新型ウイルス肺炎の拡大を受けてWHOは1月30日、緊急事態宣言を出した。写真は記者会見するWHOのテドロス事務局長(写真:AP/アフロ)

世界保健機関(WHO)は1月30日、新型コロナウイルスによる新型肺炎に関する3回目の緊急委員会を開催し、公衆衛生上の「緊急事態」を宣言した。

この緊急事態宣言により、世界各国の保健当局は感染拡大防止に向けた措置を拡大していく。しかし、感染者が急増している中国に近い、ある地域が感染拡大防止の「エアポケット」(空白地帯)になると危惧されている。それはWHOに加盟を拒否されている台湾だ。

台湾を招待しなかったWHO

WHOは緊急事態を宣言した30日の緊急委員会だけでなく、1月22日、23日の両日に開催された2回の緊急委員会にも台湾当局を招待しなかった。台湾では1月21日に武漢で働いていた50代の女性が感染していたことが確認され、1月30日までに8人の感染者が出ている。

台湾の福利衛生部(日本の厚生労働省に相当)に設置されている中央感染指揮センターの報道官は、WHOの会合に台湾が参加できないことについて遺憾の意を示し、蔡英文総統も「WHOには政治的要因で台湾を排除せず、台湾が参加できるようにしてもらいたい」と表明した。

1971年に中国が国連に加盟したと同時に脱退して以降、台湾はWHOなどの国際専門機関の多くに加盟できていない。専門機関への参加は国連加盟が必須ではないものの、国連常任理事国である中国の賛成が得られないこともあり、台湾は排除され続けている。国連の活動資金となる各国の分担金拠出額は、中国がアメリカに次ぐ2番目の規模を誇っており、中国は台湾を排除し続けやすい構造にある。

WHOに加盟できない結果、情報共有が迅速に行われないなど不利な状況を強いられている。空路による感染防止に関する情報を加盟国に提供している国際民間航空機関(ICAO)にも台湾は未加盟で、感染拡大の水際対策の最前線となる空港や空路での安全確保に懸念する声もあがる。

1月25日にはアメリカのシンクタンク研究員がICAOに台湾への情報提供を求めるツイートを行い、それを受けてICAOにアカウントをブロックされたと主張。ICAOはツイッター上でわざわざ反論するなど、台湾についてインターネット上で過剰に反応した。ICAOの事務局長は2015年8月から中国人が務めている。

台湾外交部や台湾保健当局の関係者によると、NGOや日米欧など関係が深い政府を通じてWHOのコロナウイルス関連情報を入手しているという。また、「水面下でWHOから情報が送ってもらえる」(台湾保健当局関係者)こともあり、WHOも「必要に応じて技術的な支援を台湾にしている」とコメントしている。

ただ、WHO非加盟のため、「必要な情報を必要なときにいつでもアクセスできる保証はない」(台湾外交部幹部)という状態であり続けている。

国際社会で相次ぐWHO批判の声

台湾側は2002年にSARS(重症急性呼吸器症候群)が流行した際、WHOから診断方法などの重要情報を得られず、SARS封じ込めに苦しんだ経験がある。最終的にWHOが職員を台湾に派遣したが、感染が確認された346人のうち、2割超に相当する73人が死亡(うちSARSが直接的死因と確認されたのは37人)。感染疑い例を含めると死者は180人に達し、SARSの終息は世界でもっとも遅かった。

WHOとICAOが台湾を排除していることについて、国際社会からは批判の声が相次いでいる。アメリカ下院外交委員会はツイッターで「台湾排除に反対する声を封じるのはICAOが掲げる公平、包摂、透明の原則に反する」と表明。カナダのトルドー首相は1月29日、「台湾がWHOの会議にオブザーバーとして参加することは国際衛生上、最大の利益をもたらす」と議会で答弁した。1月30日にはEUも台湾のWHO参加を支持する立場を示した。

日本の安倍晋三首相も1月30日の参議院予算委員会で、「政治的な立場で、この地域を排除するということを行うと感染防止は難しい」と発言。日本は1972年に日中国交正常化に伴い、台湾と断交しているが、国交がない台湾に言及した。

ただ、台湾のWHO加盟にとって最大の障壁となる中国の姿勢は強硬なままだ。中国外交部報道官は「台湾地区に情報を適宜、提供している」と反発。今回の新型肺炎をめぐって、台湾の検疫を中国が代表して責任を持つとの立場で、「中国中央政府ほど台湾同胞の健康に関心を寄せているところはない」(外交部報道官)と述べている。

中国政府は、台湾が自国の一部であるとする「一つの中国」原則を堅持しているが、中国側からは冷淡な対応が続いている。台湾政府は1月27日、中国に滞在している台湾人が台湾に帰るためのチャーター機を派遣したいと中国側に要請したが、回答がなかったと現地メディアは報じた。


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対中融和路線の馬英九政権だった2009〜2016年は台湾もWHOの年次総会にオブザーバー参加していた。ただ、台湾独立志向の蔡英文政権が発足した後の2017年からは総会に招待されなくなっている。

1月11日の総統選挙で蔡英文総統の再選が決まった。独立志向が続く台湾が国際会議に参加して存在感が高まることを中国は警戒している。新型コロナウイルスの感染拡大が続いても、中国政府は国際機関から台湾を排除するよう、圧力をかけ続けるとみられる。