両社が経営統合する真の意味は?(東洋経済オンライン編集部撮影)

2019年11月18日、ヤフーとLINEの経営統合が正式に発表されました。11月13日に日本経済新聞などが報道した直後に両社はそのような検討が進んでいることだけを発表していましたが、そこから数日で合意にこぎ着けられたわけです。

両社の経営統合の効果をめぐってはここ数日、さまざまな予想がメディアを賑わせてきました。国内で最大規模のユーザー数を持つIT企業同士の経営統合なので、サービス連携やサービス統合がいろいろな形で考えられることは事実です。ただそこに注目をしてしまうと、今回の経営統合の本当の狙いを見失ってしまうことになると思います。

両社が経営統合をする真の意味はサービス連携でもサービス統合でもないところにあるというのが企業戦略の専門家としての見立てです。

先にサービス連携とサービス統合について簡単に説明しておきましょう。

サービス連携のうまみはどこに?

サービス連携というのは両社のサービスをつなげることで売り上げを伸ばしていくような方法です。例えばLINEのトークで盛り上がったファッションアイテムを(ヤフーの傘下に入った)ZOZO のアプリを起動させて買うのでなく、LINEの中で買えてしまうようにつなげてしまうのがサービス連携の一例です。

またPayPayモールのキャンペーンで付与されたPayPayボーナスライトという期間限定のポイントがありますが、これを使ってLINEスタンプが買えるようになる。これもサービス連携です。

サービス連携をすることによって、ヤフーのユーザーもLINEのユーザーもお互い得になると感じる機会が増えるので、ユーザーがより囲い込めるようになると一般には説明されます。

ただその説明を聞いてもユーザーの立場で考えるとピンとこない人が多いのではないでしょうか。わざわざサービスを連携しなくても今のままで満足だと感じている人にとっては、サービスが連携されたほうが面倒くさいと感じるシーンが増えるだけで、逆に嫌な気持ちになるものです。

例えばLINEがLINE PayとLINEクーポンとLINEポケオというサービスを開始して以来、私のLINEのトーク画面には毎日、お得なキャンペーンがあるので他社とのサービス連携サービスをもっと使うように(ニュアンスとしては使うといいよという感じではありますが)という通知ばかりが来るようになりました。

うるさいので通知は切るようにしたのですが、それでもつねに友達からの通知よりもそれらのLINEサービスが上部に表示されるので、友達とのやり取りが埋没して目立たなくなってしまっています。

ユーザーとしての立場で言えば、LINEが他社とのサービス連携などせずに、これまでのサービスのままのほうがよかったと感じるわけで、結局のところサービス連携は往々にして事業者側のサプライヤーロジック(供給者論理)の域を出ないという結果になりがちです。

サービス統合のメリットは?

次にサービス統合というのは、同じようなサービスを統合してコストを下げるという考え方です。

いちばんわかりやすいのが話題のQRコード決済サービスの統合です。調査によれば直近のQRコード決済の利用率シェアではPayPayが44%、楽天Payが17%、LINE Payが14%だそうです。

もしPayPayとLINE Payがサービス統合をすれば単純計算で利用率シェア58%の国内最大のQRコード決済サービスが誕生します。こういったネット上の新規サービスは独り勝ちのビジネスモデルになることが多いものですから、こうなればQRコード決済に関してはヤフー・LINE陣営の独り勝ちが決定しそうです。

サービス統合の効果としては、これまで別々に開発してきたサービスの開発コストがひとつぶんで済むことになりますし、ユーザーを集めるために行ってきた100億円キャンペーンや300億円キャンペーンといった競争をやめても大丈夫になるということが論理的には考えられます。これがサービス統合です。

ただ後述するように私はヤフー・LINE陣営はサービス統合によるコストダウンなど狙っても効果は薄いと考えています。実際に両社の経営者がしっかりしていればそういったことは起きないと思いますし、むしろQRコード決済のキャンペーンはこれからますますエスカレートしていくだろうというのが私の見方です。

要するにサービス連携というものは絵に描いた餅ほどの価値しかありませんし、サービス統合の効果があるというほど両社が同じ事業領域に巨額の固定費を投じているようなものはQRコード決済以外にはほとんどないというのが実情です。

では両社は統合で本当は何を狙おうとしているのでしょうか。両社のオブラートで包んだような発表の細部に注意を払っていくことで、両社が狙っているたったひとつのものが存在することに気がつきます。

今回発表された資料を読むと、両社の統合効果として、「マーケティング事業におけるシナジー」「集客におけるシナジー」「フィンテック事業におけるシナジー」「新規事業/システム開発におけるシナジー」の4つのシナジーを見込んでいることがわかります。

共通する「ユーザー数を武器にしたシナジー」

素直に読めば狙いは4つあると読めますが、一段深く読み取ると「ユーザー数を武器にしたシナジー」という点で4つの狙いは共通します。

それぞれの発表の違いにも注目してみましょう。

ネイバー側は「LINEはフィンテック領域で緊密な連携を構築してキャッシュレス時代の新しい使用経験を提供し、技術を基礎に新規事業に進出して未来の成長のためのシナジーを図るためにZホールディングスとの経営統合を決めた」と明らかにしました。

LINE側の関心はフィンテックと新規事業に力点が置かれていることがわかりますが、これはアウトプットの部分です。

続いてヤフー側は「統合の結果、ZホールディングスはメッセンジャープラットフォームのLINE、ポータルのヤフージャパン、コマースプラットフォームのヤフーショッピングとZOZO、金融サービスのジャパンネットバンクなどを傘下に置き、日本・アジア最大のユーザー基盤を確保することになるだろう」と述べています。

つまり最大のユーザー基盤というインプットが増える点にヤフー側の興味が置かれているということです。

ストーリーとしては、「最大のユーザー基盤」を両社の統合で獲得できる。そうすればアウトプットとして集客、マーケティング、フィンテック、新規事業のどの点についても競争優位が確保できるということです。

ヤフーの利用者数が5000万人で、LINEの日本国内での利用者数は8000万人以上。そこで行われている利用者の活動は、ニュースを読み、ショッピングや旅行、レストランの予約を行い、友達との日常のメッセージのやり取りの大半を交わし、そして日本最大のQRコード決済が行われているわけです。

だとしたら、サービス連携で少しばかり売り上げを増やしたり、サービス統合で少しばかりコストを下げるよりも先に、力を入れてやることがあるのは自明です。それが日本最大規模の顧客ビッグデータの活用です。

たとえグループ内にワイモバイルとLINEモバイルが競合していても構わない。それよりもAIが解析したビッグデータ情報によってUQモバイルや楽天モバイルよりもうまく格安スマホサービスへの乗り換えを察知できれば新しい顧客がワイモバイル、LINEモバイルどちらに流れてもグループ全体は成長できます。

PayPayとLINE Payが共存しても構わない

同様にPayPayとLINE Payが共存していても構わない。最終的に楽天ペイやd払いよりもユーザー数が増えていけばそれで圧倒的な勝ちになります。

両社の親会社であるソフトバンクグループとネイバーグループが今回の経営統合で獲得する武器は、日本における最大規模の顧客ビッグデータです。これにはGAFAと呼ばれるグーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンが手にしているビッグデータを上回る潜在価値があります。

しかも日本ではビッグデータで得た情報を企業が外部に販売することについてはものすごく強い消費者の拒否反応がある。そのためGAFAがライバルに情報を提供するということは考えにくい。だからこそ内部利用で最大規模のデータを持つ企業グループになることで、ほかにライバルなどいない怪物に育つことができるのです。

成否はソフトバンクグループが擁する日本最大級のAIエンジニア集団がこの日本最大規模のビッグデータから何を発見していくのかにかかってくるでしょう。今回の両社の経営統合から生まれる真の統合価値は、その一点にこそあるというのが私の見立てです。