「懐かしいなあ、カウンターのなか。昔をしていたころ、この店で5年間アルバイト店員をしていたんです。ピアノの生演奏が流れるなかで働いていました。音楽を楽しむお客さんの顔から、『役者でやってやる』というエネルギーをいただいていましたね」

 約30年前、役者を目指して上京した近江谷太朗(54)。最初に見つけた居場所が、ジャズが楽しめる居酒屋「バガボンド」だった。

「人前で、ドリフターズのものまねをするような子供で、誰かを喜ばせる職業に憧れていました。21歳のとき、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読んで、“大きな生き方” に憧れ、俳優を目指したんです」

 就職活動が解禁された日、大学4年生の近江谷は、大学のある仙台から高知の坂本竜馬像まで、自転車で22日間の旅をした。

「俳優になるという強い決意を、その無茶な行動で表わしたかったんです(笑)」

 その道中、東京で観た舞台で、役者への思いはいっそう強くなった。

「『ぴあ』を買って、たまたま予定が合った劇団離風霊船の『ゴジラ』(1987年、大橋泰彦作・演出)を観たんです。着ぐるみを使わず、普段着の俳優がそのまま、ゴジラを演じていました。『こんな世界があるんだ』と、衝撃を受けました」

 大学卒業前に受けた、三宅裕司率いる「スーパー・エキセントリック・シアター(SET)」の研究生試験に合格 。1988年、卒業と同時に上京し、演劇活動とバイトに明け暮れた。

「映画やテレビへの憧れはありましたが、当時は、とにかくいい舞台をやろうと必死でした。ですが、SETでは卒業公演に1回出させていただいただけで、その後、声はかかりませんでした」

 バガボンドに週5回出勤する生活に変化が訪れたのは、1989年。店に「演劇集団キャラメルボックス」のメンバーが、公演ポスターを貼りに来たときだ。そのポスターに書かれていた、劇団員の募集に応募。同じオーディションを、上川隆也も受けていた。

「結果は、2人とも合格でした。もっとも、僕と上川が受けたとき、応募者は5人しかいなかったんですけどね(笑)」

 難解な作風を競った小劇場界で、エンタメ性溢れるキャラメルボックスは、一大ブームを巻き起こした。

「僕が入団した2〜3年後には、劇団員を募集すると、200人以上が応募してきました。そのころ、僕はバガボンドで店長的立場で(笑)、お店全体のことを考える機会が多くなりました。

『それは役者としてよくないな』と思い、収入に不安はあったのですが、1993年にお店を辞めたんです。すると不思議なもので、役者の仕事が増えてきたんですよ」

 出身地である北海道での初公演や、他劇団への客演、そして主演など、近江谷にとって1990年代半ばは、舞台での活躍の場を広げていった時期だ。

調理・ホールなど、なんでも担当したバイト時代

 そして2000年、演劇ユニット「プレイメイト」を立ち上げた近江谷は、2002年にキャラメルボックスを退団する。

「自分で、自分のやりたい舞台をやりたかったんです。バガボンドを辞めたときもそうですが、『自分の居場所はひとつだけ』という思いがありました。『プレイメイト』が僕の居場所だという意識が強くなり、退団を決めたんです」

 同時期、近江谷は、“テレビでの当たり役” にも恵まれる。2002年、テレビドラマで初のレギュラーキャストを務めた『一攫千金夢家族』(南野陽子主演、TBS系)、2003年からは『特命係長只野仁』(テレビ朝日系)シリーズで、いずれもドジだが憎めない中年男を好演。

 どちらも高視聴率で、「自分でも潮目が変わったなと感じました」という。

 演じる役を、ある程度は選べるようになり、劇団時代に好青年役が多かった反動から、あえてイヤなキャラクターばかりを演じるようになる。

「すると、そういったオファーが増えるんですよね。父親役でも、娘の背中に煙草の火を押しつけたり(『シバトラ』2008年、フジテレビ系)、アルコール依存症だったり(『ストロベリーナイト』2012年、フジテレビ系)……。本当に、たくさん演じました(苦笑)」

 近年、作品のなかで自身を印象づけることを、“爪痕を残す” という。それを目標にする俳優も多いが、近江谷は、その風潮に背を向ける。

「僕は、演技に余計な個性を入れないことが多いんです。たとえば、主人公に家を紹介する不動産屋が、いちいちギャグを挟んできても、鬱陶しいだけですよね(笑)。

 もちろん、小さな役にも自分の個性を出し、注目を集める役者さんもいるので、いまだに正解はわからないのですが……」

 2006年まで続けたプレイメイトでの活動を発展させ、50歳となった2016年からは、自身のプロデュース公演「yataPro」を手がける。

「21歳のころとは違い、有名にならなくてもいいし、お金持ちにならなくてもいい。『いい作品に、それなりの役で関わっていきたい』というのが、いまの正直な気持ちです」

 経験を重ねるごとに、新しい “自分の居場所” を見つけてきた近江谷。最初に自分を迎えてくれたバガボンドには、いまも年に1度は顔を出すそうだ。

おうみやたろう
1965年12月4日生まれ 北海道出身 東北学院大学英文科卒業後、上京して俳優活動を開始。劇団SET研究所を経て、1989年に「演劇集団キャラメルボックス」に入団。主力メンバーとして13年間所属。2002年に同劇団を退団後も、ドラマ、映画、舞台で活動

【SHOP DATA/バガボンド】
・住所/東京都新宿区西新宿1-4-20 1F・2F
・営業時間/17:00〜23:30(金曜のみ、1Fは2:00まで)
・休み/無休

※ミュージカル『東京少年少女』(大塚幸太脚本・演出)が2月21日〜23日、東京・渋谷区文化総合センター大和田「さくらホール」にて上演
※舞台『エール!』(きたむらけんじ作・演出)が3月11日〜22日、テアトルBONBON(東京・中野)にて上演

(週刊FLASH 2020年2月18日号)