19年11月から取り毀しが始まった工藤会本部事務所

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頂上作戦も大詰?

工藤会トップ、死刑求刑に表情変えず 検察『悪質性の元凶』」──YAHOO!ニュースが1月15日に掲載した、九州のブロック紙・西日本新聞の記事見出しだ。

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 福岡地裁で検察側は、北九州市の特定危険指定暴力団「工藤会」のトップ、総裁の野村悟被告(74)に極刑を求めた。

 更に同会のナンバー2、会長の田上不美夫被告(64)には無期懲役と罰金2000万円を求刑した。指定暴力団の最高幹部に死刑が求刑されたのは初めてとされ、多くのメディアが詳報を行った。

 これまで暴力団が引き起こす殺人や傷害事件は、対立組織の関係者など、いわゆる“ヤクザ者”が標的となることが多かった。

福岡県警本部長を務めた吉田尚正氏

 一方、福岡地裁で公判が開かれている“市民襲撃4事件”の場合、市井の人々に暴力団が襲いかかったことが最大の特徴だ。

 4事件で野村被告は指揮と命令を下したとされ、殺人罪や組織犯罪処罰法違反(組織的な殺人未遂)などに問われている。

 ヤクザが堅気に襲いかかる恐怖。検察側は野村被告を痛烈に非難した。まず工藤会を《目的達成のためなら見境なく襲撃する組織》と糾弾。《4人の市民を標的とした点は、暴力団同士の抗争とは異なり、一般社会への脅威が極めて大きい》と指摘した。(末尾:註1)

元漁協長を射殺

 4事件を検察側の冒頭陳述などから、改めて振り返ってみよう。まず第1の事件は、1998年に発生した漁協元組合長の射殺事件だ。

19年11月から取り毀しが始まった工藤会本部事務所

 1960年代から北九州市・響灘で大型開発事業がスタート。元組合長は漁業補償交渉の窓口を務め、港湾工事の下請け業者選定にも大きな影響力があったという。97年には、大規模港湾工事で地元各漁協に計約74億円の漁業補償金交付も決定した。工藤会は元漁協長に接近して利権介入を画策したが、拒絶されてしまう。

 翌98年2月、野村被告の配下の組長など2人は、同市小倉北区のキャバレー前で元漁協長を射殺した。その後、田上被告は被害者の長男に電話をかけ、工藤会との交際を考えるよう要求した。

 福岡県警は2002年、田上被告など4人を逮捕。だが、田上被告は不起訴となり、1人は一審で無罪となった。一方、残る2人は08年、最高裁で無期懲役と懲役20年の有罪判決が確定した。

 13年には元漁協長の弟で、当時は北九州市漁業組合長を務めていた男性が射殺された。福岡県警が捜査するも、この事件は現在も未解決だ。

 県警は元漁協長の射殺事件を再捜査。野村被告と田上被告による指揮・命令が浮かび上がり、14年に殺人や銃刀法違反容疑などで逮捕に踏み切った。

元警部銃撃事件

 第2の事件は2012年に発生した、福岡県警の元警部に対する銃撃事件だ。北九州市内の住宅街でミニバイクに乗った組員が、出勤途中だった元警部とすれ違いざま、拳銃で3発を発砲。太ももや腰など2発が命中し、全治1か月の重傷を負った。

 元警部は2011年春に退職するまでの33年間、工藤会の捜査を担当していた。99年の恐喝事件で田上被告が実刑判決を受けると、元警部が捜査に携わっていたことから、田上被告が報復を示唆したことがあったという。

 09年に元警部は破門された元組員と接触。その場で元警部は野村被告を呼び捨てにした上、「工藤会は一枚岩じゃなかろうが」などと話して情報を引きだそうとした。

 だが、元組員は情報提供を拒否。1、2週間後に北九州市のゴルフ場で野村被告が元警部に「こそこそ外で人と会いよるらしいな」と言った。

 翌10年には自宅の家宅捜索を受けた田上被告が、元警部に電話で「わしの家をメチャメチャにしてくれたらしいやないか」と抗議。2被告は「元警部の殺害もやむを得ない」と考え、銃撃を決意した。

看護師襲撃事件

 第3の事件は看護師襲撃事件だ。野村被告は12年、北九州市内の美容整形クリニックで下腹部の増大手術と周辺の脱毛治療を受けた。

 被害者となった看護師が施術を担当したが、直後から頻繁に患部の異常を訴え、「腐っているのではないか」「看護師が意地悪でわざとやった」などとクリニックに抗議。「裁判する」と不満を漏らした。

 野村被告は配下の組長に襲撃を指示した。13年1月、実行犯の組員は福岡市の路上で、歩いて帰宅中の看護師に刃物で胸などを数回刺し、全治約3週間のけがを負った。

 第4の事件は、歯科医襲撃事件だ。第1の事件で触れた元漁協長を射殺後も、田上被告は利権介入を諦めず、親族などに働きかけを継続していた。

 07年には漁協が合併し、北九州市漁協が発足。組合長は元漁協長の弟が就任し、13年に何者かに射殺されたのは前に見た通りだ。

 最大規模の支所では、元組合長の長男が代表理事に選出された。田上被告は14年、親族を通じて長男に対し、利権介入を認めなければ、危害を加えると脅迫した。だが、長男からは応じないという意向が伝えられた。

 野村、田上被告は、長男の息子である歯科医の殺害を画策。田上被告が配下の組長に指示を出した。同年5月、北九州市小倉北区の駐車場で歯科医は胸や背中を複数回刺され、重傷を負った。福岡県警は15年、組織犯罪処罰法違反(組織的殺人未遂)の疑いで野村、田上両被告らを逮捕、計7人を起訴した。

永山基準との齟齬

 どれも背筋が凍るような凶悪事件だが、この求刑を一般の方はどう感じただろうか。

 朝日新聞の西部版が1月15日に掲載した「(法廷 工藤会事件)『人命軽視、甚だしい』 トップに死刑求刑、検察が非難」の解説記事で、永山基準に言及している。

 1983年、最高裁は連続射殺事件の判決に際し、死刑の適用基準を詳細に示した。犯罪の性質や犯行の動機など9項目が列挙されたが、一般的には「被害者が1人なら無期懲役以下、2人はボーダーライン、3人以上は死刑」と解釈されている。

 野村被告が命令・指揮した“4市民襲撃事件”で命を落とした被害者は1人。朝日新聞の解説記事は、この点に注目した。

《工藤会トップに対し、検察側が突きつけた求刑は極刑だった。直接関与した証拠はなく、最高裁が示した死刑適用指標「永山基準」に照らせば1人殺害で死刑求刑は異例。それでも踏み切ったのは、一般市民を何のためらいもなく襲う工藤会特有の悪質性、凶暴性を考慮し、過去の死刑判決事件と比べても刑事責任は「同等かそれ以上」と判断したからだ》

《何の落ち度もない市民が突然襲われる――。理不尽な恐怖を社会から取り除くには組織壊滅しかない。そんな捜査当局の強い決意がにじみ出た求刑と言える》

“メンツ”を潰した工藤会

『山口組対山口組 終わりなき消耗戦の内側』(太田出版)の著作があり、暴力団の動向に詳しいジャーナリストの藤原良氏は、「私は無期懲役だと予測していたので、死刑求刑には驚きました」と振り返る。

「組長が殺害を指示したことが問われた判例でも、死刑判決はありません。また元漁協長の射殺事件では、実行犯に無期懲役などの判決が確定しています。実行犯は無期懲役で、主犯が死刑というのは、違和感を覚える人も少なくないのではないでしょうか」

 異例の求刑を藤原氏は、「工藤会が虎の尾を踏んだ」と指摘する。無軌道に暴力をエスカレートさせる工藤会は、福岡県警だけでなく警察庁のメンツも潰していたのだ。

 一部の新聞社は、03年に発生した「ぼおるど襲撃事件」を転換点に挙げている。暴力追放運動に取り組んでいたクラブ「ぼおるど」に工藤会の組員が手榴弾を投げ入れ、従業員9人が重軽傷を負った。

 藤原氏は「ぼおるど襲撃事件」の凶悪性も認めながら、「元警部銃撃事件」のインパクトが上回ると指摘する。

「暴力団を取材していると、噂話も含め、現役の警察官やOBが、組員から危害を加えられたという情報は入ってきます。ただ、山口組を例に挙げると、そうしたトラブルは全国各地で起きるため、なかなか注目されません。一方の工藤会は北九州市という狭いエリアで4つの事件を立て続けに起こし、その中に元警部の銃撃事件がありました。他の暴力団関係者も『工藤会は目立ちすぎた』と口を揃えて言っていました」

県警の盗聴

 メンツを潰された警察庁は、まず法改正を行う。2012年に改正暴力団対策法を成立させ、「特定危険指定暴力団」の指定を可能とし、全国の暴力団の中でただ1つ、工藤会だけを指定した。

 識者が「超法規的措置」と指摘するほど、工藤会側の“人権”を無視するものとなった。

 15年には、後に警視総監となる吉田尚正氏(60)が福岡県警本部長に任命された。灘高校から東大法学部に進んだキャリア組。オウム特別手配犯だった高橋克也受刑囚(62)の逮捕や、黒子のバスケ脅迫事件の捜査に携わった。

 この吉田本部長が、工藤会の「壊滅作戦」の陣頭指揮を執った。まさに“国策捜査”が始まったのだ。

 元警部の銃撃事件を捜査する際、福岡県警が盗聴を行っていたことも裁判で明らかになっている。しかも、この捜査は思わぬ“副産物”を生んだ。事件に詳しい記者が解説する。

「盗聴を通じ、福岡県警は看護師襲撃事件の端緒を掴みます。しかし断片的な情報が多く、事前に全体像を掴むことはできませんでした。事件後、福岡県警は裁判所が保管する盗聴記録を取り寄せました。すると元警部の銃撃事件の記録に、看護師襲撃事件の会話が含まれていたことが分かったのです」

北九州市民の“気骨”

 この時、福岡県警は息を呑んだ。野村被告が看護師の襲撃を命じた理由が、下腹部の増大手術を巡るトラブルだったことが判明したからだ。

「工藤会の壊滅を図る福岡県警は、配下の組長や組員を逮捕した際、取り調べで、看護師襲撃事件の盗聴記録を使ったそうです。彼らのトップが、“下腹部の増大手術を巡るトラブル”という身勝手な理由で襲撃指令を出していたと教えたわけです。県警の狙い通り、ショックを受けて工藤会への忠誠心を失った組員もいたと聞いています」

 前出の藤原氏は、4つの市民襲撃事件から、「工藤会の焦り」が読み解けるという。

「裁判で検察側は、工藤会が市民に対する暴力をエスカレートさせることで、市民が工藤会に逆らえない雰囲気を醸成したと指摘しました。半分は事実で、半分は違うと思います。工藤会が暴力で脅し続けても、北九州市民は言うことを聞かなかったのです。言うことを聞かないからこそ、暴力をエスカレートさせたのです。野村被告に死刑が求刑された背景に、北九州市民が暴力団に屈しなかった側面があることは指摘したいです」

註1:西日本新聞「工藤会トップ裁判 論告要旨」21年1月15日朝刊より

週刊新潮WEB取材班

2021年1月28日 掲載