今年は1月5日に開幕する春の高校バレー(以下、春高)。この大会では毎年のように"ヒロイン"が誕生してきた。その中にはVリーグや日本代表で長く活躍した選手もいるが、今回は太く短い輝きを放ってコートを去った選手たちを振り返る。

 2021年大会は惜しくも出場を逃したものの、春高の常連である下北沢成徳(旧・成徳学園)は名選手を輩出し続けてきた。五輪4回連続出場の木村沙織、現在の日本代表の主将を務める荒木絵里香、東レ・アローズの主将・黒後愛。そして黒後と同じ東レに所属する、男子の絶対的エース・石川祐希の妹である石川真佑など、枚挙にいとまがない。

 ケガの影響で引退は早かったものの、大型エースとしてアテネ五輪に出場した大山加奈もそのひとり。のちに大山と共に「メグカナコンビ」と呼ばれた栗原恵を擁する、三田尻女子(現・誠英)との決勝戦(2002年)は春高史上に残る名勝負だ。


下北沢成徳時代、(右から)大山加奈、荒木絵里香、木村沙織と共に活躍した大山未希(右から4番目)

 バレーファンにはおなじみだが、大山には小学校からVリーグ(東レ)まで同じ道を歩んだ年子の妹・未希がいた。未希は身長177cmで、姉の加奈に比べると10cm低かったものの、攻守にわたり器用な選手で、加奈の卒業後は主将として春高2連覇を果たしている。

 小学生時代、5年生でセッターとして姉の加奈にトスを上げ、6年時はエースアタッカーとして全国優勝を成し遂げた。筆者は未希が6年生の時に優勝した大会を取材しているが、大きな瞳が印象的な美少女で、小学生らしからぬしっかりした受け答えをしていたことを憶えている。

 未希が高校3年生で、姉の試合を観戦していた時にも短い取材をしたことがある。その際には、「夢は姉と一緒に全日本でプレーすること。小学校時代にセッターの経験があるので、セッターになることも考えている」と話していた。その言葉どおり、姉と同じ東レに入団した未希は、3年目の2006年にサイドアタッカーからセッターへの転向を決断する。身長177cmはセッターとしては大きく、大型セッターの誕生をバレーボールファンは期待した。

 しかし器用な未希でも、21歳という年齢でのセッター転向は簡単ではなかった。レギュラーに定着できないまま、2010年に東レを退団してビーチバレーに転向。その後、肩の手術を行なうなど順風満帆な選手生活ではなかったが、2015年まで現役を続けた。現在は、姉と一緒に子どもたちにバレーボールを教えるなど、競技の普及活動に携わっているという。

 東京都の女子バレーの強豪高校として、共栄学園を思い浮かべるファンも多いはずだ。特に有名なのは、1984年大会で準優勝して「下町のマコちゃん」と呼ばれた益子直美。だが、1995年大会を優勝したメンバーである熊倉由美も、明るい性格と守備力、身長168cmと小柄な体で打ち抜くパワフルなスパイクでファンを魅了した。

 1年生でチームの優勝に貢献して「ルーキー賞」を獲得した熊倉は、全日本ユースにも選ばれて世界選手権に出場。同大会も優勝して日本人初のMVPを獲得した。卒業後は先輩の益子と同じイトーヨーカドーに入団。1998年のリベロ制導入と共にリベロに転向し、Vリーグのサーブレシーブ成功率では常に上位にいた。

 その頃、筆者の取材に熊倉は「他チームのリベロで気になるのは佐野優子選手。魅力的なプレーを見せてくれますね」と話していた。熊倉より1歳下の佐野は、当時はまだ若手で目立つ存在ではなかったが、のちにロンドン五輪で銅メダリストになった。一方の熊倉は、日本代表に選出されることはあったものの、国際大会で活躍するまでには至らなかった。

 イトーヨーカドーが廃部となり、武富士に全体移籍をした2001年、熊倉はその移籍メンバーに加わることなく、22歳の若さで現役を引退した。その後、バレーボールを通じて知り合った同い年の山本隆弘(元パナソニック。北京五輪代表)と結婚。現在は解説者として活躍する山本を支えている。

 東北の学校では、1996年大会で優勝した宮城県の古川学園(旧古川商業)で「ドリームガールズ」と呼ばれた選手たちがいた。菅山かおる(小田急→JT→ビーチバレー)、高橋翠(日体大を経てトヨタ車体)、大沼綾子(小田急→日立佐和=現在の日立)、高橋めぐみ(JT→健祥会)、板垣紘子(日立=現在の日立とは別チームで廃部)、金田智子(イトーヨーカドー→武富士)と、のちにVリーグ入りした選手たちが勢ぞろい。そのうち高橋めぐみ(188cm)、板垣(185cm)、大沼・金田(ともに180cm)と180cm以上の選手が4人もベンチ入りしたことで、「ドリームガールズ」の名前がつけられた。

 この選手たちは当然、日本代表でも主力として活躍することを期待された。しかし、代表で活躍したのは大型選手たちではなく、169cmの菅山と172cmの高橋翠だった。2人は2006年の世界選手権代表となり、バレー三大大会(五輪、世界選手権、W杯)のひとつに出場を果たした。

 年齢は少し離れているが、ポジションが全員セッターだった比金桃子、みなみ、有紀の3姉妹もインパクトが強かった。3姉妹は東京都品川区の出身で、中学までは地元の公立中、高校は大分県の東九州龍谷、大学は東京都に戻って青山学院に進学と、同じ進路を歩んでいる。

 長女・桃子は、春高の3月開催が最後になった2010年大会(2011年から1月開催で3年生の出場が認められた)で、1学年下の鍋谷友理枝(現・デンソー)らと共に、双子の大野果歩(現・東レ)・果奈(元NEC)姉妹擁する古川学園と決勝を戦い、セットカウント3−1で勝利して3連覇に貢献した。青山学院大卒業後はトヨタ車体に入団し、2017年の皇后杯優勝などに貢献。2019年6月にビジネスの道に進むということで退団した。

 桃子と入れ違いで東九州龍谷高に入学した次女・みなみは、1年生からベンチ入りし、2011年から2013年大会に出場。速いトスを得意とする「高校屈指の逸材」と言われた。青山学院大では主将を務め、2017年には主将として全日本インカレで優勝。MVPを獲得するなど活躍し、翌年に久光製薬(現在の久光)に入団するが、わずか1年で退団した。退団時の公式コメントによれば「別の道に進む」とのことだったが、今後にどんな活動をするのかも注目だ。

 三女・有紀は、姉妹の中では最も長身の173cm(桃子は166cm、みなみは167cm)。2018年の春高では現・久光の中川美柚らとともに準優勝している。現在は青山学院大の3年で、ベンチ入りする機会がまだ少ないようだが、飛躍に期待したい。

 現役選手では、2009年、2010年大会に神奈川県の大和南から出場した二見梓が、現在はビーチバレー選手として活躍中だ。春高では180cmと長身のミドルブロッカーとして活躍。ユース代表にも選出され、愛らしいルックスも注目された。

 高校卒業後は東レに入団。1年目からレギュラーの座をつかみ、木村沙織、迫田さおりなど錚々(そうそう)たる面々とコートに立ったが、4年でインドアバレーを引退。しばらく社業に専念していたが、2016年にビーチバレー選手として現役復帰した。現在は強化指定選手にも選ばれ、五輪出場を目指している。

 果たして、2021年はどんなヒロインが誕生するのか。大会は無観客開催となったが、インターネット配信やテレビの放送をとおしてプレーに注目したい。