フジ・産経「世論調査捏造」を生んだ根深い病巣
合同世論調査の捏造が明らかになったフジテレビ(左)と産経新聞社(左写真:今井康一、右写真:Ryuji/PIXTA)
フジテレビ系列のFNN(フジニュースネットワーク)と産経新聞社が実施した合同世論調査で、委託先の社員が14回にわたり、電話をかけずに架空の回答を入力していたことが明らかになった。
世論調査の信頼性を著しく損なってしまうのみならず、報道機関への信頼も損ないかねない衝撃的なニュースであり、驚かれた方々も多いだろう。なぜこんな信じられない不正が起きてしまったのか。ほかのメディアでも似たようなことが起こりうるのか。
筆者は「とある放送局と新聞社の合同世論調査に10年以上関わっていた人物」の話を聞くことができた。彼1人の話だけがすべてを正確に説明できるわけではないが、かなり真相に迫る内容だ。
当事者が語った「聖域」崩壊の現状
まずは「本来、メディアにとって世論調査は聖域であった」ということだ。
現在でも権威ある大手新聞社などでは、信頼性の根幹に関わる世論調査や選挙関連の予測や調査などを行う部署は「聖域」として特別な待遇をされており、経験豊富で専門的な能力を持ったスタッフが調査を担当している。その意味でも、今回「フジテレビと産経新聞」という権威あるメディアの調査で不正が行われたことは「にわかには信じがたい」話だという。
そして、彼はこう続けた。
「世論調査は年齢や家族構成、地域など偏りが極力出ないようにする必要があります。固定電話は在宅率が低いし、携帯電話は出ない人や答えない人が多いし、年々サンプル収集が難しくなっているのは確かです。それもあって、調査員の確保も難しくなってきています。丸一日電話に向かってする仕事で、面談方式では文句を言われたりもしますし、かなりきつい仕事ですからね……。新型コロナウイルスの影響で、調査員の確保がいっそう難しくなっている可能性もあります」
こうした現状を受けて、調査員の質も低下傾向にある。そのため、調査員はアルバイトなどに頼ることが多いのが実情ではあるが、「いつもやってくれていて、信頼できる人に継続してお願いする」ことが大切なのだそうだ。
そうした信頼できる調査員も、仕事のキツさなどもあって、応募してこなくなる人も多く、確保しにくくなっている。そして彼自身、過去にはこんな経験をしたこともある。
「私も以前、選挙の調査を担当していたときに、調査員が調べもしないで勝手に自分で調査票に入力してサンプル数を増やしたことがあって、それを見抜いたことがあります。調査は偽造したら、意外と集計時にわかるものなのです。人為的な偏りが出てしまうので。しかし、調査会社に丸投げしていたら、わかりません。ですから本当は、調査は新聞社や放送局が主導して、信頼できる調査会社に依頼して行うのが大切なのです」
つまり、「調査員による結果の捏造」が現場では実際に起きているのだ。調査という仕事がキツい仕事であり、調査員が人手不足で、なり手が少なくなっている以上、こうした捏造をしてしまう調査員が出てきてしまうこと自体は、ありえることなのだろう。
とはいえ、そんな場合でも、経験豊富で調査や統計に明るい担当者であれば、「人為的な偏り」を見抜いて、疑いを持つことが可能なのだ。言うなれば、豊富な経験を持つメディア側の担当者が、その担当者が信頼できる調査会社に調査を依頼することによって、世論調査の正しさは担保されているのが実態らしい。
風当たりが強まるメディア側の担当者
今回のFNN・産経新聞合同世論調査は「昨年5月、合同世論調査の業務委託先について、それまで長年契約していた調査会社との契約終了に伴い、アダムス社に変更した」(6月19日付「産経ニュース」)という。はたして、フジテレビ・産経新聞と、この調査会社の間にどのくらいの信頼関係があったのかという点も気になるところだ。
また、メディア側の担当者に対しても、社内での風当たりは厳しくなってきているという。
「調査会社が捏造したら、意外とすぐわかるものですが、それを見抜く能力のある人が軽視されているんだろうなという気がします。私自身がそうでしたから……。かつては調査予算が潤沢にありましたが、最近は減少傾向にあるのではないでしょうか。一部の新聞社などを除き、世論調査に対して理解のない人が増えてきているのも事実です。特に今のテレビ局で調査を熟知している人は、民放にはほとんどいなくなっています」
彼自身、社内ではずいぶんと辛い目に合っているようだ。
「数値には必ずバイアスがかかりますから、それをどうかみ砕くかを調査の担当者は知っていなければなりません。調査方法も含めて理解が深くないと、調査会社が出してきた結果を鵜呑みにするしかなくなります」
「地味な作業ですから、疎かにされがちなのかもしれません。『誰でも適当にやればできるだろ』と上層部がバカにして、理解してくれなくて悔しい思いをしたこともあります。こうしたことが、今回の問題の根っこにあるのではないかと思います」
合理化の中で切り捨てられる「報道の根幹」
世論調査を含めた調査報道は、報道機関にとって重要な役割の1つだ。ある意味、社会がメディアに対して最も期待する役割は調査報道であると言ってもいい。
しかし、近年のメディアを取り巻く経営環境の悪化に伴い、新聞社やテレビ局でも経営の合理化は否応なしに進んでいる。そして、そんな中で真っ先に切り捨てられているのが、地味で費用対効果の悪い調査報道関係の部署であることは、残念ながら事実であると言わざるをえない。
そんな中、従来であれば「報道機関の根幹」として聖域扱いされてきた世論調査の担当部署も、次第に切り捨てられつつあるということが、今回の問題の背景にある事情ではなかろうか。もし、そうであれば、やはりこれは一新聞社・テレビ局の不祥事で済まされる問題ではない気がする。
健全な民主主義社会と言論環境を保つためにも、こうした世論調査の現場担当者の声にも耳を傾けつつ、もう一度、調査報道・世論調査のあり方について考え直すべき時期が来ているのかもしれない。