔑視の是正」も「人権尊重」もオリンピック開催には必要不可欠な要素であり、森会長の発言を有耶無耶(うやむや)にしてはいけないと考えている。ただし、総合的に判断する会長職はそれとは別である事も指摘したい。

森会長は、会長就任時も他に適任者がいるはずだと当初は固辞されていた。それから、肺がんを患い2015年3月に肺を除去され病院からつえをついて組織委員会に通われ、今もまだ定期的に人工透析を受けておられる。それでも、ご自身の大会への責任を誰よりも重く受け止め、職務に邁進されてきた。

当初は2016年オリンピック・パラリンピックに名乗りを上げた東京だが、これも当時の石原慎太郎知事と森会長が今後の持続発展的な「世界で一番の都市」実現に向けての夢の構想を決めたからこそだった。

2009年にラグビーワールドカップ日本大会の開催が決まって以降、世界中から日本開催を否定的に見られながらも19年に大成功に導いたのは、森会長が欧米と戦ってきたからこその結果である。これだけ「命」をかけて大会に取り組んできた会長の言い分が理解されずに、「命」をかけない方たちが仮にトップになり最終コーナーを回れば、今の世間が思っている以上に東京の損失は大きくなるはずだ。

■裏方として地道に協議・交渉を重ねてきたのが森会長

ちなみに、一部メディアでは後任として安倍晋三大会名誉最高顧問が取り沙汰されている。元首相という点では同じだが、安倍前首相が現役議員であることは差し置いても、果たせる役割は異なるのではないだろうか。

森会長は、これまで16年オリンピック・パラリンピック招致や19年ラグビーワールドカップなどの交渉事を通して、IOC重鎮やスポーツ界のインフルエンサーと信頼関係を築いてきた。19年大会では、世界からの要人たちがセレモニーで常に「Mr.Mori」への感謝を口にされていたのをよく覚えている。

首相を務められた力強さのイメージとは裏腹に繊細で気配りの方としても有名だ。とは言え、日本の立場を守る時には、徹底して戦う。欧米のVIPたちと丁々発止で議論してきた信頼関係があるのかもしれない。安倍前首相が20年オリンピック・パラリンピック招致決定から日本の顔として日本大会をPRしてきた一方で、裏方として地道に協議・交渉を重ねてきたのが森会長だ。

■安倍前首相が会長になっても本質的な解決にはならない

安倍名誉最高顧問も全日本アーチェリー連盟の会長としてスポーツ振興に造詣が深い事は間違いないだろう。ただし、上記のような人間関係もある事ながら、「森やめろ派」の一部の論を見ていれば、政界においても大会準備においても森会長とは表裏一体の関係で歩んできた安倍名誉最高顧問の登板では本質的な解決とせず、また次の批判論で議論が進まなくなるだろう。

私は森会長に学んだ事がある。「政治とは決める事であり、決めるとは泥をかぶる事だ」と。私もこれまでも場面場面で森会長に怒られた事がある。それだけ私も無鉄砲に発言したせいかもしれない。16年招致の頃から携わり、今は都議会議員として大会を13年から招致してきた身として大会から目を背ける事はできない。

これから、迎えるさらなるつらい局面で「泥をかぶる方々」とベストな選択肢を見いだしていきたい。政治家もメディアも覚悟が求められる時代。チェンジの時代と言われる現代だが、それには相当な気概が必要だと思う。

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川松 真一朗(かわまつ・しんいちろう)
東京都議会議員
1980年、東京都生まれ。日本大学法学部法律学科卒業。テレビ朝日アナウンサーを経て、2013年、東京都議会議員に初当選し、現職2期目。自民党東京都連青年部長。都議会自民党総務会長代行、都議会オリンピック対策特別委員、都議会公営企業委員。
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(東京都議会議員 川松 真一朗)