【映画】苦境に立たされた“私たち”ができること。配給会社「セテラ」取締役インタビュー
“Help! The 映画配給会社プロジェクト”スタートのきっかけ
皆さんは映画配給会社の存在をご存知だろうか?
配給会社は、洋画の場合でいうと、まず映画を発見することから始まり、その作品を買いつけると、日本全国の映画館に上映を依頼。さらに宣伝して映画を公開すると、その後はソフト化やVODやテレビ放送までトータルで手がける。いわば映画業界の黒子的存在だ。
小規模映画館<ミニシアター>を守るための“ミニシアター・エイド基金”や、“Save The Cinema”など、支援を求めるアクションが起きたことからも分かるように現在、映画業界は苦境が続く。それは独立系配給会社も同じこと。
その中で、このコロナ禍を乗り越えるべく、独立系配給会社が新たな独自の試みとして“Help! The 映画配給会社プロジェクト”をスタートさせた。
発起人を代表して映画配給会社セテラ・インターナショナルの代表取締役社長、山中陽子氏に話を聞いた。
考える間もなく、いきなり苦境に立たされた
まずはじめに、山中氏は映画配給の仕事を手がけて32年。
このような事態に見舞われるのは当然ながら初めてだった。
「映画館が閉まってしまい、映画を上映することができない。
長くこの仕事をやっていますが、こんな状況に直面したのは初めてです。
私どもの会社の話ですと、3月27日(金)から配給作品『最高の花婿 アンコール』の公開が始まりました。
ところが続く土日は映画館が閉まってしまい、その後は平日のみ10日間営業はしましたが、外出自粛要請下でしたのでお客さんはほとんどいらっしゃらない状況で……。
考える間もなく、いきなり苦境に立たされた感じでした。
ただ、厳しい現状はその少し前からすでに始まっていました。
映画館もいつ営業停止になるか分からない。
でも、正式に劇場が閉まることが決まらなければ、こちらとしては公開に向けて宣伝を進めていくしかない。
とはいえ、新型コロナウィルスの感染が拡大する中で、映画を観に来てくださいと積極的に謳うことはできない。
不要不急の外出は避けましょうとされている中で、“多くの人に集まってください”と言っているようなものですから。
ひとりでも多くの方に届いてほしいのに周知できない。好きな映画を勧められない。こんな心苦しい気持ちになったのも初めてですね」
独立系の配給会社が集まって立ちあげたプロジェクト
劇場での公開がストップすること。
これは独立系映画配給会社にとって死活問題であることを明かす。
「大手配給会社と比べると、独立系配給会社は収益の多くを映画館収入から得ています。
その映画館は、全国のミニシアターです。
私どもが手がける世界各地の作品だったりアート系の作品というのは、最近ではテレビの地上波で放送していただくことはほとんど期待できません。
CS放送や配信サービスでかろうじて取り上げていただけるぐらいです。
DVDなどのソフトに関しても、今はなかなか売れない厳しい時代。
ですから、本当に劇場収入のウェイトが大きいんです。
配給会社は映画の権利を買い、それを宣伝し、公開して皆さまに作品をお届けします。
1本の映画を届けるまでに大体半年ぐらいかかります。
この間、支出はあっても収入はありません。劇場公開が始まってようやく収入を得る。
先頃まで映画館は閉まっていましたが、いったい映画館収入がどうなっているのか、もう怖くて考えられません(苦笑)」
現在、少しずつ映画館の再開が始まった。
だが、席数の制限、コロナが完全に終息していない現状では映画館から遠ざかる人も少なくない。
これは映画館に限らず、一度遠のいてしまった客足はそう簡単には元どおりに戻らない。
となると、以前のような集客はなかなか望めないのが現実。
やがてやって来るのではといわれる“第二波”“第三波”も想定すると、長期戦を覚悟しなくてはいけない。
そこで独立系配給会社が集まり立ち上げたのが、“Help! The 映画配給会社プロジェクト”だ。
映画館が閉まっている今、私たちの“映画”を観てもらうには配信しかない
「劇場が閉鎖された直後から、私たち独立系配給会社も、この難局を乗り越えるために何をすべきかを模索し始めました。
初めは8社で情報交換を含めてZOOM会議を行いました。
そこで“ミニシアター・エイド”などのように寄付を募ろうかという話も出たのですが、私たち配給会社というのはあくまで裏方で、お客さまからは見えづらい存在なので、なかなか理解していただくのは難しいだろうと。
もちろん国や自治体の補償を訴えることも大切です。でも、それを待っていては倒産する配給会社も出てくる。
それから、大変なのは映画業界だけではない。飲食業界をはじめ、大変な窮地にいるところは他にもいっぱいある。ですから、私たちは自身の足で立って、歩かなければならない。
そこで、一方的に助けていただくというわけではなくて、なにか自分たちでひとつ試みをして、それに賛同いただき助けていただけないかと考えました。
私たちにある財産は“映画”。映画の権利を持っていますから、それを生かせないかと。
そして、私たちがなによりも望むのは皆さまに映画を観ていただくこと。
“私たちが大切にしてきた映画を、この映画館が閉まっている間に、忘れられないように観てもらうことはできないか”という考えに至ったんです。
それで、ちょうど、劇場運営も配給もされているアップリンクさんが、アップリンク・クラウドで、自社の配給作品を3カ月見放題という配信パックやっている。
これを私たちも、配給会社ごとにやってみてはどうだろうと。
なにもしないでいてはなにも始まらない。今、配信という方法でしか映画を観てもらえない状況になっている。
そのことに気づいて、やってみることで話がまとまりました」
あえて“配給会社別”に見放題配信パックを用意。その意図とは?
始動した“Help! The 映画配給会社プロジェクト”で実施するのは、自社で過去に配給した作品の配信。それぞれ会社別に配給作品の見放題配信パックを用意した。
配信作品は過去作に限定。新作に関してはあくまで映画館で公開してミニシアターの収益を確保し、合わせて過去作の配信によって少しでも経営を安定させ、映画館をはじめとしたこの仕事に関わる人々の事業継続を目指す。
それぞれの独立系配給会社の財産である“映画”を配信で観てもらうことで、観客の力を借り、この難局を乗り越えたいという。
「もともと、私たちもAmazonプライムをはじめ配信に作品を出してはいるのですが、個別に出しても、どうしてもメジャーな作品や話題作に埋もれてしまう。
だから、配給会社ごとのパックが良いんじゃないかと。
配給会社にも個性やカラーがある。アート系の作品を主体とするところから、ヨーロッパ映画を得意とするところ、あまり映画産業が盛んとはいえない国の隠れた作品を発掘してきたりと、それぞれ特色がある。
ピンチを迎えている今回ですが、この機会に、黒子の存在である私たちの存在を知ってもらうきっかけになればと思いました。
また、アップリンクのクラウドを利用している方は、おそらくミニシアター系やアート系の映画に興味のある方が多いはず。その皆さんは、私たち独立系配給会社の作品の観客層にも重なり、親和性がある。
まだまだ外出することにためらいがある今、そういった映画ファンにあらためて観ていただけるチャンスになればと」
観ることでその人の生き方や思考になにかプラスになる。それが“映画”
この配信パックのラインナップをまずはチェックしてほしい。
ホン・サンス、キム・ギドク、ジャック・ドゥミ、イングマル・ベルイマン、アルノー・デプレシャン、ルネ・クレール、ロベルト・アンドー、アピチャッポン・ウィーラセタクン、ワン・ビンなど、名だたる監督たちの名作が並ぶ。
もし、これら独立系配給会社が手を挙げることなく上映をしていなかったら、日本で紹介されることなく終わった監督がいたかもしれない。
そして、日本では当たり前のように世界各国の映画が上映されているが、これを私たちが享受できているのはミニシアターの存在であり、独立系配給会社のおかげ。そう実感するラインナップでもある。
それほど独立系配給会社は多様な作品と世界の映画作家たちを私たちに紹介していることが分かるに違いない。
「私の経験上、配給会社をやっているといっても、ほとんどの方がなにをやっているのか分からない(苦笑)。
まあ、表に出るわけではなく作品と劇場の陰に位置する仕事なので当然なのですが。
ハリウッド映画や日本映画だけでなく、世界中のさまざまな地域の映画を紹介しているのが、私たち独立系配給会社のひとつの特色です。
その収益から製作者にお金を戻すことで、それは世界中の製作者の次の映画への一助にもなっています。
私は、観ることでその人の生き方や思考になにかプラスになる、それが映画だと思っています。
そうした心が豊かになったり、あることを深く考えたり、他者に想いを馳せたりできるような、世界の良質な映画を紹介したい一心でこれまでやってきました。
これは他の配給会社も同じだと思います。ですから、さまざまな国の映画を観ることができる陰に、独立系配給会社の存在ありじゃないですけど(苦笑)、
実は、映画の多様性を保つこと、世界の新たな才能をいち早く紹介していることなどに、私たちの存在があることを、今回の配信パックで少しでも分かっていただけたらなと思います。
さらにそれぞれの会社の特色を知っていただいて、自分の趣味の合うところがあるようでしたら、その会社が今後配給する劇場公開作品にも注目してもらえたらうれしいですね」
配信パックの作品に込めた思い
自身のセテラ・インターナショナルの配信パックについてはこう語る。
「名監督から、巨匠、新しい才能と個性あふれる監督たちの一押し作品がずらりと並んだかなと。
ロシアの巨匠(アレクサンドル・)ソクーロフ監督の『ファウスト』、ドキュメンタリーの巨匠、(フレデリック・)ワイズマンの『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』などから、ジェラール・フィリップ主演のクラシック映画までさまざまなタイプの作品が楽しんでいただけると思います。
あと、私自身が、作家性もありながら、心が晴れるようなエンタテインメント性あふれる作品が大好きなので、『あしたのパスタはアルデンテ』や『不機嫌なママにメルシィ!』といった良質のコメディ作品も選びました。
外出を控え、家にこもる日々が続きましたから、コメディでパッと笑ってストレスを発散してもらえたらと思います。
今は、世界中の国々がほぼ鎖国状況になっています。その中で、世界の映画を観ることで世界とつながることの価値を感じていただけたらうれしいですね」
24地域50名、世界の名だたる映画人たちから届いた応援メッセージ
この独立系配給会社の新たな試みに対し、イザベル・コイシュ、エリック・クー、ツァイ・ミンリャン、マチュー・アマルリックら世界の映画人から続々と応援メッセージが届いている。こちらは動画コメントにまとめられているのでチェックしてほしい。
「私ども独立系映画会社は、製作者や俳優と直接コンタクトを取っています。そこで連絡をしたところ、多くのコメントを寄せてくれました。本当に心強いですし、ありがたいことです」
映画の火を消さないために、新たな試みで踏ん張りたい
5月15日から5社の配信が始まり、翌週の22日にはさらに8社が配信開始。現在、13社の配信がスタートしている。これまでの手ごたえは?
「初日はアクセスが集中したみたいで、つながりづらい状況が続いたみたいでご迷惑をおかけしたようなのですが、順調な滑り出しが切れたかなと思っています。
ご年配の方はなかなか配信になじみがないので、うちにも視聴方法の問い合わせがよく入るのですが、そのあたりをきちんと解消していけば、幅広い層に広く浸透していくのではないかと思っています」
それでも厳しい状況は変わらないが、こう前を向く。
「エンタテインメントは人間の生活においてはプラスアルファの要素。まず、衣食住があってその先に必要となってくるものだと思うので、この映画界の危機が戻るのはかなり遅いのではないか。それを覚悟しないと、とは思っています。
そういう長い目で見ても、コロナと共生していくために映画の見方の多様性というのをお客様に選んでいただく時代にもなってきたのかなと、感じています。いろいろな映画の見方をこちらも提供していく必要があるのかもしれない。
映画館に行きたくても行けない人がこれからもっと出てくるかもしれない。そういう意味で、映画は映画館で観てほしいという願いは変わらないのですが、今回のような試みもしていかないといけないのかなと思っています。
とにかくこのままでは私たちは倒れてしまう。私たちが倒れてしまうと、ミニシアターに映画を届けることができなくなってしまう。そして、世界の映画人が日本の観客に映画を観てもらう機会が、映画の多様性が失われてしまう。
そうならないよう、なんとか頑張らないといけない。1日も早い劇場の再開を祈りつつ、今回の配信を一助にして、映画の火を消さないよう踏ん張りたい」
独立系配給会社が始めた見放題映画配信パック。言い方は好ましくないかもしれないが、これはコロナ禍が与えてくれた、珠玉の映画セレクション。これほどの名作に一挙に出会える機会はそうそうない。
まずは、どんなラインナップなのか、覗いてみてほしい。そして、さまざまな映画を届けてくれる独立系配給会社の存在に想いを寄せてほしい。
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