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 行政書士・ファイナンシャルプランナーをしながら男女問題研究家としてトラブル相談を受けている露木幸彦さん。今回は連れ子がいて結婚する場合のトラブル事例を紹介するとともに、その解決法を考えていきます。(後編)

 22歳で未婚のまま長女を出産し、シングルマザーとして昼夜の仕事をかけ持っていた千穂さん。心身ともに疲弊していたとき恩田圭(仮名)と知り合い、3年前に結婚。夫と長女は養子縁組をして恩田姓となった。翌年には長男が誕生するが、徐々に夫のDV、長女への差別に悩まされるように。千穂さんは夫の手によって幼子の命が危ぶまれる状況に至って、やっと結婚生活を捨てる覚悟をしたが──。

(前編はこちら)

<登場人物と家族構成・属性(すべて仮名、年齢は離婚時)>
夫:恩田圭(38歳)自営業(土木業、年収不明)
妻:千穂(32歳)専業主婦
長女:奈々(10歳)千穂と既婚男性との子
長男:義人(1歳)千穂と圭との子

  ◇   ◇   ◇  

 離婚に向けての第一歩は離婚調停。離婚の成立には原則、夫の同意が必要ですが、千穂さんは夫に対する恐怖心に苛(さいな)まれており、スマホを持つ手が震え、夫へLINEの返事をするにも苦労するありさま。実際、心療内科の医師から「無理に旦那さんと話さなくてもいい」とドクターストップを出されている状況で、夫を直接、説得するのはとうてい無理でした。

 一般的に家庭裁判所へ調停を申し立てると、夫と妻は別々の部屋で待機します。そして妻は調停委員に話をし、調停委員は妻の話を夫へ聞かせます。今度は夫が調停委員に話をし、調停委員が夫の話を妻に聞かせるという形で調停委員は伝書鳩の役割をします。このように裁判所内で夫婦が顔を合わせず、声も聞かず、同じ空気を吸うこともないので安心です。

夫と同居したまま離婚調停を申し立てる

 調停は本人同士が話し合って解決できない場合に申し立てるのが大半なので、ほとんどの場合、すでに夫婦は別居しています。しかし、千穂さんの場合、両親が離婚しており、実家にいるのは母親だけ。しかも母親は再婚しており、千穂さんが子連れで実家に戻りにくい環境でした。そして千穂さんには収入がなく、保証人を頼める友人・知人はいないので、自力でアパートを借りるのも難しい状況。さらに夫に直談判できる精神状態ではないので、夫を自宅から追い出すことも困難。千穂さんは夫と同居したまま離婚調停を申し立てるしかなかったのです。

 そのため、裁判所から同じポストに夫用と妻用の呼び出し状が届くのですが、前もって夫へ話を通さずに申し立てをしたので、夫が烈火のごとく激怒したのは言うまでもありません。結局、千穂さんは離婚が成立するまでの間、夫が帰宅する頃合いを見計らって娘さんの部屋へ逃げ込み、ドアの鍵をかけ、朝まで耐えしのぶという毎日を強いられたのです。これは家庭内別居ならぬ「家庭内避難」です。

 裁判所という慣れない環境で初対面の調停委員に対してうまく話せるかどうか不安だったので、千穂さんは前日にこんな手紙をしたため、調停委員に託したそうです。

《今後の人生を考えたときに、どうしてもあなたとともに生きていくことは不可能だという結論に至りました。今まであなたの生き方や、考え方、問題への対処の仕方を見てきましたが、もう私の我慢でどうにかなる問題ではないと思い、離婚を決めました。あなたが最初に手を上げてから1年。私なりに距離を置きながら考えた結果です。私の意思が変わることはありません。今後は子どもの人生を支えることを何よりも優先し、陰ながらお互いの人生の幸せを願えるようになれたらと思います。》

 調停委員は夫に手紙を渡してくれたのですが、夫は千穂さんの切実な訴えに対して、どう反応したのでしょうか? プライドの高い夫は、妻の言いなりになるのは虫唾(むしず)が走るはずです。本来なら妻が望んでいることとあえて反対のことをする傾向がありますが、離婚に限って天邪鬼(あまのじゃく)は通用しません。

 なぜなら、離婚を望んでいる妻に対して「離婚しない」と突っぱねた場合、夫は妻に未練があるのではないかと誤解されるからです。いくら千穂さんの邪魔をしたくても「二度と手を上げないし、約束はちゃんと守るし、きちんと心を入れ替えるから考え直してくれ!」とは口が裂けても言えないでしょう。夫は二つ返事で離婚を承諾するしかなかったのですが、決して妻子のためではなく自分のためです。

夫が長男の親権を要求
どうすれば断念させられるか?

 最初の難関である離婚の可否はあっさり通過したのですが、第二の難関は親権です。親権とは離婚後、子どもを引き取って育てる権利であって、義務でもあります。千穂さんはまさか夫が親権を求めてくるとは思っておらず、完全に予想外の展開でした。「奈々(娘)はお前にくれてやる! そのかわりに義人(息子)をこっちによこせ! 義人は恩田家の跡取りなんだから。これで公平だろ?」と要求してきたのです。

 司法統計(平成28年度)によると、離婚調停・審判で離婚に至った夫婦の中で母親が親権を持つケースは9割に達しています。統計上から千穂さんのほうが圧倒的に有利であり、もし親権の所在について争っても、夫には勝ち目はほとんどないにもかかわらずです。どうすれば夫に親権を断念させることができるでしょうか?

 千穂さんは以下の4点に話を絞って進めました。

 まず第一に「跡取りの可否」です。未成年の子は必ずしも親権者の戸籍に入るというわけではありません。現在、千穂さん、娘さん、息子さんの3名は夫の戸籍に入っており、千穂さんは離婚と同時に、娘さんは離縁と同時に新戸籍へ移ります。一方、息子さんは千穂さんが何もしなければ夫の戸籍に残ったままです。そこで千穂さんは「私が親権を持っても、あなた(夫)の戸籍に残すことを約束します。義人はこれからも恩田姓を名乗り続けるんだから、跡取りでしょ?」と夫に伝えてくれるよう調停委員に頼んだのです。もちろん、息子さんの気持ちが最優先なので、息子さんが成人に達し、千穂さんの親権が消え、自分で物事を判断できるようになった時点で恩田家を継ぎたいかどうかを確認することになるでしょう。

 第二に「環境の変化」です。家事や育児、子どもの看病などは専業主婦である千穂さんがすべて担ってきました。夫が千穂さんの代わりになるかどうかはともかく、育児の担当が妻から夫へ代われば息子さんが動揺するに違いありません。離婚の前と後で環境を変えないことが息子さんのためなのです。

 そして第三は「育児の能力」です。もし夫が親権を持った場合、息子さんをどう育てるのか。夫の母親を呼び寄せるのか、実家に預けるのか、24時間制の保育所を利用するのかわかりませんが、いずれにしても息子さんの生活、住居、教育環境がいま現在と比べ、まるっきり変わってしまいます。そのため、夫が親権を持つことは息子さんのためにならないのです。今さら「家事や育児、看病を引き受ける」と言い出しても信用するに値しないでしょう。千穂さんは「今まで何にもしたことがないのに、義人を育てるなんて無理でしょ?」と夫に伝えてほしいと調停委員に話したのです。最悪の場合、夫が息子さんを育児放棄──教育やしつけをせず、食事を与えず、あげくの果てには外で遊び歩いて家に帰らない可能性も十分にあります。

 最後に「虐待の過去」ですが、夫は過去に4回もDVを起こしています。夫は「妻のせいだ」「売り言葉に買い言葉だ」「言ってわからないから懲らしめた」などと責任を転嫁し続けましたが、キレやすい性格や攻撃性、歪(ゆが)んだ価値観は離婚しても変わらないでしょう。千穂さんや娘さんは夫に対して服従し続けましたが、1歳の息子さんは物心がついていないので決して夫の言いなりではありません。今後、泣いて叫んで母親を求める息子さんに手を上げ、蹴り、最悪の場合、命を奪ってしまっても不思議ではありません。「今まで何をしてきたのかわかっているの? あなたに義人の命を預けるのは危険すぎます!」と千穂さんは調停委員を経由して夫へ伝えたのです。

 このように4つの視点で、どちらが親権者にふさわしいのかを説明し、最終的には夫に息子さんの親権をあきらめさせることに成功したそうです。

知らなかった夫の年収を確認し養育費を約束

 親権者は非親権者に対して養育費を請求することが可能です。千穂さんは結婚から現在まで、夫は自分の年収を教えなかったので、妻なのに夫の稼ぎを知らずに暮らしてきましたが、養育費を決めるにあたり、夫の年収を確認する必要があります。役所の窓口で夫は妻の、妻は夫の所得証明書(課税証明書)を申請することが可能です。千穂さんは役所へ出向き、夫の所得証明書を手に入れたところ、夫の昨年度の所得は1400万円(自営業)だということがわかりました。

 養育費については、家庭裁判所が公表している養育費算定表にお互いの年収をあてはめて計算するのが一般的です。家庭裁判所の調停委員が家庭裁判所の基準を採用しないわけはないので、調停委員は夫に対して算定表の金額を約束するよう説得してくれたそうです。

 千穂さんは無収入なので子2人の場合、養育費は月30万円、子1人の場合、月20万円が妥当な金額です。法律上、父親は実子だけでなく養子に対しても扶養義務を負っているので、父親が実父でも養父でも本来、養育費を支払わなければなりません。もちろん、養子と離縁すれば扶養義務はなくなるので養育費を支払う必要はありません。

 夫はもともと娘さんに対する愛情は薄く、興味関心がなく、単なる同居人という感じでした。養子縁組を継続してまで娘さんへ養育費を支払うつもりはなく、月10万円の養育費を浮かせるため、娘さんと離縁することに何の躊躇(ちゅうちょ)もありませんでした。そんな薄情な夫を前にして千穂さんも離縁を決意したのです。

DV証拠の破棄などを条件に慰謝料を要求

 慰謝料とは精神的苦痛の対価を金銭で補償するものです。千穂さんは夫の異常性格、虚言癖、そして攻撃性に悩まされた結果、心療内科で適応障害と診断され、定期的な通院と投薬を余儀なくされています。結婚生活の中で多大な苦痛を強いられたのだから、夫には慰謝料という形で償ってほしいと思うのは当然です。特に今回の場合、千穂さんはDVされた当日、夫の罵声をボイスメモに録音し、夫が破壊した皿などを撮影していました。現行犯ではないとはいえ、これらの証拠を警察署に持ち込み、相談することは可能といえば可能です。

 しかし、千穂さんにとって最も大事なのは当座の生活費です。なぜなら、離婚が成立しても当面の間、働くことは精神的に難しいからです。そのため、DVの証拠の破棄と秘密の保持と引き換えに慰謝料を払ってほしいと頼んだところ、調停委員は、夫から200万円の慰謝料を一括で支払うという約束を取りつけてくれたそうです。

 両親の都合で子どもの生活、住居、教育環境をコロコロと変更すれば、情緒の安定、人格の形成、そして学力の向上に悪影響を与えるのは間違いありません。結婚するとき、娘さんは転居と転校をせざえるをえなかったのですが、離婚するときに再度、転居・転校させるのは不憫です。住んでいた賃貸住宅の家賃は月20万円で養育費と同額だったので、養育費を現金で受け取るのではなく、夫が家賃を支払い、妻子が現在の住宅に住み続けるという形をとり、娘さんの心の傷を最小限にとどめるよう配慮をしました。とはいえ千穂さんは無収入のままなので、200万円の慰謝料が底を尽きる前に社会復帰し、仕事を見つけ、収入を得られるようにする必要があります。

わずか3年で離婚し、父親を失った長女の心労

 ここまで千穂さんの悪夢と再起をご紹介してきました。

 千穂さんいわく、娘さんは当初、千穂さんの結婚に反対していたそうですが、それもそのはず。7歳まで父親不在で育った娘さんにとって夫は途中で登場した父親なので、打ち解けるのは簡単ではないでしょう。結婚前、千穂さんと夫の家は別の学区でした。そのため、千穂さんが結婚すれば娘さんは転校しなければなりません。それでも夫が「自分の子ども」として育てていくこと、娘さんが恩田姓を名乗るために養子縁組することを約束したので、娘さんがようやく心を許し、結婚に承諾し、婚姻届および養子縁組届を提出することができた。つまり、娘さんの犠牲によって実現しました。

 それなのに、わずか3年で離婚し、離縁し、娘さんは父親を失ったのです。このような仕打ちを受けるのなら結婚に反対し続ければよかったし、通い慣れた学校、信頼できる先生、そして仲よしの友達を失うこともなかったと後悔し、「裏切られた」と娘さんは夫のことを恨んでいるに違いありません。

 夫婦の一方、もしくは両方が再婚のケースをステップファミリーといいますが、結婚全体に占める割合は40年で2倍以上に増えています(昭和50年は12.7%、平成27年は26.8%、厚生労働省の人口動態統計)。娘さんは実父だけでなく養父にも捨てられた格好ですが、同様のトラブルはステップファミリーの増加に比例して起こるでしょうから、決して他人事ではないのです。

露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/