「ブルーレーベル・クレストブリッジ」など、複数のライセンスブランドを展開するが、苦戦が続く(写真:三陽商会)

「ポールスチュアート」や「マッキントッシュ ロンドン」を展開するアパレルの三陽商会は4月14日、社長交代人事を発表した。5月末にも開催する株主総会をもって中山雅之社長は副社長に降格。3月に入社したばかりの大江伸治副社長を社長に昇格させる。

同社では4期連続の最終赤字が濃厚となった2019年10月、岩田功・前社長が引責辞任を表明。取締役常務執行役員だった中山氏が2020年1月から後任社長に就いたばかりだった。

社長の早期交代は想定されていた

「今後は副社長として大江さんが指揮する再生プランの遂行を土台から支えていく。(大江氏との)ツートップ体制は変わらないが、非常時である今は、外部から来た大江さんが新しい“顔”となる方が金融機関や株主の理解を得られやすいと考えた」

4月14日に都内で開いた会見で、中山社長は社長交代の理由をこう話した。

新社長となる大江氏は、58歳の中山社長より一回り以上も上の72歳。三井物産に37年間在籍した後、アウトドアブランド「ザ・ノース・フェイス」を展開するゴールドウインに2007年に移り、取締役や副社長を歴任した。大江氏がゴールドウインに在籍していた期間は、同社が業績の底から浮上し、現在の成長を実現した時期に当たる。

「アパレル業界での事業再生を成し遂げたプロフェッショナルとして外部から招聘した。アパレル業界における豊富な経験、幅広い知見・人脈は当社の再建を早期に実現するうえで大きな後押しとなる」と中山社長は大江氏に期待を寄せる。

会見に同席した大江氏は、三陽商会の経営立て直しを引き受けた理由について、「これまでほぼ50年間、繊維がらみの仕事に従事してきた。多岐にわたる経験を生かして、キャリアの集大成となる仕事ができるのではないかと判断した」と説明。「ミッションを引き受けたからには不退転の覚悟で臨みたい」と厳しい表情で語った。

アパレル業界の中で今回の社長交代は想定内のことだった。2020年1月の中山社長就任は、対外的にけじめを示す目的で岩田前社長の退任を急いだ意味合いが強く、経営体制の大幅な見直しを決めるまでの「ワンポイントリリーフ」と多くは見ていた。

実際、紳士服の企画畑を歩んできた中山社長の手腕については、「厳しい経営状況の中で大胆な改革を実行できる力量もないだろう」(アパレル業界関係者)と疑問視されていた。

コロナ影響で100億円の営業赤字も覚悟

三陽商会の業績はじり貧状態だ。2015年にライセンス契約が終了したイギリスのブランド「バーバリー」の穴を依然埋め切れていない。加えて、売上高の6割強を占める百貨店での集客減が直撃している。

4月14日に発表した2020年2月期決算(14カ月の変則決算)。売上高は688億円と2019年3月に公表した会社計画比で5%減にとどめたものの、営業損益は当初見込んでいた黒字を達成できず、28億円の赤字となった。2018年末に約250人の希望退職を実施し、人件費を大幅削減したにもかかわらず、4期連続の大赤字となった。

足元では新型コロナウイルス感染拡大の影響が重くのしかかる。外出自粛の傾向が強まった3月は、月次売上高が前年比44%減と大きく落ち込んだ。緊急事態宣言を受けて多くの百貨店が休業した4月はさらなる売り上げ減が予想される。

会社側は今2021年2月期の業績予想を未定としたが、大江氏は新型コロナの影響次第で営業赤字が約100億円に膨らむ可能性を示唆。そのうえで「事業構造改革を断行し、2022年2月期に確実に黒字化するための施策を徹底する」と強調した。

大江氏が掲げる再建プランの柱は主に2つ。1つは在庫抑制による粗利率の改善だ。

これまで商品の仕入れは各ブランドの現場裁量で決めていた。それを中央で一元管理し、今下期は仕入れ量を前年同期比で3割減らす方針。品番数もブランドごとに1〜3割程度削減する。


社長に昇格する大江伸治副社長(左)と、降格が決まった中山雅之社長(記者撮影)

「バーバリーがなくなった後も一定の売り上げ規模の維持に必要以上にこだわった結果、過剰仕入れ、過剰投入、セールの乱発、粗利率の悪化という悪循環に陥った。今後は額ではなく、(粗利)率に徹底してこだわる」(大江氏)

もう1つの柱はコスト削減だ。約1050の売り場のうち、最大150売り場を今期中に撤退する。乱発ぎみだった新規事業も、大半が赤字に陥っていることから今期中に整理を進める。「収益化のメドが立たないと判断されれば躊躇なく事業撤退を考える」(大江氏)という。

大株主は中山社長の取締役留任に猛反対

抜本的改革にようやく乗り出したようにみえるが、市場関係者やアパレル業界関係者の視線はなお厳しい。三陽商会の株式を6%保有するアメリカの投資ファンド「RMBキャピタル」は、5月の株主総会で中山社長の取締役退任と、同社が推薦するマッキンゼー出身の小森哲郎氏の社長選任などを求める方針だ。

RMBの細水政和ポートフォリオマネジャーは、「小森氏と大江氏の体制であれば真の再生が実行できるが、そこに中山氏は不要。中山氏が代表取締役副社長としてとどまると経営責任の所在があいまいになる」と主張する。

大江氏については、「生産管理・在庫管理など、これまで三陽商会がきっちりできていなかったオペレーションを厳しくコントロールできる実行力がある」と評価。「さまざまな業界で経営してきた経験を基に将来の成長戦略やビジョンを描ける」小森氏と組めば、赤字を止め、将来の成長戦略を社内外に示せると細水氏は考える。

一方、4月14日に発表された再生プランは中山社長と練った策であるため評価が低い。細水氏は「目先の黒字化計画に過ぎず、強力なブランド育成やビジネスモデルの転換など長期的に黒字を維持するための成長戦略が示されていない」と切り捨てる。

RMBは2019年末にも第三者への会社売却を検討するよう提案するなど、経営体制の見直しを求めてきた。中山社長は「会社側の考えを丁寧に説明して理解を得ていきたい」と語るが、今後も双方の話し合いが平行線をたどれば、株主総会で委任状争奪戦へと発展する可能性がある。

「貴族のような気質」を変えられるのか

大江氏は三陽商会を変えられるのか。消費環境の変化にいまだ対応できていない同社を変えるのには骨が折れそうだ。

あるアパレルOEM会社の幹部は、「(「23区」などを展開する)オンワードホールディングスはEC強化などの目標を決めたら兵隊のごとく徹底的に実行する。対する三陽商会は、特に中堅以上の社員や経営幹部の間でまったりとした貴族のような気質が抜けない。打ち出す新規施策も後手の印象が強い」と語る。新たな戦略を打たずともバーバリーが売り上げを支えてくれた時代が長かったことで、三陽商会は変化への対応力が培われなかったようだ。

現預金や不動産など保有資産が潤沢なことも、かえって会社の経営に対する危機意識が高まらない要因となった。

2018年夏の決算会見で、当時の岩田社長は「現預金はかなり潤沢にあるので、売り上げを上げる投資を行っていく」と発言。翌2019年に、手薄な20〜30代向けの新ブランド「キャスト」を立ち上げて約30店舗を一気に出店。銀座の自社ビルも巨費を投じてリニューアルした。

が、キャストも銀座の自社ビルでの販売も、想定した売り上げを確保できなかった。大手アパレルの幹部は、「このアパレル不況の時代に新ブランドを30店も一気に出す勇気は到底ない。資産があるからできるのでは」と苦笑する。

会社の気質を一朝一夕に変えるのは難しい。今回の人事では社外取締役を2人から6人へ大幅増員し、ガバナンス機能の強化をうたうが、大江氏と同じ三井物産や百貨店の出身者を含むメンバー構成に、複数の業界関係者は「お友達人事ではないか」と首をかしげる。

現預金と保有有価証券は約5年前比でおおよそ半減し、2020年2月末時点で219億円。新型コロナの影響が長引けば、一層のリストラや事業整理を迫られる可能性もある。遅すぎた改革の下、会社とブランドを存続させていけるのか。大江新体制は、重責を背負ってスタートする。