実は公園も買い物も行けるイギリス「ロックダウン生活」の中身
■欧米のロックダウン政策は日本より厳しい?
世界経済をマヒ状態に陥れている新型コロナウイルス。2万人を超える死者が出ている国は全部で5カ国に及ぶが、これらの国々では国民らに「ロックダウン(都市閉鎖)」と称する厳しい行動制限を求めてきた。その結果、1日当たりの新規感染者発生数や死者数に明らかな減少がみられる。
日本でも「緊急事態宣言」の延長が決まったが、生活に不自由を被る自粛要請が求められているが、一方で依然としてさまざまな「人々が集まるスポット」が生じている。では、死者数の抑制を目指し、厳しい“ロックダウン”が続いているイギリスでは、どんな暮らしを強いられているのか。日本の皆さんが抱いているであろう「欧米のロックダウン政策」のイメージをつかみながら、現状を解説してみよう。
■実は「外出禁止」も「休業命令」も出ていない
イギリス政府は3月13日、「学校の閉校などはせず、集団免疫の獲得を狙う」との方針を打ち出した。厳しい行動制限が数カ月間も続く可能性があり、その結果いわゆる「コロナ疲れ」が生じかねない。それを避けるために、できるだけ緩いルールで感染拡大を抑えようとしたわけだ。
ところが、「これでは国民数十万人が死ぬ」という試算が出るやいなや、いきなり方針を転換。ついには3月23日、ボリス・ジョンソン首相は国民に対する演説を行い、「事実上の外出制限令」、つまり「ロックダウン」と報じられる対策に乗り出した。
当時の報道を改めて読むと次のようにまとめられている。
・公共の場所で同居者以外の2人以上の行動は不可。
・食料品、医薬品以外の「必需品ではないものを売る店舗」は閉鎖。
(以上を違反すると罰則の対象になり得る)
ところが、この首相演説をじっくり聞いてみると「命令」とも「禁止」とも言っていない。つまり、「非常事態宣言」下にある日本の現状と同様、強制的な法律による行動制限命令は伴っていないのだ。これを受け、イギリス国民はどう反応したのか。
■レストランやパブが一斉に店を閉めたワケ
Q:飲食店は開いているのか?
A:No. 基本的には開いていない。
レストランやパブ、カフェなどはスタッフに対する政府の給与補助(従業員給与の80%、月額最大約33万円を支給)が決まるや否や、一斉に店を閉めた。これらの補償政策は全業種を対象としており、フリーランスも別枠の給付金が出るので皆進んで休業したのだ。スターバックスをはじめとする大手コーヒーショップチェーン、マクドナルドなどのファストフード店も同様にほぼ全て閉まっている。
ただ、テイクアウトを条件に食べ物を販売するのは認められており、個人営業のサンドイッチ店、英国名物のフィッシュ&チップス店などで店を開けているところがある。
目下の問題はパブの再開時期だ。いまの状況では、人々がいわゆる「3密」状態のまま店でお酒を楽しむことは当分の間、不可能とみられており、業界団体は「状況によっては年内は復活が無理かも」と厳しい考えを示している。
Q:コンビニなど小売店は営業している?
A:Yes. 営業時間を大幅に短縮しながらも営業を行っている。
スーパー、ドラッグストアなどは日中なら自由にアクセスできる。
ただし、店内で2メートルの「ソーシャルディスタンス(社会的距離)」を取る必要があるため、店の外で結構待たされることも。狭いコンビニでは客の受け入れ人数を一度に3〜4人と絞っている。各店舗には入場口にガードマンが人員整理をしているが、手で合図するのみで「並んでくださーい」といった騒がしい案内はなし。
■地下鉄の利用率は3月と比べて96%減
Q:電車やバスは動いているの?
A:Yes. 鉄道やバスを管轄するロンドン交通局は「必要不可欠な仕事のための通勤者以外は乗るな」と利用自粛を呼び掛け。オフィスワーカーの出勤はほぼゼロで、テレワークの徹底が見て取れる。
公共交通の利用率は、地下鉄が4月2日に4%(3月上旬を100%と計算、以下同じ)になって以来、約3週間にわたり横ばい。医療関係者と一部の金融機関や公共部門従事者、建設労働者などしか利用していないことが伺える。なお、ロンドンの路線バスは利用率16〜18%とみられる。
ただ、運転手が利用客などからウイルスをうつされ、15人以上がコロナ感染で死亡。やむなく4月20日から車内前方をブロックし、運賃徴収をやめたため、現在は無料で利用できる。それでも乗客は増えていない。
なお、首相官邸から発表された「移動手段ごとの利用率の推移」を示すグラフによると、公共交通機関全体の利用率は4月1日以降16%で4週間近く横ばい。つまり、不要不急以外の用事で出かける人々がいる可能性は低そうだ。
Q:銀行などの金融機関は開いている?
A:Yes. 営業時間を日中の数時間に短縮し対応。
ロンドンでは夕方遅くまで開けている銀行も多いが、現在は数時間の営業にとどまる。
店内に一度に2人程度しか入れない対策を採っている支店もあり、つまり「できれば来てほしくない」という態度がありありだ。
■帰省などの個人事情で地方に行く人はほぼいない
Q:外出してよい距離は決まっているのか?
A:No. 外出距離に関する具体的な規定はない。
ただし、政府が「ショッピングはローカル(近所)で」と促しており、不自然に遠い距離まで出かけようとしている人々に自粛を求めている。なお、近郊〜長距離列車を運行するナショナルレール(旧英国国鉄)の利用率は4月2日に4%になったのち、24日には1%まで落ちている。長距離高速バスの運行は止まっており、帰省など個人的な要件で他の地方に向かう人はほぼゼロ、とみられる。
一方、自家用車で気晴らしに遠出する人々がごくわずかだがいる。国定公園など景色のよいエリアは警察の監視対象となっており、他の地方から観光で来た人々が罰金を科せられている。
Q:子供たちが外遊びをする自由はあるか?
A:Yes. 大人も含めて、1日1回の「外での運動など」が許されている。
ただし、「1回」の制限時間は具体的に決まっていないため、「小さな子供が疲れて嫌になるまで」くらいの公園での外遊びなら問題なし。夫婦連れでの犬の散歩も自由に行ける。同居者でない人同士が外出先で一緒に活動するのは不可だが、家族であれば一緒に外出しても構わない。従って、家族で自転車で「うちの近所」をグルグル走るのが流行っている。
また、ジムやフィットネスクラブが閉鎖されているため、公園でかなりハードなトレーニングをしている人を見かけるが、これも規制の対象にはならないようだ。ただし一人で運動することが求められている。
■人とすれ違う時は合図しながら距離を保っている
Q:ソーシャルディスタンスは基本的に守られているか?
A:Yes. スーパーの売り場の通路など、狭いところで人がすれ違う時はお互いに合図しながらスペースを譲り合っている。
バス車内で「混み合ってきてどうも他の乗客との距離が近い」と思う時は、違う席へと移動したりする。人の目など構ってはいられない。
問題は、朝晩の地下鉄で、時間帯と路線によってまだ混み合う区間があること。ただ、統計から見る限り、状況は3月下旬の「制限開始当初」と比べ大幅に改善されているようだ。
Q:マスク着用の普及は進んでいるか?
A:Yes. もともと、イギリスを含む欧州でのマスク着用の習慣はほぼゼロだった。
一部の欧州の国では、交通機関でのマスク着用の義務化が進んでいるが、イギリスでは未着手だ。ロンドンのサディク・カーン市長は、公共交通の車内や駅などで着用を義務化するよう訴えているが、今のところ国としての対応は進んでいない。在英の中華系医師が「公共の場でのマスク着用を義務化すべきだ」と政府の請願サイトで呼びかけている。しかし、今のところ意外と賛同者が少ないのが不思議だ。
■国民の危機意識を強くした政府からのメッセージ
では、こうしたイギリスの状況は果たして「ロックダウン」と言えるものなのだろうか?
そもそも「ロックダウン」という言葉の定義が定まらぬ中、各国のメディアが使い続けているとも考えられるが、少なくともイギリスの現状では、国民の「コロナ疲れ」を想定したルールで運用されていると言ってよいだろう。
例えば、子供たちが外遊びをする自由は認められているので、過度な行動でなければ親たちが公園などに連れて出ることができる。また、食料品を売る小売店が営業しているので、こちらも異常な頻度でもない限り、ショッピングに出かけたところで問題はない。つまり、家の中でずっと閉じ込めておこうという制度設計にはなっていない。
ただ、「必要不可欠な仕事での外出がない国民の大多数」は政府が訴える「家にとどまれ!(Stay Home)」の掛け声を守っている。
なぜなら、このコロナ対策は政府から「数十万人の死者に自分が含まれるかもしれない」「あなたの大切な誰かが死ぬかもしれない」と刷り込まれたところからスタートしているからだ。家にとどまることで、「ウイルスをもらってきて重症化するリスク」が避けられるのであれば、わざわざ外に出歩くことなど考えもしないのは当然だろう。
■休業中の人がスーパーや物流のアルバイトを始めている
世界各国で「行動制限に伴う経済への悪影響とのバランス」は大きな問題として捉えられている。個人の貯蓄がギリギリの人は、今月払う家賃に事欠くどころか、食費にも困るという状況が生まれることは容易に考えられる。
そんな中、イギリスではどんなことが起きたか。
最も厳しいあおりを受けたのは、サービス業の従事者だ。首相演説を通じ、レストランやカフェは休業を命じられた格好になっているが、それ以前に従業員給与の80%まで政府補助を出すと決めたことで、躊躇なく閉店判断ができた。さらに厳しいのは航空業界や旅行業界だが、同様の補助スキームにより救われた従業員は多かっただろう。ただ、経営に当てる資金は別の補助申請が必要で、経営者は対応に難航している。
そんな中、人材の確保に大きく動いたのは小売、物流業界だった。パニック買いが起きて以来、スーパー各店舗は普段より手厚い品出しを行っており、人手の増員に迫られている。また、外へ出ない、出たくない市民が激増する中、通販の配達に当たるドライバーが全く足りていない。しかも、こうした従業員の中からも感染者が出て、「戦線離脱」を余儀なくされた店員やドライバーたちがいる。
極端な例では、運休著しい航空会社のパイロットがスーパーの配達人としてアルバイトに行っているケースもある。また、コロナ対策の「野戦病院」が全国で建てられており、そこへのスタッフ確保のために航空会社の客室乗務員が駆り出されたりもしている。つまり、総動員態勢でこの急場をしのごうとしており、「ただ失業して膝を抱えている場合ではない」というのが本音とも言える。
■復帰したジョンソン首相は「第2波」を警戒
イギリスではこれまで述べたように、国民の「コロナ疲れ」も配慮しながら、事実上の「ロックダウン」に皆が協力し、ギリギリのところで犠牲者増加を食い止めたといった状況となっている。残念ながら、3月中旬に打ち出された「死者2万人以内なら上出来」としていたベンチマークを4月26日に超えてしまったが、"第一波"感染のピークを過ぎた後の到達だったのが救いと言えようか。
一方、この2万人には「介護施設や自宅で息を引き取った人々が含まれていない」という状況に目をつぶるわけにはいかない。ただ、絶望的な医療崩壊が起きなかったことに加え、4月下旬になって一般救急病棟の対応に余裕が出てきたとも伝えられており、ひとまず「ロックダウン」の成果は得られたといったところだ。
ジョンソン首相は27日、コロナ感染による復帰後初の演説を行い、「イギリス国民全員で外出を自粛したことで医療崩壊から病院を守り、感染曲線を平らにした」と評価。しかし、感染拡大の第2波に襲われ被害が急増すれば、「経済にとって大惨事」になると警告し、焦る気持ちを抑えてほしいとさらなる協力を求める一方、外出制限緩和に向けた方策や時期には言及しなかった。
まだ、感染拡大の可能性は残っている。ワクチン開発や免疫獲得の行方がはっきりするまでは、引き締めを続けることが重要だろう。
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さかい もとみ(さかい・もとみ)
ジャーナリスト
1965年名古屋生まれ。日大国際関係学部卒。香港で15年余り暮らしたのち、2008年8月からロンドン在住、日本人の妻と2人暮らし。在英ジャーナリストとして、日本国内の媒体向けに記事を執筆。旅行業にも従事し、英国訪問の日本人らのアテンド役も担う。■Facebook ■Twitter
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(ジャーナリスト さかい もとみ)