■「対策本部を一時解散」というフェイクニュース

「本当に悪意のある記事で、私たちは憤りを感じています」

9月から10月にかけて台風・豪雨被害が相次いだ千葉県内。懸命の復旧対応が続くなかで、千葉市の熊谷俊人市長が報道のあり方に疑問を投げかけている。

熊谷氏が憤るのは、9月25日に時事通信が配信した「千葉市、対策本部を一時解散=台風上陸の当日−大規模停電継続中に」という一本の記事。市は9月9日に台風15号が上陸した際、いったん設置した災害対策本部をその日のうちに一時解散していたと報じ、対応の甘さを指摘する内容だった。

撮影=プレジデントオンライン編集部
インタビューに応じる千葉市の熊谷俊人市長 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

しかし熊谷氏によると、実際には地域防災計画に基づき災害対策本部を災害「警戒」本部に移行しただけで、24時間の動員体制は解除されていなかったという。つまり本部の看板は一時架け替えたが、市による実質的な対応は変わっていなかったというシンプルな話だ。

■東京新聞やNHKなども時事通信を「後追い」

ところが、時事通信の記事は「(市の)対応を問題視する声が上がっている」と紹介したうえで、「国や千葉県の初動対応の遅れも指摘されている」と結び、千葉市の対応にも問題があったのではないかとほのめかした。その一方、記事は災害警戒本部に移行した事実には触れていない。熊谷氏は「本当に悪意のある記事。『解散』という表現自体が不適当です」と話す。

熊谷氏によれば「悪意のある」報道はそれだけでは終わらなかった。時事の一報を受けて、ほかの新聞・テレビの取材が千葉市に殺到。まさに災害対応に当たっているさなかに、市の危機管理部門や熊谷氏は取材対応に追われた。上記の事情を丁寧に説明したところ、多くのメディアは納得したが、東京新聞やNHKなど一部のメディアは時事通信と同じトーンで報じた。

熊谷氏は「批判ありきの報道はおかしい」と憤る。

■24時間動員体制は続いており、「対応に問題」とする根拠は乏しい

「私から一連の説明を受けたうえで、『それでも、市民としては災害警戒本部ではなく災害対策本部だったほうが安心感を持てますよね』という質問を何回も繰り返し、同意をうながすテレビ局もありました。もし私が『そうですね』と答えていたら、その一言を切り取ることで、私が市側の不備を認めたような印象に持っていきたかったのでしょう」

そのときの素材を使ったテレビニュースは、やはり「千葉市の対応に問題があった」という論調で報じられたという。

撮影=プレジデントオンライン編集部
千葉市の熊谷俊人市長 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

事実としては、千葉市は台風15号が上陸した9月9日午前5時から間もなく災害対策本部を立ち上げ、避難所設置などの準備に入っているので、国や千葉県はともかく千葉市に関しては「初動の遅れ」はなかった。さらに、地域防災計画に基づき災害対策本部を一時、災害警戒本部に移行していたが、その間も職員の24時間動員体制は解いておらず、「対応に問題があった」とする根拠は乏しい。

以下、熊谷氏がSNS上に発信した文に基づき、台風15号上陸時の経緯をまとめてみる。

■警報解除に伴い、災害対策本部から災害警戒本部に移行

・台風15号が上陸し、土砂災害警戒情報が発令されたことを受け、9月9日5時過ぎに危機管理監より私に入電。私は災害対策本部の設置を指示し、避難所の開設など必要な対応を行いました。

・そして災害対策本部員会議を2度開催し、被害状況を把握するとともに、人命を最優先に行動すること、停電によって生命維持が危ぶまれる高齢者や障害者をケアすること、倒木の処理など、各組織に必要な指示をしました。

・その後、各警報や土砂災害警戒情報の解除に伴い、地域防災計画の規定に基づき災害対策本部から災害警戒本部に移行。ただし24時間体制の人員体制は維持し、引き続き災害対応を行っており、形式的な体制移行によって災害対応に違いは発生していません。(時事通信を含む各社の)取材に対して危機管理部門は何度もそう説明したのですが、その部分は(記事には)記載されませんでした。

・災害対策本部も災害警戒本部も人員を動員できますが、災害対策本部のほうがより動員比率が高いという違いがあります。なぜ動員比率が高いかというと、それは大地震発生時のように市内で大規模な家屋倒壊などの被害が出て、多くの避難者が溢れ、避難所運営に相当の人員を動員する必要があるというようなケースを想定しているからです。今回の災害は長期停電という極めてやっかいな特殊災害ではありましたが、避難者数は最大でも数百人で避難所運営のためにすべての職員を動員する必要はありませんでした。

■「形式上のことだけをとらえて批判するのは無意味」

・ただし、長期停電という特殊災害に対して、特別な対応を取る必要があり、各部署から人員を引き抜くなど、特別な動員体制で災害対応に当たってきました。また、倒木などを処理し、いち早く道路を復旧させなければならない建設局や、傷病者・熱中症患者を救急搬送するなどの役割を担う消防局などは、非常事態モードで対応に当たりました。

・翌9月10日には、停電の長期化を予想し、給水活動の拡大、物資が不足する地域へ移動販売車を巡回するための(千葉市内に本社を構える流通大手)イオンへの依頼、電源車を確保するためのNTT本社への依頼、入浴支援のための市施設のお風呂の無料開放、停電地域での熱中症を予防するためバスを臨時移動避難所として借り上げるなどの指示を矢継ぎ早に行い、マニュアルには規定していないものの「特殊災害」ととらえ、再度、警戒本部を対策本部に移行することとしました。ちなみにこの移行も形式的なもので人員体制として何が変わったわけでもありません。

こうした詳細を明らかにしたうえで、熊谷氏は訴える。

■社会をよくする仲間として、具体的な提言や問題喚起をしてほしい

「私たち千葉市の具体的な行動に問題や改善すべき点があるなら、いくら批判してくれても結構です。しかし『災害対策本部か、災害警戒本部か』という形式上のことだけをとらえて批判するのは、現場で頑張っている職員たちの士気を下げるだけであり無意味です」

撮影=プレジデントオンライン編集部
千葉市の熊谷俊人市長 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

「一連の台風・豪雨災害に際して、ほとんどの報道は私たちの助けになってくれましたが、残念なことに単に足を引っ張るだけの報道があったことも事実です。私は報道に携わるみなさんにも、社会をともによくしていく仲間として具体的な提言や問題喚起をしてほしいと思っています。また、不備だけをあげつらうのではなく、私たちの社会が過去を教訓に進歩していることについても、もっと報じてほしいと思います」
「たとえば災害対応の面では、1995年の阪神・淡路大震災以来の制度づくりによって、行政は当時よりも格段にスピーディな対応ができるようになりました。台風15号のときも経済産業省や国土交通省の職員がすぐに現地入りしてくれ、必要な対策を講じるために動いてくれました。そういった側面についても多くの人に知ってもらうことが、社会をよりよくすることにつながるのではないでしょうか」

■対応が続く分だけ、残業代というコストも積み上がる

そもそも災害対策本部は非常時に立ち上がる組織であり、長く設置すれば副作用も出てくるのが自然である。たとえば本部への情報集約の建前から役所内での報告事項が増えるし、他部局との調整も通常より密に行われる。

そのため、窓口など通常業務に支障をきたすこともある。また、忘れられがちなことだが、こうした特別対応は職員に時間外勤務を強いることであり、対応が続く分だけ残業代というコストも積み上がっていく。

となると、単純に「災害対策本部が置かれていれば安心」と評価するのではなく、非常時体制の設置と運用が適切だったのかを問うのがジャーナリズムの役目だろう。報道機関のみならず納税者の側も、熊谷氏の指摘に耳を傾けるべきである。

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面澤 淳市(めんざわ・じゅんいち)
プレジデント編集部
1964年、茨城県生まれ。水戸第一高校、法政大学法学部卒。雑誌「財界」などを経てプレジデント編集部へ。著書に『東芝』『ソニー「プレステ2」のマルチ情報革命』など。
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(プレジデント編集部 面澤 淳市)