少年野球指導者も参考にしたい、ラグビー界のジュニア育成「2つの方針」

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横浜市港北区の「あおばスカイフィールド」に、子どもたちの明るい声が響いていました。小学3年生から中学生を対象とした平日の放課後に開催されるラグビー教室「ラグビーパークアカデミー」横浜会場のレッスンの日。約25人の小3・4クラスには女の子の姿もあり、和気あいあいとした雰囲気に包まれていました。

■「敵」という言葉を使わず「相手」という

「『ラグビーっていいスポーツだよね』って言ってもらえるのが1番うれしい瞬間です。試合に足を運んでくださった方から『会場にいてすごく楽しかった』『勝っても負けても、健闘を称え合うのが素晴らしいね』って言っていただけたので、ラグビーを長年、地味に大事にしてきた人間としてはすごくうれしいです」

そう話してくれてのは、一般社団法人ラグビーパークジャパン代表理事/メインコーチの川合レオさん。玉川大学3年時にニュージーランド留学を経験し、若手の日本代表候補選手や大学生のチームのヘッドコーチなどを経て、現在はJRFU(日本ラグビー協会)の普及育成部門にも長く携わっている。この度のラグビーワールドカップでも国民に称賛された、ラグビーの持つ「ノーサイドの精神」についてお話を聞きました。

川合さん「ラグビーでは『敵』という言葉を使いません。『相手』という言葉で表現するんです。グラウンドの中で行われているぶつかり合い(コンタクト)というのはお互いに一定の恐怖心を乗り越えて行っていることなので、終わったあとに『お互いよく戦ったよな』という気持ちを感じ合えるんです。非日常的空間を共有し合った仲間意識がゲームが終わると自然に芽生える。それは大人も子供も同じです。

そして、試合を見ているファンの人は、負けても選手やチームに罵声を浴びせる人はいません。コンタクトプレーなどはファンの方からすると超人的なプレーの連続なので、そんなプレーを見せてくれて『ありがとう』という感情がこみ上げてきます。指導者としても、プレーヤーのレベルに関係なく、勇気を振り絞って戦っている姿には選手たちに感謝の気持ちすら感じます」

■足並み揃えて一つになれるラグビー界

2009年、10年前に「ラグビーパークアカデミー」を設立。最初は3人くらいの生徒でスタートしましたが、評判が口コミで広がり、現在は生徒数が210人まで増えたとか。ラグビーパークで始めたチーム活動を行わない「アカデミー」というスタイルは、多くのラグビー関係者の共感を呼び、今では多くの場所で開催されています。国としてもスポーツ庁が「放課後ラグビープログラム」(https://www.houkagorugby.info/) という施策を打ち出し、公民一体で普及の輪が広がっていきました。

川合さん「設立の動機は2つありました。1つは筑波大大学院で学んでいるときに『これからのスポーツは学校じゃなくて地域で支えていかなきゃいけない』ということを多く見聞きしたこと。もう1つが、日本のラグビー環境を考えた時に、小・中学生が平日にラグビーをする場所がないという問題を何とかしたいと思ったからです。中学になると、学校の部活にラグビーがなくて、週に1回の週末の地域ラグビースクールの活動だけだと、他のスポーツに流れたり、ラグビーを辞めちゃう子どもがいました。『じゃあ、平日に不特定多数の子にラグビーを教えられる環境を作ってみてはどうか』と考え、始めました。それが結果的にスポーツ庁事業にもなり、さらに民間でも多くの方が開催してくれる流れになっています。

リーチ マイケル主将が「ONE TEAM」と言っていましたが、私が始めたアカデミーに限らず、日本ラグビーは、何かやろうとなったときは比較的ひとつになりやすいと感じます。今回も日本ラグビーフットボールの企画で、W杯直後に幼児や小・中学生向けに全国のラグビースクールで「体験会」を一斉に開催しています。全国で足並みをそろえてポスターを作り、11月から実施しています(https://www.rugby-japan.jp/news/2019/10/17/50206)。競技人口が少ないからできることかもしれませんが、全国のラグビースクールが足並みを揃えて体験会を開催することは他の種目では珍しいことではないかと思います」

■ジュニア育成「2つの方針」

野球界を見ると、小中学生のチームが一つになり、普及育成活動をすることは簡単なことではありません。実施できたとしても熟考を重ねることが多く、軟式・硬式の違いや、連盟の違いなどもあり複雑です。ラグビーのこのスピード感に驚かされますが「競技人口が少ないからできるんだと思います」と川合さん。コンタクトスポーツであるラグビーは周りの大人たちが「子どもの安全を守る」というところに最大の軸を置いています。指導者の考えにも、野球とは根本的な違いがあるようです。

川合さん「ラグビーは大人がやるプレーと、子どもがやるプレーはルールが違うんです。小学2年生以下はタックル禁止で、タグをつけてする『タグラグビー』から全体のゲーム構造を教えます。コンタクトできるのは3年生からで、そこからプレーの人数が少しずつ増えていきます。大人と同じ15人でラグビーをするのは高校生からです。指導者には『子どもたちの身体の安全が第一』という大前提があるため『勝利は目指すけど、何が何でも勝つ』というテンションではありません。またラグビーは競技人口が少ないので、ラグビーを好きになってくれた子を辞めさせたくないという思いもあります。よって、指導者も選手を選抜していくというというよりは、下記の2つを心がけています。

(1) 何かいいところが1個でもあったら、その長所を褒めて伸ばし、ラグビーを大好きにさせる。

(2)ラグビーをやめさせない。

ラグビーはコンタクトがあるので、プレーヤーの完成時期が晩熟型のスポーツです。子どものときの活躍や能力はあてになりません。身体の成長などでガラッとプレーパフォーマンスが変わるからです。ですので小学生、中学生の頃にあまり活躍できていないプレーヤーには自分の可能性に限界を感じさせないような言葉がけや配慮が必要になります」

あるポジションで能力が高くても、他のポジションだとレギュラーになれないことがあるラグビー。「いい意味で、いろんな種類の能力を持ったプレーヤーが必要なので、誰でも、何かしらのポジションにはまるんですよね」。指導者には子どもの長所を見抜く力が必要だと続けます。太っている子どもがいたり、足の速い子どもがいたり。ラグビー日本代表を見てもわかるように、身長体重はバラバラです。ただチームにはポジションに合わせて役割があるので、「まずは自分に与えられた役割を全うするということに集中する」という意識が芽生えるそうです。「体格が小さい子どもでも、将来は体格や能力は変わる。だから、全員にすべてのスキルをまんべんなく教えることが指導者に求められる。それが育成時代のラグビー指導者の役割なのです。」と力説します。

後編では、ライセンスに基づいた「指導ポリシー」についてお話していただきます。(取材・写真:樫本ゆき)

◆プロフィール

川合レオ(かわい・れお)

一般社団法人ラグビーパークジャパン代表理事/メインコーチ

1974年、神奈川県生まれ。45歳。玉川学園高等部から玉川大学でセンターとして活躍。大学3年のときにニュージーランドに1年留学。卒業後、NECグリーンロケッツに入部。日本代表としてフランス、アイルランド遠征に参加(キャップ1)。2002年日本選手権優勝。2003年社会人大会優勝後、引退。筑波大学大学院体育研究科卒。2010年よりJRFU普及育成委員会コーチング部門長として現在に至る。